32誕生日にはチェリーパイ8
何事もなければ今日帰ってくるはず…命はトキワとレイトの帰りを外で朝から心配で待ちわびていた。
「ちーちゃん、何してるの?」
手持ち無沙汰な命がストレッチをしていると、父のシュウが声をかけてきた。手には大工道具を持っている。
「え、何でもない!暇だから体動かしているだけ!」
ニ人の帰りを待っている事がバレるのが恥ずかしかった命は慌てながら身体を捻る運動を始める。
「じゃあさ、一緒にベンチ作らない?診療所の前に置きたいんだ」
「いいね、作る!」
大工仕事をしながら待てば時間はあっという間だ。命はシュウの誘いに乗った。木材はシュウが暇な時に近くの森で自前の武器である戦斧を操り間伐して乾燥させた物がある。2人でそれを運んできてから図面を元に寸法を測った。
「お父さんももうすぐおじいちゃんだね!楽しみ?」
一緒に鋸で木材を切りながら命は家族で今一番大きな話題を振る。
「そりゃ楽しみだよー!今度ベビーベッドを作ろうかななんて考えているよ」
「その時は手伝う!私もおばさんは嫌だけど楽しみだなー最後にうちに赤ちゃんがいたのはみーちゃん以来だし!」
初めて妹が出来た時は嬉しくて命は側を離れず母親をよく困らせていたなと、昔を思い出すと笑みが溢れる。
木材を切り終わると、やすりをかけて塗装する。乾燥するまでの間、ニ人は外で敷物を広げて母が昼食にと用意していたサンドイッチを食べる。
「来週はちーちゃんの誕生日だね。もう十四歳かー」
「うん、これでまた大人に近づくよ」
大人になることが楽しみだと呟き、命は砂糖がたっぷり入ったミルクティーを一口飲む。
「早く大人になりたいの?」
「だって私老けてるから、年相応になりたい。それに早くナースになってお父さんや桜先生と一緒に働きたいなって思ってる」
大人になったら色んな世界が広がっていく。命は漠然とそんな憧れを抱いていた。
「そんなに早く大人にならないでほしいなー…」
シュウは寂しげにポツリと呟きマスタードが利いたサンドイッチをかじる。
「確かにちーちゃんは大人びてるし、最近めっきり綺麗になった……けど、私にとってはいつまでも可愛い娘だから…一秒でも長く私の子供として一緒にいてほしいよ」
「お父さん…」
「りーちゃんがお婿さんを連れてきた時なんか気を失いそうになった…りーちゃんはお父さんと結婚するって言ってくれたのに……そういばちーちゃんは一度も言ってくれなかったね」
幼女あるあるのパパと結婚するが命はなかったらしい。何故だろうかと命が顧みると、一つの答えにたどり着いた。
「あー、多分お父さんの事は大好きだけど、顔が好みじゃないから?顔だけならお義兄さんとかトキワのお父さんが好みだし。あとはやっぱりミナト様!」
初めて祈からレイトを紹介された時、この美男子が自分の義兄になるのかと、命は心の中でガッツポーズをしたのを今でも覚えていた。トキオを初めて見た時もキラキラ具合に圧倒された。
そして浮世離れした美しさを誇るミナトは言うまでもない。三人とも命が出会った中で指折りの美形だった。
「み、道ならぬ恋はお父さん許しませんよ!神子との結婚も大変だろうから絶対駄目!」
レイトもトキオも既婚なのでシュウは命を注意する。そして神子との結婚も苦労するのは目に見えているので、ミナトも父親としては却下だった。
「恋愛感情は無いから大丈夫だよ。今のところ好みの超ど真ん中に出会えてないし」
「叶う事なら一生出会わずずっとうちにいて欲しいよ。さっちゃんも独身だし、ちーちゃんも独身でもなんの問題無いよ…」
桜を引き合いに出し、切実な願いをボソリと口にすると、シュウは最後のサンドイッチを食べた。
「それもいいかもね」
姉家族もいるし、妹も可愛いから結婚出来るだろうから一人くらい独身でも問題無いだろうし、父親公認なら堂々と出来ると、命は頭の片隅の存在を見て見ぬ振りして、自分の将来を楽観視した。




