34誕生日にはチェリーパイ10
誕生日当日、命は朝から家族から祝いの言葉を貰いつつ朝食を摂り登校した。学校でも親友の南や仲のいい同級生などから祝われる。それ以外はいつも通り普通の生活だった。
学校を終えると弓の訓練場で汗を流してから家路に着く。母からは晩ご飯は命の好物ばかり用意するから早く帰る様言われていたが、この調子なら間に合うだろう。命は母が作るであろうチェリーパイに思いを馳せて早足で帰宅した。
「ちーちゃん遅いよ!」
家の前で出迎えたのは刃を潰した両手剣を手にしたトキワだった。どうやら木にくくりつけた材木で打ち込みをしていたらしい。
「せっかく早く来れたのにもう帰らなきゃいけない時間だよ!」
魔物退治以降トキワはここに一人で来ることになっていたが、門限を設けられたため滞在時間が減ってしまっていた。
自分に怒るトキワなんて珍しいなと思いつつ命は不服だがごめんねと謝る。
「ごめんちーちゃん八つ当たりだった」
はっと我に帰りトキワは謝ると木の根元に置いていた荷物から小さな包みを取り出すと命に歩み寄った。
「ちーちゃん、誕生日おめでとう、これ俺からプレゼント」
「え!私の誕生日知ってたの?」
トキワに教えた記憶がなかった命はプレゼントに喜びながらも戸惑う。
「師匠が教えてくれた。で、プレゼント買うお金が欲しかったから魔物退治に連れて行ってもらった」
急に魔物退治に行く事が決定したのが自分のためにだとわかり、命は不意に胸が熱くなり、トキワに抱きついた。久方ぶりの命の感触と体温にトキワは安らぎを感じて目を細めると彼女の肩に顎を乗せる。
「ありがとう、トキワ。でも無茶しないで……心配だったんだよ?」
「俺のこと心配だったの?なんで?」
「なんでって……」
命は抱きつくのをやめて離れようとするが、命の腰に回されたトキワの腕の力が思いの外強くて、命の胸の鼓動を早くさせた。
「心配だから心配だったとしか……」
「そんな答えじゃ離してあげない」
耳元で囁かれ命はビクンと体を震わせた。頭が沸騰して考えがまとまらない。
「ふぁっ…トキワは大切な人だから…心配した…の!」
「大切な人…」
精一杯吐き出せた命の言葉を復唱してからトキワは腕の力を弱めて命を解放した。
「そろそろ帰らなきゃか……ちーちゃん誕生日おめでとう。大好きだよ、またね」
短く命の頰に口付けて、再度誕生日を祝ってからトキワは何事も無かったように魔術で風を纏わせて帰って行った。
「なんで誕生日にこんな事されなきゃなのよー……」
茹で蛸のように顔を赤くしたまま命は涙目で悲鳴のように嘆き、顔を冷やしてから家に入ろうと先日父と作ったベンチに座りぼーっとすることにした。
トキワは何をくれたのだろう?命は包みを開けて中身を確認した。彼からの誕生日プレゼントは花の刺繍が施されたブックカバーだった。そういえば診療所で趣味を聞いてきた時に読書と答えていたなと思い出し、命はそっと花の刺繍を撫でてふと笑ってると美味しそうな匂いがして来る。これが夕飯だろう命はベンチから立ち上がると歩き出し、自宅のドアに手をかけた。




