299 番外編 とある少女は恋を知らない
※時間は本編前です。
「はーい!依頼達成です!これで命ちゃんはDランクでーす!おめでとう!」
「ありがとうございます」
拍手と共に強烈な香水の匂いを撒き散らしながら祝福するギルド名物の受付嬢に命は礼儀正しく頭を下げた。
冒険者デビューしてから約1年、薬草採取を中心にボチボチとEランクの依頼を受け続け、命は遂にDランク昇格となった。同行していた姉夫婦も自分の事のように喜んでくれた。
「おめでとう!お祝いにケーキを食べようね」
「毎回依頼達成の度に食べている気がするけどな」
「今日はいつもより大きなのにしよう!はあ、うちの妹本当優秀!可愛い!」
「そんな褒め過ぎだよ…」
同級生の中にはとうの昔にDランクになっている者が多数いるので、大袈裟だと命が照れれば姉は更に可愛いとメロメロになる。先日家族になったばかりの義兄も慈愛に満ちた表情を浮かべている。
ギルドから出ると早速行きつけの喫茶店にてDランク昇格祝いをする事になった。イチゴが大量に使われたケーキに命は目をキラキラと輝かせる。
「美味しそう!お姉ちゃん、お義兄さんありがとう!いただきまーす!」
柔らかいスポンジケーキと滑らかなクリーム、甘酸っぱいイチゴを一度に口にすると、命は頬っぺたが落ちてしまいそうになり恍惚の表情を浮かべた。
「ああ、ちーちゃん可愛いよー!これからどんどん男の子にモテちゃうんだろうな…」
妹の健やかな成長を喜ぶ反面、今後ボーイフレンドが出来て、いずれは結婚してしまうのかと思うと祈は寂しさを覚えた。
「そういえばこないだハヤトから2人きりで話がしたいって呼び出された」
「ええ!ハヤト君に⁉︎」
ハヤトといえば命の幼馴染だ。祈は昔から近くで見てきた分、妹の魅力にいち早く気付いたようだなと感心しつつも、2人が恋人同士になる事を認めたくない気持ちもあった。
「まさかハヤトが私の事好きだなんてって驚いたけど
、いざ待ち合わせ場所に行ったら南の事が好きだから仲を取り持って欲しいですって!」
勘違いした自分がバカみたいだったと命は不機嫌に生クリームとイチゴを食べて気分を変える。
「まあ南ちゃんも可愛いからね。でももしハヤト君がちーちゃんの事を好きって告白して来たらどうするつもりだったの?」
姉の問い掛けに命はハヤトの事を思い浮かべて、彼を恋愛対象として見れるか考えてみた。
「あー無理だわ。いい奴だけど顔が全然好みじゃない。向こうも絶対同じ事考えてるよ」
「じゃあ同じ弓仲間のカケル君は?あの子なかなかキレイな顔してるじゃない」
祈が何度か弓使いの訓練所まで付き添った際、やたら命に突っ掛かって来たのが印象的だったのがカケルだ。昔は負けん気が強い命がよく泣かしていたと思い出しつつも、去年偶然精霊祭で会った時は中々の美形に育っていると感じていた。
「カケル?あんまじっくり顔を見た事がないから分かんない。弓以外についてお互い興味無いし。それに私、結婚するならお義兄さんと同じくらいかそれ以上に美形な人じゃなきゃ嫌だ」
「それってちーちゃんはレイちゃんと結婚したいって事?」
「違うよ。お義兄さんはカッコいいけど、日は浅くても家族としか見れないもん。なんていうかお姉ちゃんの旦那様だからこそのお義兄さんて感じ」
「俺の事そんな風に思ってくれてたんだ…ありがとう命ちゃん」
家族として認めてくれている義妹にレイトは感激して優しく頭を撫でてあげた。
その一方でまさか自分がレイトと結婚した事により、妹の男を選ぶ基準がとんでもなく高くなってしまうとは祈は愕然としていた。レイトは年頃の女性がすれ違えば思わず振り返る程の涼しい目元が印象的な美丈夫だ。その上で長身で鍛え抜かれた体と人並み外れた戦闘能力を持っている…妻の自分が言うのもなんだが稀有な存在である。
妹のリクエストに応えるべく美形であるレイトと結婚したのに、これでは悪影響だと嘆きつつも、愛があるので今更彼と別れられずどうしようもなかった。
このままだと命は理想の相手が見つからず、生涯独身どころか彼氏も出来ないかもしれないと祈は姉として将来を憂いた。
「レイちゃんを超える美形って言ったら、それこそミナト様くらいしか思いつかないわよ…はあ、今年の会合も楽しみだわ」
神殿に仕える水の神子代表のミナトは艶やかで長い銀髪が印象的な男神子だ。彼の美しさには姉妹や桜は夢中で、年に一度行われる会合は夢の様なひと時である。
「会合ってそんなに楽しいものなのか?風属性の会合はじいさんばあさん達の萎びた茶会だったぞ。出された紅茶と菓子が異様に美味かったのしか覚えてない」
幼い頃レイトが一度参加した風属性の会合は屋内劇場ではなく、結婚式などで利用される宴会場にて慎ましく行われ、集落の公民館に来た様な気分になったのだった。
「まあ、風属性は神子がおじいちゃん1人だから盛り上がりに欠けるよね。後継者も見つからないみたいだし、いずれは風の神子も不在になるかもね」
