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38突然の出来事3


 夢であって欲しかった…


 

 父の遺体は神殿に運ばれた。命達は家族全員で神殿に向かい、彼の変わり果てた姿と対面して愕然とした。これからここでシュウは家族と最後の一晩を過ごし、明日葬儀が執り行われる。


 捜索したレイトの知り合いによると、港町に突如大型の魔物が現れてシュウは逃げ遅れた赤子を抱えた若い女性を庇い負傷し、彼女たちを逃した後、近くにいた冒険者や同族と果敢にも立ち向かいなんとか撃退し、その後は自分の怪我よりも他人の手当てを優先した結果、その場で倒れ帰らぬ人となった。


 港町の周辺には魔除の結界が張り巡らされて魔物が入り込むことは殆ど無いはずだ。現在調査中らしいがどんな結果でも父は帰ってこない……命は悔しさで歯軋りをした。


 棺に横たわる父に母を始めとする家族は涙を流す中、命はどこか他人事でその様子を見守る事しかできなかった。


 冷静だと思ってた桜先生もボロボロだし、お義兄さんさえ泣いている……私って薄情なのかな。


 そうぼんやり命が考えていると、葬儀を取り仕切る銀色の髪を一つに結えた妙齢の神子がそっと命の肩に手を置いた。


 彼女は炎の神子代表でありながら冠婚葬祭を執り行ったり、図書館の司書として勤めたりしている為、村人と距離が近い神子として親しまれていたので命は見覚えがあった。


「悲しみ方は人それぞれですよ」


 神子のかけた言葉に命は励まされる。きっと今はまだ悲しむ時じゃない。自分がしっかりしないと…命はおまじないのように心の中で言い聞かせた。


 しかし何か忘れている気がする…明日の葬儀で着る民族衣装は持ってきたし、着替えにヒナタのおしめなどもちゃんとある。一体何なのか…


「あ、そうか…」


 なんとなく部屋全体を眺めて命は近くにいた神子の銀髪が目に留まり、今日トキワが家に来ると言っていた事を思い出した。朝からバタバタしていたし、いつもよりトキワも来るのが遅かったため、すっかり忘れていたのだ。


 留守だったら諦めて帰るのが普通だが、恐らくトキワは門限ギリギリまで粘るはずだ。そんな長時間一人で待ち惚けを食らうのはあまりにも可哀想だ。すれ違う可能性もあるが、様子を見に行くことにした。


「ちょっと忘れもの取りに行ってくる。みんなは忘れ物無い?」


 家族に声を掛けて他に忘れ物が無いのを確認すると、命は神殿を出て自宅に向かった。



 ***



 ちょうど命達と入れ違いでトキワは秋桜診療所にやって来た。


「あれ、誰もいない?」


 診療所のドアをノックしてから開けようとすると、結界が発動して水浸しになった。命達の家も同じである。どうやら留守のようだ。


 もしかしたら一家総出で外食に出掛けたのかもしれない。トキワは魔術で風を起こして自身を乾かした後、荷物を地面に置いて待たせてもらう事にした。

 

 火傷した腕の痛みがまだ引かないので、腕に負担がかからないトレーニングをこなしながら命を待つが、なかなか帰って来なくて、気がつけば日が落ちてきていた。


 このまま誰も帰って来なかったらどうしよう。ここで寝るか、まさか野宿することになるとは思わなかった。いつもならここは賑やかな場所なのに、今は一人ぼっちだ。トキワはまるで自分が世界中から見放されたような気分になった。


 元々自分はこの家の人間達にとって何の接点もない人間だし、寧ろ邪魔者なのかもしれない……夕暮れと共にトキワの気持ちはどんどん暗くなっていった。




「うわっ!いたー!」


 トキワが心から待ち望んでいた声がして振り返ると、命が息を荒げて肩で息をしていた。それだけなのにトキワの真っ暗になった世界は一気に光が射した。


「ちーちゃん!」


 トキワは命に駆け寄ると、感情が抑えきれず抱きついた。彼女の柔らかい感触と温かい体温、そして湿った汗の匂いが愛おしくてしょうがなかった。


「ごめんね、今日来るって言ってたのに……あれ、どうしたのこの荷物?火炎魔石?」


 抱きついてきたトキワの頭を撫でながら、地面に置いてある荷物で膨れ上がったリュックが目についた命は、いつもの楓お手製の火炎魔石かと思ったようだ。


「ううん、今回は俺の家出の荷物…」

「また喧嘩?」

「違うよ。諸事情でしばらく家に帰れなくなったから診療所の空いてる病室でお世話になろうと思ったんだ

けど…みんないないの?」


 桜達がいない事に疑問を持つトキワに対して命はいずれわかることだし、シュウが死んだことを伝えてこうと、しばし頭の中で言葉を選んだ。


「……じつはね、お父さんが港町で魔物と戦った後亡くなったの。それで今みんなと神殿にいるの」

「熊先生が…」


 予想に全くなかった命の返答にトキワは驚きを隠せず、すぐに次の言葉が見つからなかった。


「ごめん….そんな大変な時に俺、ちーちゃん達に寄り掛かろうとしてた」


 命から離れてトキワは顔を伏せると心の内でやっぱり自分は誰からも邪魔な人間なんだと責めた。


「行く宛ならあるからちーちゃんは気にしないで熊先生のそばにいてあげてよ!」


 強がったけど行く宛なんて無かった。それでも命達の負担をかけたくないトキワは物分かり良さげに笑って、リュックを取ろうとした。


「待って!」

「痛っ…!」


 腕を掴まれ命に引き止められたトキワは火傷の影響で激痛が走った。あまりにも大きなトキワの反応に命は驚きつつも、彼の両腕に包帯が巻かれていることに気付き顔をしかめた。


「どうしたのよ!これ!」

「えっと…料理の時火加減間違えて少しだけ火傷しちゃった」


 嘘はつきたくなかったが、本当の事を話したら優しい命は絶対心を傷めると思い、トキワはでまかせを言う。


「ドジなんだから。あ、よく見たら前髪もチリチリになってる。ちょっと待ってて整えてあげるから」


 命は結界を解いて自宅に入るとハサミを手に戻ってきた。


「動かないでよ…」


 トキワの前髪にハサミを入れると、はらりはらりと切れた前髪が風に乗って落ちていく。真剣な様子でハサミを持つ命が可愛くてトキワは笑みを浮かべた。


「よし、ちょっと短すぎたけどいいや。可愛い可愛い!」


 眉の下ほどの長さだったトキワの前髪は命の手によって眉の上まで切られ、彼の幼さを際立たせた。


「ありがとう…じゃあ俺はこれで…」

「何言ってるの、一緒に行くよ。『トキワくんはもう家族みたいなものだから!』て、お父さんなら絶対言うと思うから!」


 自分が一番大変なのに、彼女はどうしてこうも他の人の気持ちに寄り添おうとするのだろう…トキワは命のそんな所が好きでもあったが心配になった。


「うん、俺にも熊先生とお別れさせて」


 だからこそ自分が命を支えよう。トキワはそう決意するとリュックを背負って命の手を取った。



 



 

 

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