49恋せよ乙女4
精霊祭当日、桜に手伝って貰いながら手直しした黒のブラウスと白のフレアスカートを着た命は朝から鏡と睨めっこをしながら、慣れない手つきでヘアメイクをしていた。
「お、お母さん…これおかしくない?」
妹の髪の毛なら簡単に可愛くしてあげれるのに、自分のことになるとどうしてこんなに上手く行かないかのだろうと呻きつつ、母に感想を求める。
「左右非対称になっているわよ」
母の光の指摘に命はショックを受け、慌てて髪を解く。約束の時間まであと二時間だが、トキワはそれよりずっと早く来ると予想していたので、急ぎやり直そうとブラシを手にした。
「まあまあ、お母さんに任せなさい」
クスクスと笑いながら光は娘の髪の毛をブラシで優しく梳かし始めると、手際よく編み込みを作り、首の後ろでまとめて、白いリボンを結んであげた。
「すごーい!ありがとうお母さん!」
「伊達に女の子三人育ててませんよ」
手鏡で髪型を確認してから命は母に感謝する。思えば子供の頃はよく母に色んな髪型をしてもらっていたなと思い出し、いつからか甘え下手になって母に頼る事が選択肢から消えていたと気付いた。
「うわ何これ、私の妹がこの上なく可愛い!」
ヒナタの授乳を終えた祈がめかし込んだ妹を見てはしゃぎ始めた。彼女にとって妹はいつだって天使だった。
「お姉ちゃん大袈裟だよ」
「妹達の可愛さは無限大よ。あ、そうだ。ちーちゃんちょっと目をつぶって」
祈の謎の指示に命は素直に目を閉じる。しばし待つと顎に手を添えられて唇にぬるりとした感触がして、命はギョッとして短く声を上げた。
「はいオッケー!完璧!」
一人盛り上がる祈に命は怪訝な面持ちで目を開けた。手鏡で自分の顔を確認すると、唇にほんのりピンクベージュの口紅が施されていた。
「ちーちゃんもそろそろお化粧してもいい頃かなーなんて。一応自然な感じにしておいたから抵抗も少ないでしょう?」
口紅をつけただけなのに、顔色が一気に明るくなって、いつもの自分と雰囲気が違う気がした命はそわそわしてきた。
「はい、これあげる。途中落ちてきたら塗り直すといいよ」
「お姉ちゃん、ありがとう」
恥じらいながら口紅を受け取りお礼を言う命に、祈は至福に頬を緩ませる。
「ちなみにもうトキワちゃん来てたよ。レイちゃんに見つかったから遊ばれているけど」
祈に言われて窓から外の様子を見ると、レイトとトキワは素手で手合わせしていた。よく見るとトキワは何故か上半身裸である。
「あれなんで脱いでるの?」
「これからちーちゃんとデートなのに汗まみれのシャツで行くとか最悪だとか言って脱いじゃった。ズボンまで脱ごうとしたからそれは流石に止めました」
「なるほどね」
トキワなりに今日を大切にしている事を知って、命は嬉しくなる。時計を見るとそろそろ待ち合わせの時間だった。
「これトキワちゃんのシャツとタオル。持って行ってあげたら?」
祈に手渡されたシャツとタオルを受け取り、命は家から出た。命の気配に気付いたトキワは動きを止めた。レイトもそれに合わせてやる。
「お待たせ、そろそろ行こうか?」
全身着飾られた命の可憐な姿にトキワは雷に打たれた様な衝撃を受けて、しばらく動く事ができなかった。
「どうした?腹でも冷えたか?」
あまりに不審な様子に心配するレイトの声にトキワは現実に引き戻され、急に跪き指を組んで命を拝み出した。
「ああっ、神様大精霊様、熊先生光さんっ……この世にちーちゃんを生み出してくれてありがとうございますっ!生きててよかった……」
「……お義兄さん、トキワの頭ぶん殴りました?」
今までにないパターンのトキワの褒め方に命は照れよりも奇妙な気持ちになり、思わずレイトに確認した。
「殴ってない。こいつ元々命ちゃんの事になると頭おかしいが、今日は一層酷いな」
苦虫を噛み潰したような表情でレイトはトキワの後ろ姿を眺めてぼやく。
いつまでもこうしていたら時間の無駄だし、トキワも風邪を引くと思い命はしゃがみ込んでトキワと同じ目線になると、シャツとタオルを差し出す。
「もう行かないの?」
命の問いかけにトキワは顔を上げて首を大袈裟に振ると、素早くタオルを受け取り、身体を拭いてシャツを着た。
「行く!」
出来る事ならば部屋で二人っきりになって着飾った命を誰にも見せずに観賞し続けたいという気持ちもあるが、多くの人の前でイチャイチャして見せつけたい気持ちが勝ったトキワは精霊祭に行くことを選んだ。
「ちーちゃん、いつも可愛いけど今日は格別に可愛いね!」
「……ありがとう」
通常も通り褒めると命は頬を赤く染めて恥じらうように素直にお礼を言う。その姿が崇めたいくらい可愛いと思いつつも、トキワは堪えて予定通り命と精霊祭へと向かう事にした。