現在闇の神子が不在だが、これに加えて風の神子もいなくなれば村人達は不安に襲われるだろう。しかし闇属性は水鏡族から1人しか生まれないと言われているし、風属性も魔力が強い者しか資格がない為簡単に解決する問題ではなかった。
「あとは美形かどうか知らんが、俺の甥っ子が命ちゃんを紹介して欲しいって言ってたな」
「え、それ初耳なんだけど⁉︎」
「ああ、今初めて言った。そいつ俺より歳上だったから速攻で断った」
その甥はレイトと祈の結婚式で見かけた命の事を顔は気が強そうでイマイチだが、体は満点だとほざいたのだ。そこでレイトが思わず彼を殴ってしまったのは秘密の話である。
「レイちゃんの甥っ子て確か30人いるよね?」
「ああ、姪っ子は10人で合計40人…今後も増えそうだが。年齢が近いのは何人か分かるが、ちびっ子達は顔と名前が一致しない」
レイトは9人兄弟の末っ子で、兄と姉は全員結婚していて子供も沢山いた。祈が初めてレイトの実家に挨拶に行った際、両親と兄と姉、その配偶者と子供達総勢58人に歓迎されて腰を抜かしそうになってしまった。
「30人もいればちーちゃんのお眼鏡にかなう子がいそうね。会ってみる?」
「いや、そこまでして彼氏が欲しい訳じゃないから…私まだ13歳だし、同級生とかも殆ど恋人がいないから焦る必要ないよ。大体さあ、私みたいなの好きになる人なんていないよ!」
「ちーちゃん…お姉ちゃんは…」
「分かってる!お姉ちゃんが本気で私の事を可愛いと思ってるのは!でもこの年になれば流石に自分が世間一般的に可愛いかどうか位客観的に見れるよ」
自分を卑下する妹に祈とレイトはそんな事ないと強く言いたかったが、言った所で伝わるような空気ではなかった。
「大丈夫だよ。私幸せだから!他人にどう思われようが、私には私を可愛いって…大好きだって言ってくれる家族や友達がいるんだもの!彼氏がいなくても、結婚出来なくっても平気!」
前向きなのか後ろ向きなのか分からない発言をして命は勝ち気に笑ってみせた。惜しみない愛を注いだはずなのに、どうしてこうも自己評価が低い子になってしまったのか…嘆いてもしょうがないと思いながらも祈の口からは溜息が出てしまうのだった。
***
その夜祈は眠れず、ベッドの上で寝返りを打ち隣の部屋で眠る妹の将来を憂いた。個人的にはお嫁に行かずずっと近くにいて欲しい気持ちが大きいが、こうして自分が結婚してみると、この幸せを妹にも味わって欲しいという欲もある。どちらが命にとって幸せなのか…悩めば悩むほど頭は冴え渡っていった。
「眠れないのか?」
「ごめん、起こしちゃったね」
結婚を機に祈の部屋に鎮座してたシングルベッドは父が日曜大工で作ったセミダブルのベッドに代わったものの、体格のいいレイトと2人で寝ればどうしても窮屈だ。寝返りの1つでも打てば起こしてしまう可能性は大いにある。
「そんなに命ちゃんが心配なのか?」
「まあ、ね…ちーちゃんにいい人が出来て欲しいけど、お人好しで騙されやすい所があるから変な奴に引っかからないか…ちーちゃんたらまた胸が大きくなったみたいだから、やらしい目で見る奴が増えるかと思うと益々心配…」
妹に多少劣るが大きさと形に自信がある祈でさえ町で胸に視線を感じることがよくあったので、妹も同じ目に遭うのかと思うと一抹の不安を覚えていた。
「確かに。こないだ命ちゃんが港町で蹲っているオッサンを助けようとして胸を触られそうになっていたから、慌てて俺がオッサンの首根っこ掴んで起こしたもんな」
あれ以来男は絶対助けるなと言い聞かせているものの、命は体が勝手に動くタイプなのであまり効果は無さそうだとレイトは嘆く。
「まあ俺たちの目が黒いうちは命ちゃんと実ちゃんに惚れた奴らは例えガキでもしっかりイイ奴か見極めていけばいい」
「どうやって見極めるつもり?」
「そりゃあ…武力で。俺達を倒す勢いがある奴じゃないと妹達を任せられないだろう?」
「ふふふ、確かに。私達にはそれくらいしか出来る事はないか」
お互い勉強が出来るわけでもお金があるわけでもない。あるのは水鏡族の中でも抜きん出た戦闘能力だけ…ならばそれを生かすしかなかった。
「ありがとうねレイちゃん、なんかスッキリした」
「そいつはよかったな」
身を捩らせ祈はレイトの胸に寄り添った。それに応えるようにレイトは祈の頭を撫でる。
「これからも一緒にシスコン道を極めようね」
「……考えておくわ」
姉夫婦がそんな事を決意しているなぞ露知らず、命は夢の中でも苺ケーキを食べながらにんまりとしていた。
そして命を見初めた子供が現れたので、レイト達は宣言通り武力を以て見極めていくのだが、それはもう少し先の話である。
本編完結済みにも関わらずPVとブクマ、★ありがとうございます!心の支えになってます。
次回更新分で完結済にさせてもらいます。




