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35誕生日にはチェリーパイ11

 とある休日…


「やだっ、私の妹が可愛すぎる件についてー!」


 祈のテンションの高い声を向けられているのはコーラルピンク色の花柄のフリルエプロン姿の命だった。頭には同じ柄のヘアバンドにしている。

 このエプロンは祈がアイディアを出し、レイトが買ってきた命への誕生日プレゼントだ。


「やっぱ私にはちょっと可愛すぎるよ…」


 エプロンの裾を摘まみ恥ずかしそうにする命に祈は机をバンバン叩く。


「これよこれ!恥ずかしがる姿もたまらない…はーしんどい」

「からかわないでよ!もうお姉ちゃんの前で着ないよ?」

「ごめんごめん、せっかくレイちゃんが選んだんだから毎日着てよー」


 頰を膨らまし不機嫌になる命もまた可愛いと思いつつも祈ははしゃぎたくなる気持ちを抑える。


「それでーちーちゃん今日は何作るの?」

「チョコチップクッキー、みーちゃんからリクエストされた。あとついでに……トキワに花束のお礼をしようと思う。ついでだけど。本当についでだから!」

「クッキーかあ、二人とも絶対喜ぶよ」


 にっこり笑って祈は肯定する。早速命は台所に立つと、事前に用意して冷やしていた生地を取り出した。祈は邪魔にならない場所に椅子を置いてにやにやと観察する。トキワに関することに素直になれない命がもどかしいなと思いながらも、命抜きで行った家族会議で口を出さないと決まっている為、祈は何も茶化さない。


 命が自分で思っている以上にトキワの事が好きになっているのは確かだ。嫌だったら彼に触れないし、触れさせないはずだ。歳の差というより、自分の外見が大人びていて、トキワがまだ幼いから世間体が気になるのと、自身がまだ経験不足だから恋に臆病なのだろう。


 手際良く命は天板にスプーンで生地を落とす。そしてトキワの母親お手製の火炎魔石でオーブンに火をつけると火加減を整えてからクッキー生地が乗った天板を入れた。命は焼き上がるまでの時間を使い使わない道具を片付けている。


 十分もすれば部屋中にバターの匂いが充満して幸福と空腹へ誘った。

 クッキーが焼き上がると皿に移して天板に次の生地を乗せる。それを何度か繰り返し全部焼き上がる頃にはティータイムにちょうどいい時間だった。


 焼き上がったクッキーは実の刀の訓練で外出中の母と実、診療所で文献を読んでいる父と桜の分をそれぞれ分ける。たくさん作ったし、いつも火炎魔石をくれる楓にも渡そうかと思ったが、夫婦揃って極度の辛党だったのを思い出し、その分をトキワの持ち帰り用にする事にした。


「お姉ちゃんお義兄さんとトキワを呼んできてよ」

「えー、お腹重いから動きたくない。ちーちゃん呼んできて」

「仕方ないなーじゃあソファで休んでよ。お茶は私が淹れるから」


 お腹の子を盾にされたら引き受け無いわけにはいかない。命は家を出る為エプロンを外そうとした。


「ストップ!エプロンしたまま行ってよ!レイちゃんがちーちゃんがなかなかそのエプロン着ないから気に入ってもらえなかったかなーって落ち込んでたのよ!」


 本当はトキワに命の可愛いエプロン姿を見せてあげたいというのが目的だか、レイトの事も嘘ではない。これは昨夜レイトがポツリともらした言葉だ。自分が選んだ物だから気にしたのだろう。


「わかった。着ていきゃいいんでしょ!」

「ごめんねー困ったお義兄さまでー」


 照れ臭そうに頰を赤らめ命はエプロンを着たまま家を出て二人が修行しているであろう空き地に向かった。


「お義兄さん、トキワ、お茶にしませんかー?」


 武器を使って手合わせをしていたので命は離れた位置から大きな声で二人に呼びかけた。気付いたレイトはトキワを止めて左耳のピアスに武器をしまうと振り返り近づいてきた。


「命ちゃん、それ着てくれたんだ。似合ってるよ!」


 嬉しそうにレイトは命のエプロン姿を褒める。


「は、はい。これありがとうございます」


 褒められて悪い気がしない命は礼を言ってからトキワをチラリと横目で見ると、命の出で立ちに目を見張っていた。


「ちーちゃん、めちゃくちゃ可愛い!妖精さんかと思った!可愛い!!とにかく可愛い!!」


「あ、ありがとう……」


 徐々に語気を強くしてトキワが食い気味にエプロン姿を大絶賛する一方で命は引き気味に礼をした。


 三人で家に戻ると、祈がお茶の用意を済ませていた。


「私がするって言ったのに」

「いいのいいの!この位動かなきゃね!ほらみんな座って」


 祈に促されるまま席に着いてお茶と命が作ったクッキーを頂くことにする。


「このクッキーちーちゃんが作ったのよ」

「そうなの?ちーちゃんすごい!」


 祈から命の手作りだと教えられてトキワは喜びに目を輝かせ、クッキーを手に取るとしばらく宝物のように眺めてから口に運んだ。


「ザクザクしてておいしい!」

「よかった。花束のお礼に包んでおいたから帰りに持って帰ってね」


 おいしいというトキワの感想に命はほっとして微笑んで自分でも味を確かめる。バターの風味とチョコチップのほろ苦さが絶妙だった。祈とレイトからも評価を得る。


「ねえ、トキワの誕生日ていつ?今度お返しするから、欲しいものとかある?」


 思ってもいない命の申し出に、トキワは口の中のクッキーを噛み砕き飲み込んだ。


「七月だけど…欲しいものか…やっぱちーちゃんかな?俺のものになってくれる?」


 ストレート過ぎるトキワの要望に命は全力で首を振った。冗談なのか本気なのかわからないからタチが悪かった。


「えー、だったら欲しい物なんて身長くらいだよー」


 続いて物理的に無理な物を挙げて命を悩ませる。


「じゃあ逆にトキワちゃんが誕生日に貰ったら嫌なものは何?」


 視点を変えた祈の問いにトキワはしばし考え込む。


「……ナックル。毎年親が誕生日にくれるから。だから自分の誕生日て嫌いなんだよね」


 頼りなく笑うトキワに命達はかける言葉が見つからず沈黙が流れる。


「あ、でも最近は俺も強くなりたいからナックルも時々使うようにしてて、父さんに稽古つけてもらったりしてるんだよ?」


 重くなった空気に責任を感じたトキワが慌てて話題を逸らした。


「だから誕生日プレゼントはナックル以外でちーちゃんがくれる物なら何でも嬉しいよ」

「トキワ……」


 影のある表情のトキワを見て、今年の彼の誕生日は自分が最高の誕生日にしてあげよう。命は心の中で固く誓って温くなった紅茶を飲み干すのであった。







 





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