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294番外編 とある冬の贈り物

 外は深々と雪が積もる中、暖炉に当たりながら命は編み物を楽しんでいた。編んでいるのは向かい側のソファで昼寝をしているクオンのセーターだ。


 ここ数年命は冬にクオンの為に編み物をするのが定番となっていた。可愛い我が子の為に編むと自然と気合が入り、いつも力作が誕生していた。


「いいなあ…」


 羨ましそうに呟き、トキワがローテーブルに2人分のコーヒーを置いて後ろから抱きついて来たので、命はキリの良い所で手を止めた。


「俺もちーちゃんの手編みのセーターが欲しい」


 クオンが寝ているのを良い事に体に纏わりつきながらおねだりをしてくるトキワに命はそういえば妹の実と作ったお守りをあげた以降、手作りのプレゼントをあげた事が無かったと気が付いた。


 出会ってから10年以上経つが、何故だろうかと顧みる中で彼に一度だけマフラーを編もうか考えたが、トキワが寒さに強く、動き回って直ぐ暑くなるからと、いつも薄着で普段から厚手の防寒着を好まない姿を見て編むのを止めた事を思い出した。


 流石は風の神子といった所だろうか。そうなると、もしセーターを編んあげたら、暑くても無理して着てそうな気がした。


「却下します」


 脳内会議を終えた妻の返答にトキワは納得いかない様子で不機嫌になる。大人気ないというのは分かっているが、日頃から我が子に嫉妬してしまう自分が情けないと思いながらも、もう少し構って欲しい気持ちもあった。それでも夫婦の時間にはイチャイチャさせてくれるのだから、自分が欲張りなだけだと言い聞かせる。


「トキワは寒さに強いんだから、セーターを着ても暑いだけでしょう?」


「え、そういう理由なの?」


「どんな理由だと思ってたの?」


「面倒臭いのかなって…」


「まあ、子供サイズより編む量が多いから大変だし面倒臭いけど、好きな人に編むなら嫌じゃ無いよ」


 誰かに向けて何かを作る時はその相手の事を考えながら作るので、命にとって温かい時間だった。それに完成して喜んで貰えた時の充足感は至福である。


「ようはトキワの為に何か作って欲しいんでしょう?」


「うん、ちーちゃんが作った形に残る物が欲しい」


 些細な事でも自分を求めて来る夫の姿は10歳の少年の頃から全く変わっていないなと、命は少しだけ呆れつつも、彼のこの気持ちにどれだけ助けられただろうかと感謝した。


「じゃあクオンのセーターを編み終わった後になるけれど、何か考えておく」


「やったー!ちーちゃん大好き!」


 要望が通ったトキワは嬉しそうに頬擦りをして来た。普通なら図体のデカいいい年した男が何やってんだと毒づく所だが、惚れた弱みか命には可愛くて愛しくてしょうがなかった。


「ねえ、昔私とみーちゃんがお守り作ってあげたの覚えてる?」


 不意に抱き上げられて、膝に乗せられた状態でトキワに椅子を取られた命は唯一と言える手作りプレゼントについて言及してみた。


「もちろん、俺の大事な宝物だよ」


「まだ持ってるの?」


「いやそれがさ、肌身離さず持ち歩いて事あるごとに強く握ってたらボロボロになって、ダメになっちゃって…最終的に欠片になったから無くさないように袋に入れて保管してる」


 そこまで大事にしてもらっていたのかと命は感心しながらも、言ってくれたら作り直したのにと思いつつ、感謝の気持ちでトキワの頭を撫でた。


「ちなみに実ちゃんはお守りの中に何て書いた紙を入れていたと思う?」


「何だろう?絶対見ないでって言われた気がするけど」


「実ちゃんが描いた俺とちーちゃんの似顔絵が入れてあったんだよ。周りにハートがいっぱい描いてあってさ、あれはかなり嬉しかった」


 想い人の妹に恋を応援してもらえたトキワはお守りを握る度何度も勇気付けられていた。


 まさかそんな物が入っていると思わなかった命は驚愕しつつ、もし中身を知っていたら恥ずかしさでお守り袋に入れるのを阻止していただろう。


「あの頃のちーちゃんて俺の事どう思ってたの?」


「確か14歳の誕生日の時期だったよね…うーん…トキワは可愛い弟分で、なんで私なんかを好きなんだろう美的感覚おかしいのかなって疑問に思っていて、年下だし恋人になりたいとかは思わなかったな…」


 正直な気持ちを告げた命にトキワはショックで暫く項垂れて顔を上げる事が出来なかった。


「俺ってそんなに男として魅力なかった?」


「えー、10歳なんて子供でしょう?トキワだってもし私と年齢が逆だったらそう思ってたよ」


 命の例えにトキワはぼんやりと13歳の時に10歳の命と出会ったら恋愛感情は芽生えたのかシミュレーションしてみた。


「駄目だ…」


「でしょう?」


 現実的に考えて冷静になったらしいトキワは至極真面目な表情で命を見据えた。


「もしも年齢が逆だったら、俺10歳のちーちゃんに手ぇ出して師匠達に殺されてたかも。13、14の時ってエロい事しか考えてなかったし。あーよかった、ちーちゃんの方が年上で」


