表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/300

36突然の出来事1


 太陽が燦々と降り注ぐ夏が来た。暑さでラベンダー色のプルオーバーが汗で色が変わるくらい濡れていて、命は顔を歪める。


「暑いよー」


 隣にいるのは妹の実だ。母に頼まれたお使いで商店に行こうとしたら付いてきたのだ。汗疹ができたら可愛そうだ。命はカバンからタオルをだして実の汗を拭いてやる。


「お店に行ったらアイスでも買って食べようか?」

「うん!」


 自分が食べたかったのもあるけどねと、苦笑しながら命は実と共に商店へ急いだ。


 商店に着いてからお使いの品と命はオレンジ、実は苺味のアイスキャンディーを買って食べながら帰ることにした。


「冷たくて美味しいねー」

「うん!」


 アイスキャンディーのおかげでスッと汗が引いて、そよ風が心地良くて、すっかり実の足取りも軽くなった。それでも汗がもたらした不快度指数は高いので、命は家に帰ったらニ人でシャワーでも浴びようと考えた。

 

「ただいまー!」


 家にたどり着いた命と実は元気にドアを開けた。しかし家の中は母の光と姉夫婦、それに先週生まれた甥のヒナタがいるはずなのに反応が無かった。


「お母さん?お姉ちゃん、お義兄さーん?」


 命が呼んでも返事は無く、実は不安げに命の腕を握る。


「お昼寝してるだけかも」


 自分も不安だけど必死に笑顔を取り繕い、命は妹とニ階に上がり両親の部屋を覗くと、母と姉、甥っ子を抱いた義兄までいた。母は床に座り、ベッドにうつ伏せて震えていた。


「ただいま、ねえどうしたの?」


 ただならぬ空気に命は緊張した面持ちで尋ねた。


「ちーちゃん、みーちゃん…えっとね…」


 祈が何かを言おうとするが、言葉に詰まり涙を流しだした。見ていられなかったのか、レイトが青い顔をして祈を抱き寄せて代わりに口を開いた。


「信じられないかもしれないけど……お義父さんが亡くなった」


 あまりにも非現実な言葉に命は立ち尽くした。今日の朝、父は医療学会の為、港町から出ている蒸気機関車を乗り継いで一週間かかる学園都市へ向かったはずだ。


「どうしてお父さんが死んだってわかるの?そんなの絶対嘘でしょ?」


 疑ってかかる命に対してレイトと祈が光を見た事により、命はハッとした。


 水鏡族の夫婦が結婚の際行なっている水晶の融合分裂により、伴侶が亡くなった時真っ先にわかるという現象が光に起きた…つまりそういう事である。


「港町で何かあったらしい。俺が探しに行きたいが…祈達を放っておけないから知り合いに頼んで捜索に向かってもらった」


 翳りのある表情でレイトが現状を説明するも命は実感がわかない。実を見ると震えて涙を目に溜めている。


「みーちゃん、お母さんのそばにいてあげて」


 命は実の背中を優しく撫でて母の元に送り出す。末娘に気付いた光は手を伸ばして抱きしめ嗚咽を上げた。


 家族の弱々しい姿に命はしっかりしないといけないと己を奮い立たせ、ピンと背筋を伸ばして拳を強く握った。


「桜先生はもう知ってるの?」


「ああ、桜先生には神殿に向かっている」


 死んだ水鏡族は神殿で弔われる。どうやら桜は落ち着いているようだ。命は頼もしさを感じながらも自分に出来る事は何かと考える。


 まずは葬儀で着る民族衣装を用意しよう。命はまずは自分の民族衣装を探すため自室へ行った。


 命の民族衣装はクローゼットの端に掛かっていた為直ぐ見つかった。心配要素としてはまた成長したので入るかどうかであるが、とりあえずその問題は後回しにした。


 妹の分は両親の部屋にあるはずだ。命は再び光達のいる部屋に戻りクローゼットを漁る。すると実と光、そしてシュウの民族衣装が見つかった。それを見た光が更に声を上げて泣き出す。こんなにも取り乱す母親を見るのは初めてで、命は戸惑いつつも、そっとしておく。


「お姉ちゃん達も落ち着いたら民族衣装用意して」

「わかった。レイちゃん手伝って」


 虚な目で祈は夫からおもむろに離れると、自室へ向かう。


「お義兄さん、ヒナちゃん預かるよ」

「ああ、ありがとう」


 ヒナタを抱いたまま祈の後を追うレイトを引き止め命は両手を伸ばしてヒナタを受け取る。腕の中の恐ろしい程軽く温かい赤子に命はどこかほっとした。


 支度を終えた一同は戸締りの結界を施してから、家を出た。外はこんなにも暑くてじっとしていても汗が流れる位なのに、心は酷く冷え切っていてそれでいて鼓動は激しく暴れ回っていた。


 家から神殿までの二十分間は誰も口を開かずに、耳障りな蝉の鳴き声だけが空間を支配していた。

 


 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