42突然の出来事7
シュウの葬儀から一週間が経った。悲しみに暮れても日常はやってくる。桜は気を張って一人で診療所を開け、患者を受け入れている。しかし光は部屋に引きこもりがちで、祈とレイトはヒナタの世話で気を紛らわせるものの、どこかぼんやりしていた。
実は学校の方が居心地がいいのか、今日も命が用意した弁当を持って登校していった。
「お弁当ありがとう!ちーちゃん、俺もいってくるね!」
未だ父親からの迎えが来ないトキワは秋桜診療所から東の集落の学校に毎日通っていた。最近は魔術の扱いに慣れてきたようで、風を纏わせての高速移動がお手の物になっているらしい。
二人の登校を見送ってから命も学校へ向かった。学校では日常が続いているので少し気を抜いてしまい、久しぶりに授業中に居眠りをしてしまった。
しばらく弓の訓練は休み、命は学校が終わると直ぐに帰宅して、まずは診療所に桜の様子を見に行った。
「桜先生、ただいまー!」
「おう、ちーか。おかえり」
メガネを外して鼻を赤くした桜が出迎えた。きっとシュウを想い涙を流していたのだろう。命は敢えてその事に言及せず二人分のお茶を淹れた。
「はー、ありがとうな」
「どういたしましてー」
温かいお茶を一口飲んで命と桜は同時に息を吐いた。
「ここずっと患者が兄さんの思い出話ばっかしてきてさ……」
「うちの診療所てお喋りしにくる人ばかりですからね」
「これからしばらくは私一人で切り盛りしないとな。義姉さんが手伝ってくれると助かるんだけど……今は無理だな」
光は独身時代からシュウと結婚して祈が生まれるまでの間、秋桜診療所でナースとして勤務していた。シュウがいない今、桜は光の協力を欲していた。
「私が医者になるまで頑張って!」
「えー、お前ナースになるって言ってたじゃんか。無理するな。むしろナースの方が早くなれるから助かる」
子供の頃からナースになってシュウと桜の手助けをする。それが命の夢だった。
「なんだったら医療学校進学した時に医者を彼氏にして結婚してこっちに連れて来てくれよー」
「なるほど、その手があったか……」
冗談のつもりで言ったが、命は真剣に検討し始める。万が一命が医者の男と結婚して村に連れてきたら、天変地異レベルの修羅場が起きるのが想像出来て桜は慌てる。
「真に受けるな、頼むからお前は本当に好きな人と結婚してくれ!」
「医者を好きになれば問題ないわ」
変な方向に暴走し始める命に桜は己の失言を悔いて、このままだと、まだ恋を知らない姪は進学先で父親の意思を継ぐ為に好意を寄せてくる男に言われるままに体を許してしまうかも知れないと危惧した。
「医者になればちーちゃん結婚してくれるの…?」
いつの間にか学校から帰ってきたトキワが話を聞いていたらしい。さらにややこしくなってきたと桜は嘆く。
「今日から勉強もっと頑張らなきゃ…まずは宿題しよ」
無邪気に医者を目指し始めたトキワに流石の命も人一人の将来がかかっている為焦り始めた。
「冗談!ちょっとした冗談だから!それにトキワお勉強苦手でしょ?」
空いた時間に命はトキワに勉強を教えてあげたが、基礎から叩き直さなければならない程理解出来てなかった。もし今から医者を目指すとしたら、寝る間も惜しんで勉強する事になるだろう。
「ちーちゃんと結婚出来るなら勉強めちゃくちゃ頑張れる!」
「そんなことで自分の将来を捨てちゃダメよ?」
必死に諦めさせようとする命だが、医者になれば命が結婚してくれると分かったトキワの目の輝きは止まらない。
「俺の将来の夢はちーちゃんと結婚する事だから!医者になればちーちゃんがお嫁さんになってくれるんだよ?じゃあ頑張るしかないよ!」
彼の何が自分をそこまで求めるのか……自分が男だったら自分みたいな女じゃなくもっと可愛くて可憐で小柄な美少女と結婚したいと思っていた命は全く理解が出来なかった。
「ごめん、本当に悪いんだけど医者と結婚したい話は冗談だから。私は本当に好きになった人と結婚するから諦めてね?」
先ほど桜が懇願した言葉を借りて命はトキワを止めることにした。トキワはしばらく考えてから。大きく頷いた。
「わかった!医者になるのは諦めるね!」
この一件はこれでカタがつきそうだ。自分達が蒔いた種とはいえ命と桜は安堵する。
「でもちーちゃんと結婚するのは諦めないよ。絶対俺と結婚してね?」
顔を合わせると度に飽きる位聞いてきたのに、未だに慣れないトキワからのプロポーズに命は耳まで赤くさせた。
「私、夕食作らなきゃ!」
プロポーズの返事をせずに命は椅子から立ち上がると、逃げるように診療所から出て行った。
「まあ、医者の道を諦めても勉強はちゃんとしろよ?」
出て行った命の後を追おうとするトキワの肩を掴んで、桜は鞄から出していた宿題を彼の目の前に掲げて止めたので、トキワは気まずそうに笑って大人しく椅子に座って桜に宿題を見てもらう事にした。




