298 番外編 ※残酷な描写あり とある勇者との共闘
「やっほートキワきゅん!」
冒険者ギルドにてレイトと依頼達成届を出していざ帰らんとした所で、出来れば一生聞きたくない軽薄な呼び声が背後から聞こえてきて、トキワは整った顔立ちを全力で歪めた。
「やっぱりこの魔力はそうだった!会いたかったよ!」
興奮気味に鼻息を荒くしているのは勇者エアハルトだ。彼に関わるとロクな事が無いので、トキワは大きくため息を吐いてから外套のフードを深々と被り直すと、レイトに早く帰ろうと催促した。
「ちょっと待ってよ!折角の感動の再会なんだから無視しないで!」
外套の裾を引っ張って引き留めようとしたエアハルトをトキワは身を翻して躱す。するとエアハルトは転んで額を床に打ち付けてしまった。それにより一部始終を見守っていた名物受付嬢の笑い声がケタケタとギルド中に響き渡った。
家まで付き纏われるのは目に見えているとレイトに諭されてトキワは渋々馴染みの酒場でエアハルトの話を聞く事にした。彼の隣には仲間の弓使いテリーが申し訳なさそうに頭を下げて謝罪していた。
「お久しぶりですレイトさん」
「ああ、久しぶり。こいつの結婚式以来かな?」
エアハルトは水鏡族の村に滞在している間、レイトに何度か手合わせをしてもらっていた事を思い出しつつ、トキワはつまらなさそうにエアハルトの奢りをいい事に店内で一番高いシャトーブリアンのステーキを頬張る。
「それで何か用?早く帰りたいんだけど?」
本来なら今頃家に帰って可愛い妻子と仲良く夕飯だったと思うと、トキワは目の前の勇者が忌々しくてしょうがなかった。一方でエアハルトは酒場のバニーガールに目もくれず、キリリと姿勢を正して真剣な眼差しを向けた。
「あなた方の力を借りたいんだ。魔王ケイオスの配下に5体の幹部がいる事は知っているよね?僕たちはこれまでにその内の2体を倒している」
「きゃー勇者様すごーい、男前ー抱いてー」
抑揚のない声で心にも無い事を言って相槌を打つトキワにエアハルトは咳払いをして話を続ける。
「先日、上位種の魔物を討伐した所、この地域を管轄とする幹部が魔王を弱体化させた水鏡族に復讐すべく村を襲撃する計画を立てている事が発覚した」
予想の斜め上を行く事態にトキワは目を見張った。レイトも一気に酔いが覚めた様子だ。
「なんで今更?もう5年以上経つのに…」
「幹部級となればその辺の魔物より賢いからな、確実に滅ぼす為に着々と力を蓄えていたみたいだ。と、いう事で明日の朝、奴らのアジトに乗り込みたいと考えている。トキワ君、レイトさん、力を貸してくれ!これは水鏡族の存亡に関わる問題だ!」
勇者の頼みにトキワとレイトは黙り込めば、酒場の賑やかさが際立つ。バニーガールがビールのお代わりを確認するが一同首を振る。
「本来なら僕達だけで倒すのが筋だが、現在のメンバーは僕とテリーだけだ。ジョーゼフは体力の限界、ハジメは実家を継ぐ為それぞれ離脱してしまったんだ」
「それは…大変ですね…テリーさん…」
思わずトキワに同情の眼差しを向けられて、テリーは何度も頷いた。独りでエアハルトのお守りをするのは大変なのだ。
「この地域の幹部と言ったら心臓喰いのアビゲイルか…人型の魔物は後味悪いからやり合いたくないんだよな…」
既に空なのを忘れてビールジョッキを掲げたレイトは苦々しく吐き捨てる。心臓喰いのアビゲイル…トキワはレイトから危険だから奴らの本拠地である朱色の館に近付いてはならないと聞いた事位しか情報がなかった。
「で、いくら出すの?」
「えっ…」
「まさかタダ働きさせるつもりだったの?魔物退治は慈善事業じゃないんだけど?」
「いや、水鏡族の危機だし…トキワきゅんだって魔王に恨みがあるし、神子は水鏡族を守る役目もあるんでしょ…?」
呆れたと溜息を吐くトキワにエアハルトはしどろもどろに言い訳をするが同意は得られない。
「万が一俺と師匠が死んだら家族はどうなるの?勇者様には分からないだろうけど、女手一つで子供達を育てるのは大変なんだよ?」
更には家族への生活の保障まで持ち掛けるトキワにエアハルトは勢いを無くしていく。
