39突然の出来事4
「おいおい、随分大きな忘れものだったな…」
命がトキワを神殿まで連れて行くと、一通り泣いて落ち着いてきた桜から冗談交じりに笑われた。
「お母さん達は?」
「義姉さんは心労でみーと別室で休んでいて、祈はヒナタの授乳に行ってる。で、婿殿は港町の事件について知り合いから詳しく話を聞きに行っているよ」
母と妹は心配だったが、姉家族はなんとかなりそうだ。命は少し安心した。
「熊先生……」
トキワは真っ先に棺に眠るシュウの元へ向かい、今にも泣き出しそうな顔をして眉を寄せると、目を閉じて指を組み祈った。その姿はさながら壁画の天使のようだった。
「どうして連れてきた?」
「なんか訳ありみたい。これトキワのお父さんから桜先生にって」
命はトキワから渡されていた袋を桜に差し出す。中にはお金と走り書きされたメモが入っていた。
「まったく先輩は……うちは託児所じゃないんだけどな」
「なんて書いてあったの?」
内容が気になる命に桜はメモを見せた。そこにはしばらくトキワを診療所に置いて欲しい旨と袋の中のお金はトキワの生活費だと書いてあった。
「まあ、私としてはトキワくんがいた方が気が紛れるかもな。お前もそう思って連れてきたんだろう?」
「それもあるけど、いつもより元気なかったから一人にさせたくなかったの」
「お前の方が元気なさそうだけどな」
「それはお互い様でしょ」
ようやく話せる状態まで持ち直した桜に命は心の中で胸を撫で下ろす。自分一人から元気なのは正直な話しんどかった。
「あら、あなた……もしかしてトキワじゃない?どうしたの?」
棺の前で祈っているトキワに気付いた神子が話しかけてくる。どうやら知り合いのようだ。
「あれー暦ちゃんだ。久しぶり!」
「神子さん、トキワくんと知り合いなの?」
桜に尋ねられて神子の暦はトキワの両肩に手を置いた。
「この子は私の甥です」
「つまりは俺のおばちゃん」
意外な親戚関係に命も桜も驚く。世間は狭いものである。
「この子の母親は私の姉でここで神子をしていましたが、結婚を機に神殿を出て家庭に入っているんです」
そういえばトキワの母親は元神子だと聞いていた。確かに暦をよく見れば、以前診療所で会った楓と雰囲気が似ている気がした。
「姉はとても出不精なので会う機会が殆ど無くて、トキワとも最後に会ったのは…この子が七歳位の時かしら?」
「多分そう。暦ちゃんよく俺だってわかったね」
「銀髪でお義兄さん瓜二つの子供を見たらあなた以外あり得ないでしょう?お父さんとお母さんは元気?」
「うん……相変わらずラブラブかなー?」
トキオと楓の近況を聞かれたトキワは一瞬目を泳がせる。嘘は言っていないつもりだ。
「シュウさん一家とは知り合いなの?あなたも知っているでしょうけど、葬儀前夜は家族だけで過ごすものなのよ?」
尤もな事を指摘されてトキワはぐうの音も出ない。命達とは家族でもなんでもない。そんな事くらい分かっていたけれど、どこかでそんなことないと言いたかった。
「すみません、トキワくんは兄の…故人が実の息子のように可愛がっていたのでどうしても呼びたかったんです」
桜が機転を聞かせて説明するが、暦は納得の行かない様子だ。
「ですが、ご迷惑をかけるわけにはいけません。義兄が許可を取ったのでしょうけど、今夜はもう遅いですし母の…この子の祖母の所に泊めます」
「え、トキワておばあちゃんいたんだ?」
楓が元神子なのだから、神殿関係者にトキワの親戚がいるのは当然だったが、命の祖父母は両方とも彼女が生まれる前に亡くなっているので、祖父母という存在に馴染みがなかった。
「この子の祖母は光の神子です」
暦の言葉に命は瞠目した。光の神子とは水鏡族の中で唯一存在する光属性を持ち備えた存在で強い魔力で治癒能力を備えた奇跡の存在と言われている。いわば水鏡族の象徴的存在で実質神殿のトップだ。
その人が父が負傷した時に居合わせていれば…命は叶わない“もしも”を想像してしまい自嘲する。
「母も常日頃あなたに会いたがっているし、ちょうどいいわ。怪我もしてるみたいだし、治してもらいなさい」
もしトキワが祖母に預けられたら家出の件が露呈して、このまま神殿から出て来れなくなってしまうのでは…命は漠然と不安になった。
「嫌だ。熊先生とちゃんとお別れするし、ちーちゃんと離れたくない」
トキワは命の手を不意に握って、祖母の所に泊まる事を拒否した。
「こちらのお嬢さんはトキワの彼女なの?」
「俺はちーちゃんとの将来を誓っている!」
あえて誓い合っているとまで言わない所にトキワの巧妙さと本気を感じた桜はそれに乗っかることにした。
「二人の仲は一応兄と、彼の両親も公認なんですよ。中々微笑ましいですよね。なのでどうか兄のお見送りに参加させてあげて下さい」
「……分かりました。そこまで故人と縁があるという事でしたら、仕方ありません。でもトキワ、おばあちゃんに顔を見せてあげなさい。それが条件よ」
「はい」
暦はそう告げると、祖母の元へ行くよう促した。トキワは握っていた命の手の甲に名残惜しげに口付けると、そっと手を離し暦と部屋から出て行った。




