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41突然の出来事6

「ううーん…」


 胸の苦しさで命は覚醒した。父の死に対する悲しみやショックがじわじわと身体を蝕んだのだろうか。

 目をおもむろに開けると、キラキラと輝く銀糸が視界に入った。


「ひっ…!」


 本当に驚いた時は大きな声が出ないものだ。命は自分の胸に顔を埋めて寝息を立てるトキワの姿を見てそう実感した。しかも空いてる手で胸を鷲掴みまでされていて、羞恥心よりも先にこいつをどうやって締め上げようかという怒りの方が勝りそうだった。


「ん…ちーちゃんおはよう」


 命の短い悲鳴で目を覚ましたトキワは自分のしでかしたことをまるで理解していない様子で上目遣いで命を見つめて、朝日にも負けないくらいキラキラとした笑顔を浮かべた。


「な、なんで一緒に寝てるのよ?」

「一緒に寝ていい?て聞いたら、うんて言ってたから」


 それは恐らく先に仮眠して寝ぼけている命に話しかけて唸ったものをイエスと見做したというトキワの超自己都合的な解釈だったのだろう。


「お陰でいい夢みれたよ。ふぁー……もうちょっと寝よ」


 目蓋を閉じるとトキワは当然のように再度命の胸に顔を埋めて寝息を立て始めた。あまりのマイペースさに命は脱力して怒る気力が無くなった。


 二度寝してしまったトキワを置いて、命が着替えて家族と合流すると、既に全員民族衣装に身を包み葬儀の準備をしていた。


 母の光は引き続き憔悴していたが、実は元気が無いが食欲は出てきたのか、レーズンとくるみが入ったパンを食べている。


 レイトは酔いが覚めて真っ直ぐとした背筋でヒナタを抱いていて、祈はソファでゆっくり休んでいた。


 命は軽く朝食を取りながら今日の流れについて桜から説明を受けた。あと一時間ほどで地下の斎場へ向かい葬儀を行うそうだ。刻一刻と迫るシュウとの別れに命は未だに実感が湧かなかった。


「皆さんおはようございます」


 挨拶をして来た神子の暦は何故か子供サイズの民族衣装を手にしていた。


「トキワはまだ寝ているのですか?マイペースな所は姉そっくりだわ」


 どうやら暦はトキワが着る民族衣装をわざわざ用意したらしい。神殿にはサイズアウトなどの理由から寄付された民族衣装があるから持ってなくても貸してもらえるというが、彼女の持つそれは明らかに使い古しではない新品で質の良いものだった。


 暦はぼやきながらトキワが寝ている部屋に行き、しばらくして神子だと言ったら誰もが信じてしまいそうなくらい神秘的な雰囲気を纏ったトキワと戻ってきた。


「トキワちゃん本当の神子さんみたい!将来神子さんになったら?」


 祈がトキワの民族衣装姿を褒めるが、当の本人は不服そうだ。


「ちーちゃんに会えなくなるから絶対嫌だ」


 基本神子は神殿の外には出ない。用がある時は神官を使いに出して事を済ます。つまり会いに行かないと会えないのだ。


「男神子が少ないからこの子がなってくれたら助かるんですけどね。こればかりは本人の意思が尊重されますから」


 残念そうに暦はトキワを見やる。神子は魔力が高ければ何歳からでもなれる。もしトキワが神子だったら出会うことさえなかったかもしれないと命はぼんやりと考えた。



 無慈悲にも時間は過ぎて葬儀の時間になってしまった。シュウの棺を男性神官が四人がかりで運ぼうとするがなかなか持ち上がらない。レイトも手を貸すがシュウの身体は熊のように巨体な為、安定して運ぶ事が出来なかった。


「こりゃいかんな。トキワ、軽量化かけてくれ」

「はい」


 トキワが棺に魔術で風を纏わせて軽量化させた事により、ようやくなんとか斎場まで運ぶことができた。


「まったく、だからダイエットしろって言ってたのにな」


 毒づく桜に周りから笑いが溢れる。一同が斎場に辿り着くと、五十代くらいの白銀の髪を後頭部で綺麗にまとめた女性が祭壇の前で待っていた。


「げっ、ばあちゃん…」


 トキワの一言で彼女が光の神子だということがわかった。今まで精霊祭などで遠目からしか見た事が無かったが、どことなく雰囲気が暦や楓に似て、幻想的で浮世離れした女性だなと命は思った。


「今回の葬儀、本来なら私が執り行なう予定でしたが、このバババカ……失礼、光の神子が特別に執り行ないます」


 暦の言い分からして、どうやら光の神子は孫のトキワに良い所を見せたいらしい。そんな事にシュウの葬儀を使うなと思う反面、光の神子の手で弔って貰えたらシュウも安らかに眠れるかもしれないと命は期待した。


「偉大なる水鏡族の戦士…シュウの武勲、そして救命活動に敬意を払って私が弔いをさせて頂きます」


 光の神子が祭壇で古代語を使って祈りを捧げて葬儀は粛々と進んでいく。


 所々からすすり泣く声が聞こえる中、トキワは隣に座る命の横顔を見つめた。懸命に父親の冥福を祈る姿が清らかで美しくてずっと眺めていたかったが、気持ちを抑えて自分もシュウを想い自分が彼の分まで命を守ると誓って、そっと命の手を握った。


 葬儀が終わると待機していた生前シュウと親しくしていた者たちと共に神殿の地底湖に向かった。各々最後の別れをしてからシュウは棺ごと地底湖に沈められていった。これでもう会う事は叶わない。


 泣き崩れる光を桜が涙を流しながら支える。祈はヒナタを抱いたレイトに寄り添っている。命は不安そうに立ち尽くす実を優しく抱きしめた。その頼りない命の背中をトキワはそっと見守った。


 そして悲しみとは裏腹に太陽が照りつける中でシュウとの別離を終えた命達は家路へついた。


 

 

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