4美少女を拾ったつもりが…4
今更訓練に向かうのも億劫なので、命は寝息を立てるトキワの傍らで読書をして時間を過ごした。時折うなされていたので、何度か額のタオルを冷たいものに交換してそっと手を握った。妹と年の変わらない少年が苦しむ様子は可哀想でしょうがなかった。
午後三時頃、トキワが目を覚ましたので桜が商店で買ってきたプリンをおやつとして二人で食べる事にした。
「食べさせようか?」
連れてきた時よりはしっかりしてるが、まだ熱でぼんやりしている様子のトキワに命は提案すると、嬉しいような恥ずかしいような、どちらともいえる表情でトキワは頷いた。
「甘えん坊さんだね。ほら、あーん」
差し出されたプリンをトキワは雛の餌付けの様に口にする。滑らかなプリンは腫れた喉を優しく通過して心地よい。その一方で甘やかされるのはいつ以来だろうかと、トキワはぼんやり考えた。
「うん、おいしいね!」
命も自分のプリンを食べて上機嫌になる。同意をすべくトキワは何度も頷いた。
二人がプリンを食べ終えた頃、病室に桜と共に一人の男性が入ってきた。憂いを帯びた目鼻立ちは芸術的に整っており、背も高く身体つきもほどよく筋肉がついている。
あ、そっくり。
命は一目見た時から彼がトキワの父親だと判った。髪の色は普通の水鏡族の灰色だったが、それでもこの親子は似ていた。
「トキワ!ごめんな…」
第一声に謝罪をしたトキワの父親、トキオはベッドのトキワに近寄って抱きしめてからガシガシと頭を撫でた。命には大袈裟にも見えたが、トキワの嬉しそうな表情から嘘偽りではないと信じる事にした。
「先輩、この子がうちの姪っ子です。ここまでトキワくんを連れてきて看病してくれました」
突然の桜からの紹介に命は驚く。トキオは命を見ると優しく微笑み頭を下げた。
「ありがとう、うちの子を助けてくれて!」
「い、いやー、当然のことをしただけですよ?」
顔面が良すぎてキラキラしている!トキオの顔面偏差値の高さに命は戸惑いつつ桜を見ると、ほらカッコいいだろ!と言わんばかりのドヤ顔を浮かべていた。
「それで、トキワくんはどうしてあんな所にいたんですか?」
本題に移る桜に親子の表情は強張る。明るい話題でないのは確かだ。
「……母さんとケンカして、家出した」
掠れた声を絞り出したのはトキワだ。休息でかすかに声が出るようになった様だ。
「朝に私が集落の当番から帰宅した時にはもういなくて…まさか西の集落まで来てるとは思わなかった」
「じいちゃんち行こうと思った…」
トキワがこの集落に来た理由を知り、トキオは悲しげにトキワの頭を撫でる。
「じいちゃんの家はもう別の人が住んでいるんだよ」
「そうなんだ…」
会話からトキワの祖父は既にこの世にはいないのかもしれない。それでも家は残っているからと幼い体でここまで来たのだろう。
「ところで先輩、トキワくんて何才ですか?」
「今年で十歳になる」
まさかの三歳下という事実に命は驚きを隠せなかった。それと同時に七歳の妹と同じ対応をしてしまったことに申し訳なさを感じた。
「これから父さんみたいに大きくなるから大丈夫!」
まだ喉が痛むだろうにトキワは父親を庇う様に声を大きく上げる。その反動で咳き込み始めた。命は水を差し出しトキワの背中を摩った。
「桜、図々しいのを承知で頼みがある。風邪が治るまでトキワをここに置いてもらえないか?もちろん治療費も用意する」
父親に見捨てられた。そう受け止めたトキワは明らかに落胆する。それを見逃さなかったトキオは慌ててトキワの頭を撫でる。
「家じゃ父さんは仕事だから看病出来ないだろ?しっかり元気になったら必ず迎えに行くから!父さんがトキワを迎えに来なかった事なんて無いだろ?」
どうやらトキワの家出は一回や二回では無いらしい。これはなかなかの問題児だなと親子の様子を見ながら命は苦笑いする。よく今まで無事だったものである。
「こんな可愛い子がうちにいてくれるなんて素晴らしい提案ですよ。とりあえず一週間後位に迎えに来てください。それまでに家のことをどうにかして下さいよー」
「ありがとう桜……」
トキワがいる手前、大人たちは母親の悪口を明言しない様にしてるのだろう。桜は語尾を小さくする。そもそも母親が看病しないとか一体どんな家庭なんだと命は半ば呆れながらも、トキワの手を握り、精一杯微笑んだ。
「桜先生と二人じゃ心配だな。私も泊まる。好きな食べ物ある?夕飯に作ってあげる!」
その言葉に不安げだったトキワは命の申し出に年相応の表情で目を輝かせた。いつの世も食べ物は強いのだ。
こうしてトキワはしばらくの間、秋桜診療所で療養する事になった。