37突然の出来事2
「はあ、ちーちゃん…おはよ…」
朝目が覚めてベッドに寝転がっているトキワは先月の誕生日に命からプレゼントされたハードカバーノートにおはようのキスをする。
まさか文房具を貰うと思わなかったが、勉強も頑張りなさいという命からの愛をひしひしと感じ身悶え、早く彼女が自分を受け入れ選んでくれる事を夢見た。
しかし勿体無くて一ページも使っていない。もし使っていないことがバレたら怒られるだろうか?怒った顔もキュートだろうなと想像したら口元が緩む。
「あ、そうだ!このノートでちーちゃんと交換日記すればいいんだ!なんで今まで思いつかなかったんだろー」
手紙のやり取りもいいが交換日記もいい。トキワはその様子を想像して気持ちが高まる。内容はきっといつも通り色気のない勉強だろうが、そっちの方が命も受け入れてくれるだろう。
そうと決まったら早速命に会いに行こう。元々会いに行く予定だったが、トキワの気持ちは逸る。
自室から出て朝食をとろうと台所へ向かうためにリビングを通ると珍しく楓が起きていた。
「母さんおはよう、朝ごはん食べる?」
トキワが声をかけるも楓は無視をする。朝が弱いからそんなものだろうと思い、気にせず台所でトキオが朝の日課であるランニングの前に用意してくれていた朝食を楓の分も準備してからリビングに戻る。
「母さん食べよー」
「うるさい…」
機嫌が相当悪いらしい。トキワは黙って食卓で朝食をとることにする。
「出て行け…」
ソファから立ち上がった楓はトキワを強く睨みつけた途端に室内の温度が急激に上がる。
「どうしたの母さん?」
普段から機嫌が悪いが今日はいつもより様子がおかしい。トキワは不審に思い母に近寄った。
「近づくなっ!!」
「えっ!?うわああっ!!」
刹那、母から発された炎がトキワに襲い掛かった。それはいつもの炎とは違いトキワの身体を熱く蝕んだ。とっさに魔術で風を起こして防御した為軽傷だが、トキワの腕は火傷で腫れあがった。
「寄るな!出て行け!私の前から消えろ!」
全身に炎を纏い、声を張上げて否定してくる楓にトキワは目眩を覚えながら炎への恐怖で後ずさると、家から飛び出す。
裏の井戸から水を汲み取り火傷を冷やそうとしたが、楓の炎の影響か井戸水は温くなっていた。
一体楓に何が起こったのか…昔から両親は自分に何か隠していた。それが一体何かはトキワには未だに分からなかった。
「トキワ!どうしたその火傷…っ!」
ランニングを終えて家に入る前に水を飲みに来たトキオが愛息を発見して酷く驚いた。
「まさか楓さんが…?」
トキワは小さく頷くと、トキオは堪らず強く抱きしめてきた。
「ごめんな、本当にごめんな。まさか楓さんが制御できない所まで来てるなんて…一体何があったんだ?」
「そんなのわかんないよぉ!母さんが突然俺に出て行け消えろって!」
火傷の痛みと母親からの強烈な拒絶にトキワは涙混じりに叫ぶ。
トキオは悲痛な表情を浮かべてトキワの両肩を掴んだ。
「トキワ、ひとまず近くの診療所に行くぞ」
否応なしにトキオはトキワを背負うと東の集落にある診療所まで走った。不謹慎かもしれないが、トキワは母よりも怪我をした自分を優先してくれた事に安堵した。
診療所に着くと直ぐに年老いた医者がトキワの腕に薬を塗り、包帯を巻いて治療を施してくれた。あとは自分で替えるようにと塗り薬と包帯をもらい、二人は診療所を後にする。
「これから父さんは母さんの様子を見に行く。その間お前はカナデ君の家にいさせてもらいなさい」
「わかった……」
自宅の前まで来るとトキワはカナデの家を訪ね、事情を話して入れてもらった。一方でトキオは楓の元へ向かう。
「随分と派手にやられたな…前髪焦げてるぞ」
「うん…」
相変わらず遠慮の無いカナデの言葉にトキワは少し笑って、食べ損ねた朝食をご馳走になる。
「カナデ、お父さんは?」
今日は休日だからカナデの父は家にいるはずだ。挨拶をしようとトキワは所在をきく。
「寝てる。夏風邪引いたっぽい。移したら悪いから挨拶はいいよ」
「そっか…」
会話が途切れ部屋はしんと静かになる。カナデは沈黙が気にならないのか、途中だった本を読み始めたので、トキワは食事に集中した。
それから三時間が経った頃、ようやくトキオが迎えにきた。
「カナデ君、ありがとう。お父さんは…?そっか、後日お礼に伺うよ」
トキオはカナデに感謝を伝えてからトキワに向き直る。
「父さん、母さんは…?」
「疲れて眠っている…それでトキワ、悪いけどしばらく秋桜診療所の方でお世話になってもらえないか?」
「え…なんで?」
家に帰れないという事態にトキワは不安に襲われた。
「お前もわかってるだろうけど、母さんの精神状態が良くないんだ。またお前を傷つける可能性が高い」
また母親に憎悪を向けられる可能性があると言われたトキワは例えようもないショックを受けて言葉が出なかった。
「母さんはお前を傷つけたくなかった……でも魔力を制御出来なかったから突き放した。それは信じてくれ」
父の言い分は前向きに考えたら納得出来た。母は乱暴ではあったが、とにかくトキワを遠ざけようとする言葉を使っていた。
「必ず迎えに行く……その時お前に話がある」
「今じゃダメなの?」
一体何を話すのか気になりトキワは急かすが、トキオは頭を振る。
「長くなるから落ち着いて話したい。絶対話すから…とりあえず楓さんが眠っているうちに荷物を取りに行こう」
「わかった…カナデありがとう」
「達者でなー」
自宅へ向かう父親の後をトキワも追う。母は寝室で眠っているようだ。直ぐ様忍び足でニ階の自室に行き、リュックに先程もらった薬と包帯、着替えなどを詰め込む。
もしかしたらもう二度と帰って来れない…父を信用してないわけではないが不安になったトキワは小さな棚の上に飾っていた宝物…命の写真やくれた物たちもリュックに入れた。
「父さん、俺一人で行けるから…母さんのそばにいてあげて」
「トキワ…すまない…ありがとうな…」
「全然平気!だってまたずっとちーちゃんと一緒にいられるんだから!」
これはれっきとした本音だ。命さえいれば乗り越えられる。トキワにとって生きる源だった。
「命ちゃん達にも迷惑かけると伝えてくれ。あとこれは当面の生活費だ。桜に渡してくれ」
ずっしりとお金が詰まった袋をトキワは受け取る。これは親なりの思いやりだと感じた。
「じゃ、行ってきまーす!」
火傷はまだ痛むがトキワは努めて明るい笑顔で見送る父親に手を振ると、背を向けて走り出した。