「え、えと…万が一レイトさんとトキワきゅんが死んだら…僕が代わりにパパになってお嫁たんと子供達を可愛がるっていうのは…どう?なんなら兄弟も増やしてあげるよ」
「却下、死ね」
想像するだけで殺意が湧くとトキワはエアハルトの脛に何度も蹴りを入れた。
「分かりました。では報酬とは別に前金と負傷や死亡した場合の保障金も用意しましょう」
「ちょっ…テリー!」
トキワの要求を受け入れたテリーにエアハルトは思わず声を上げてしまった。美しい顔立ちに似合わず金に対する執着は悪徳商人並のトキワの事だ、法外な金額を提示するはずだ。
「そんな金何処にあるんだよ⁉︎」
「お前がセコセコ貯めている結婚資金があるじゃないか。どうせ予定が無いんだから少し使っても問題無いだろ?」
「あー、そういえば闘技大会で準優勝して金貨1000枚貰ってたよね?それでいいよ」
容赦無い幼馴染みの提案にエアハルトが絶句していると、トキワが追撃をするように金の匂いを嗅ぎ付けた。
「あんまり虐めてやるなよ。金についてはギルドでしっかり適正報酬を計算して貰うから心配するな」
「レイトさん…好き、抱いて…」
頭を撫でてくれながら妥協案を提示するレイトにエアハルトは思わず乙女になったが、これが彼らの作戦だったのではと気付くのは翌日になってからだった。
***
翌朝、ギルドで依頼の条件を締結してから一行は魔王幹部、心臓喰いのアビゲイル討伐へと向かう事となった。
「今更だけど、無断外泊して大丈夫だったの?」
「あれから1回村に帰って事情を説明して来たよ。行ってきますのチューもバッチリした」
「高速飛行移動って便利だな…トキワきゅん、今度教えてよ」
「いいけどお金取るよ」
「…じゃあいい。僕にはこれがあるし」
会話をしながらエアハルトは地面に聖剣の先端で描いた魔法陣を完成させると、そこから神々しい光が発生した。
「これは転移魔法陣だ。これで心臓喰いのアビゲイルの根城の門前に移動出来る。さあ行こう!」
「行ってらっしゃーい」
エアハルトが魔法陣の中に入り仲間を誘うが、トキワのみならずレイト、更にはテリーにまで手を振られ見送られたので脱力した。一応冗談だったで、トキワ達は大人しく魔法陣の中に足を踏み入れた。
全員が乗った所でエアハルトは魔法陣を発動させると一瞬で景色が変わり、目の前には禍々しい朱色の館が広がっていた。
「よし、正面突破だ!僕に続いてくれ!」
聖剣を構えたエアハルトは自信に満ち溢れた表情で先陣を切った。まずは門番の魔物2体に勝負を挑み華麗な剣捌きで殲滅させた。
館に入ると騒ぎを聞きつけた住民の魔物達が襲い掛かってきたので、トキワ達も参戦して次々と切り捨てていった。
「騒がしいぞ。何事だ」
喧騒を咎める威圧感のある声の主は狐の耳と尻尾が生えた長い金髪の美しい女性だった。
妖艶で丸みを帯びた体は就寝中だったのか、薄っすら肌が透けるネグリジェを身に纏っていて、エアハルトは釘付けになっている様子だった。
「貴様は勇者エアハルト!お前のせいでケイオス様は…!」
エアハルトを見るなりアビゲイルは鬼の形相で襲いかかって来たので、咄嗟に聖剣で爪撃を防ぎ弾き返した。
「憎き水鏡族も2匹いるようだな。ケイオス様が力を失い夜伽も無く妾の体は疼いて疼いてしょうがない!この疼き、貴様達の心臓を喰らって慰みとしようぞ!」
レイトとトキワを一瞥した後にアビゲイルは側近に渡された長柄の白い大鎌を受け取り構えた。
「この鎌はこれまで喰らって来た人間どもの骨で作った物だ。お前達も礎にしてやろう」
「そうはいかない!ここでお前の野望を潰えてやる!」
エアハルトは迎え撃つように聖剣を構えると改めてアビゲイルと対峙した。
「トキワ、俺達は雑魚を片付けるぞ」
「はーい」
互いに背中を預けた後にトキワは師匠の指示に従い続々と現れるアビゲイルの手下達の相手をしていく。テリーは高所に待機している魔物を1体1体確実に仕留めて行った。
「見ろアビゲイル!お前の手下はもういないぞ!あとはお前を倒すのみ!」
増援も悉く潰していったトキワ達に焦りを感じて後退したアビゲイルにトドメを刺すべく、エアハルトは聖剣に魔力を込めた。