「そっちの駄目⁉︎」


 自分だったら年上のトキワに憧れる事はあっても、求愛してたかと言われたら否である。しかし美形に強引に迫られたら丸め込まれた気がするので、年齢が逆で良かったとつくづく思った。


「でも10歳の頃って私、胸とか膨らみかけだし、そういう目で見れないと思うけど…」


「成長途中のちーちゃんも可愛かったんだろうな…クソ、何でもっと早く出会わなかったんだろう。あ、いい機会だから言っておくけど、俺は巨乳が好きな訳じゃなくて、好きになった人の…ちーちゃんの胸がたまたま大きかっただけだからね?どんな胸じゃなく誰の胸かが重要だから」


「そ、そうだったんだね…」


 長年の疑問がこんな所で解けると思わなかった命は苦笑いを浮かべつつ、少し夫の愛を重く感じてしまった。


「さて、トキワに何か作らないとだし、クオンのセーターを早く完成させないと…だから離して」


 会話を切り上げて命が膝から下りようとするも、トキワから抱き締められて阻止されてしまった。どうやらこのまま編み物をしろという要求のようだ。


 仕方なく命は夫の膝に乗ったまま編み物を再開する事にした。ちょっかいを出されたら逃げようと思ったが、大人しくしてくれていたからか、殊の外居心地が良く、クオンが起きる頃には今年のセーターが編み上がった。



 ***



 翌日、命は休憩時間に桜の部屋にある衣服の型紙を物色していた。


「で、何を作ってあげるんだ?」


「色々考えたけどエプロンにしようかなって」


 防寒具は寒さに強いから不要だし、トレーニング等で子供顔負けに動き回るし、普段着は直ぐ駄目にしてしまいそうだったので、寝巻きとエプロンのどちらかを考えていたが、そういえばエプロンを持っていなかったのでいい機会だと思ったのだ。


「そうか、トキワ君は家事全般してくれるから丁度いいかもしれないな。水鏡族の男って家事しないのに珍しいよな」


「お義父さんがやっているから当然と思ってるのかもね」


「りーの所の婿殿も料理以外はやってるしな。お前ら姉妹は本当いい男を捕まえたな」


「ですね、そういえばイブキ君はどうなんだろう…」


 先日嫁いだ妹に思いを馳せつつ命は義弟の家事能力について想像した。もしも妹に苦労させていたら連れ戻す事も辞さないつもりでいた。


「心配なら今度家族で行けばいいじゃないか。遊びに来ていいと言ってたんだろ?」


「そうですね、温かくなったら様子を見に行こうっと」


 楽しみが1つ増えたと命は頬を弛ませながら目的の型紙を見つけた。生地も桜が提供してくれると言うので夫に似合いそうな物を見つけた。


 その後命は診療所の休憩時間を使ってエプロンの製作を進めた。生憎ミシンを持っていないので、桜のミシンを借りる為でもある。


「ミシン位トキワ君に買って貰えばいいのに。ちーがねだれば何でも買ってくれるだろ?」


「ぶっちゃけそうですね。欲しがらないと寂しそうにするから、来年の誕生日にでも買って貰います」


 ミシンがあればもっと気軽にクオンに色んな物を作ってあげられると命はワクワクしつつも、トキワのいじける姿が浮かび、吹き出しそうになりながらミシンのフットコントローラーを踏んだ。



 ***



 1週間程してエプロンが完成したので、夕方命は完成品を袋に入れて我が家に帰宅した。


「おかーさんおかえりなさい」


「おかえり、ちーちゃん」


 出迎えてくれた我が子と夫の頬に順に口付けてから命はにんまりと笑いエプロンが入った袋を差し出した。


「はい、これ!プレゼント」


 袋を受け取ったトキワは驚いたが、次第に目を輝かせると早速袋からエプロンを取り出した。


「エプロンだ!ちーちゃんが作ってくれたの?」


「うん、休憩時間にボチボチね」


 早速エプロンを身に付けたトキワは周囲に花を散らす勢いで喜び命を抱きしめた。


「ちーちゃんありがとう!愛してる!」


「大袈裟だなあ…」


 とはいえ喜んで貰えた命は達成感に目を細めた。


「そうそう、クオンの分もあるよ。お父さんとお揃い!」


 気を良くした命は夫から離れて通勤鞄から小さなエプロンを取り出した。そして命は自分と同じツンとした猫目をキラリとさせる我が子に着せてあげた。


「可愛い…!うちの子最高!」


 エプロン姿の我が子に対して命は悦に浸り抱きつこうとしたが、ひょいとトキワに取り上げられてしまった。


「お揃い嬉しいね、クオン」


「うん!」


 てっきりトキワのヤキモチかと思っていたが、どうやら父子のペアルック姿を見せつけたかったようだ。自分が作った最愛の夫と息子のエプロン姿を拝みながら、命はこっちが彼らに最高の贈り物を貰った気分になったのだった。


 

 

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