「ま、待て…妾の負けだ!勝者として妾を好きにするがいい…」
もう味方はいないとみなしたアビゲイルはしおらしく大鎌を投げ捨て、ネグリジェのリボンを解いて前をはだけさせた。
「え、それってその…ぼ、ぼ僕の童貞を頂いてくれるって事?」
完全に色仕掛けに屈した様子のエアハルトにテリーは頭を抱えたが、気分を切り替えて鋭い眼差しで弓を構えた。
「そちが望むな……ら⁉︎」
誘いの言葉を遮ってトキワがアビゲイルの首を真空波で切断した。咄嗟に躱して直撃は免れたが、真空波はエアハルトの頬を掠め血が滲んだ。
「ちょーっ⁉︎今俺ごと攻撃しようとしたでしょー!」
「うるさいなあ、これ位避けられるでしょう?」
エアハルトの苦情にトキワはうんざりとした様子で肩を回す。
「相変わらずお前はえげつないな…」
「あのババアが好きにしていいて言ったから好きにしただけだし。それよりさっさと魔核を探して潰そ?」
悪びれた様子も無くトキワは頭と胴体に分かれてしまったアビゲイルに近寄り、手始めに尻尾を1本1本潰していった。レイトもため息を吐きながら続いた。
そして心臓にあった魔核を潰しアビゲイルの消滅を確認すると、トキワが宝探しを始めたので呆れながらエアハルト達も同行した。
トキワも金目の物を根こそぎ回収して満足した様子だったので、一行は転移魔法を用いて港町のギルドへと戻り、レイトとトキワはエアハルトから成功報酬をたんまり頂いた。
「なんだか魔物退治に来たはずなのに強盗になった気分だ…」
「勇者様、ついでに村まで送ってってよ」
「ほぁ…どこまで搾り取るつもりなのよ」
図々しいトキワの要望にエアハルトは嘆息しつつも、母親になった命の顔を拝むのも良いかもしれないと鼻の下を伸ばしつつ魔法陣を描き始めた。
「報酬をはずんでくれた礼に家で飯でも食ってけ」
「それって家庭料理ってやつ?レイトさんマジ大好き!」
家庭の味に飢えているエアハルトがあまり面識が無いレイトの妻に思いを馳せながら魔法陣を完成させた所で一同は水鏡族の村へと移動した。
「おかえりなさい!」
「ただいま、ちーちゃん。会いたかったよ!あぁ、めっちゃ好き!」
出迎えてくれたエプロン姿の妻にトキワは堪らず抱き締めた
「あ、勇者様とテリーさんも一緒なんだね。お久しぶりです」
エアハルト達に気付いた命は抱き締められた状態のまま気不味そうに挨拶をした。
「命ちゃんただいま、祈達は?」
「お義兄さんおかえりなさい。お姉ちゃんはクオンとカイちゃんとお昼寝してるよ。ヒナちゃんはお風呂掃除してくれてる。それで私はお母さんと夕飯の準備中」
他の家族の所在を説明してからレイト達が入れないからとトキワを諭して命は抱擁から解放して貰った。
「ふひっ、命たん久しぶり!結婚式以来だね。しばらく見ない内にまたおっぱい大っきくなったよね?」
「死ね」
最低な挨拶をするエアハルトの尻をトキワは容赦無く何度も蹴った。悶絶する勇者に命はこのやり取りも久しぶりだなと苦笑した。
その後夕飯をご馳走になり、子供達の相手をしてからエアハルトはテリーと共にレイトの家で一晩世話になる事になった。
「はあ、子供達可愛かったなあ…僕も平凡な村人だったら可愛いお嫁さんと毎晩パコパコして幸せな生活を営んでいたのかな…」
賑やかな夕飯の光景を思い出しながらエアハルトは心底羨ましそうに溜め息を吐いた。
「例えお前が平凡な村人だったとしても、結婚している姿がまるで思いつかない」
「失敬な!」
隣で寝るテリーからの辛辣な言葉にエアハルトは口をへの字に結んだ。
「本当の事だろう?まあお前が勇者として活躍しているお陰で彼らの平凡な生活は守られているんじゃないか?だからもっと今の自分を誇っていいと思うぞ」
珍しく優しい幼馴染みの言葉にエアハルトは嬉しくなり、心の底からの言葉が口に出た。
「僕、テリーになら初めてを捧げてもいいかも…」
「死んでもお断りだよ」
そんな趣味は無いテリーは速攻で断り、つくづくこの童貞丸出しの変態な言動が無ければ今頃モテモテの勇者だっただろうにと嘆きつつ、目を閉じて長い1日を終えるのだった。
最近は活動報告にてSSをこっそり上げてます。




