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291番外編 とある末娘の結婚

「俺、実ちゃんとの婚約を破棄しようと思います」


 この秋結婚する妹の実がみんなに話があると言うので、週末の休みに命は夫と子供と共に実家を訪ねた。


 そして久々に一族全員が揃い、和気藹々としたティータイムの終盤、予想してた明るい話題とは大きく離れたイブキの発言に、命は呆気に取られて手にしていたティーカップを落としそうになった。


「ヒナタ」


「うん、カイちゃんくーちゃんお外で遊ぼうか」


 とても子供に聞かせられそうな話じゃ無さそうだったので、母親の祈の指示を受けたヒナタは、まだ幼い弟のカイリと従兄弟のクオンを連れて外に遊びに出た。


「とりあえずイブキをボコボコに殴っていい?」


「許す」


 物騒な発言をするトキワとレイトの婿2人組に、それぞれの嫁は無言で制止する。その様子に不謹慎ながら桜は吹き出してしまった。


「殴られても仕方がないというのは分かっています」


 どこか悲劇に酔った様子のイブキを一瞥した後に命は妹を見た。いつもは笑顔を振りまいている実が今日は怒りで険しい表情をしていた。こんなに怒っている妹を見たのは初めてだったので、戸惑いを覚える。


「何?浮気でもしたの?」


 推測した破局原因を口にしたトキワにイブキは黙って首を振る。ならば何が理由なのかと一同は言葉を待った。


「…じつは俺の両親に実ちゃんと結婚したら一緒に家業の酪農を手伝えと言われたっス」


 現在イブキは北の集落にある実家を出て、西の集落でレイトと共に自警団で働いていて、結婚後は実の実家で暮らす予定になっていたので、家業を手伝う事になれば約束を違える事になる。


「家業は姉夫婦が継いでいますが、今後酪農に加えて乳製品の加工事業を始める為に義兄が酪農観光地に技術を学びに行っている間の人手が必要なのと、義兄が帰ってきたら加工事業も手伝うよう言われてるっス」


「あれか、アラタが…土の神子が募集している事業拡大補助を利用するのか」


「ん?何それトキワちゃん」


「現在村の乳製品って港町で流通してるのをお店が仕入れて売っているから高いし、鮮度があまり良くないから、村で作って新鮮で美味しくて安いのが食べられる様にしたいって土の神子が提案して、協力してくれる酪農家には設備投資と加工技術習得の際必要な資金を補助するらしい」


「流石風の神子代行、他の神子の事業も把握しているんだな」


 祈の疑問に答えたら桜に感心されて悪い気がしないトキワは、妻にも褒めて欲しくて目を輝かせて視線を向けて来たので、命は夫の頭を雑に撫でて褒めた。


「トキワ兄さんの言う通りっス。うちの家族はみんな賛成していて、俺も良いことだとは思うけれども…実ちゃんを巻き込みたくないっス」


「…何よそれ!まるで私が部外者じゃない!」


 ここで初めて実が口を開いて、怒りが孕む声でイブキを責め立てる。


「私は酪農を手伝うって言ったでしょう?なのに何で駄目なの⁉︎」


「簡単に手伝うって言うけれど、酪農はそんな簡単なじゃないし、家族も仕事に厳しいから辛い思いをする」


「こないだ遊びに行った時はみんな優しかったもん!」


「あれは実ちゃんがお客さんだったからだよ。結婚して手伝う様になれば、あの人達はお嫁さんでも厳しく指導するよ」


 考えの甘さを指摘するイブキに実は悔しそうに押し黙ってからどうしたら自分の覚悟が伝わるのか考える。


 酪農は動物を扱う仕事だから休みはないし、早朝から働かなくてはならず、パートナーの牛達はデリケートなので扱いになれるのにも骨が折れるので、イブキは実に負担を掛けさせたくなかった。


 命と祈も妹が嫁ぎ先で苦労するのは目に見えていたので、約束を違え婚約を破棄しようとしているイブキを責めることが出来なかった。


「それだけ大規模な計画なら人を雇い入れる手もあるし、必ずイブキが手伝う必要があるのか?」


 レイトの意見はもっともだった。イブキと実が手伝うだけで事業の拡大が追いつく様にはとても思えなかった。


「いくら補助があっても設備投資のお金はいくらか借金をするので、軌道に乗るまでは人を雇う余裕が無いのが現状っス」


「つまりイブキくんは自警団を辞めて家業を手伝う。みーちゃんには手伝わせない。だから結婚の話は白紙にするっていうことよね?」


 話をまとめた命にイブキは頷くが、実は首を振る。若い2人の意見は正反対の様だ。


「もしこのまま結婚しても家業が軌道に乗るまでデートも出来ないし、下手したら子供も作れないかもしれない。実ちゃんからそんな普通の幸せを奪いたくないっス」


 自分が大切な人だからこその決断だというの実も分かっていたが、それでもイブキと別れたくなかった。


「普通の幸せなんかいらない!イブくんは私と実家、どっちが大事なの⁉︎」


「実ちゃんが大事だから別れるんだよ!」


「意味分かんない!」


 問いかけにイブキは即答するも実は納得がいかずヒステリックに声を上げた。もはや泥沼化している妹達に命は頭を抱えたくなった。


「もう分かってもらわなくてもいいよ。俺の気持ちは変わらない。今から結婚式をキャンセルしてくる」


 婚約破棄の意志が揺らぐ前にとイブキは席を立ち家から出ようとした。


「私を捨てるつもりなの⁉︎私の初めてを奪ったくせにー…イブくんのバカーっ!」


 妹の爆弾発言に姉2人は誰よりも早くイブキの肩をそれぞれ掴んで引き留めると、鬼の様な鋭い目つきで睨みつけた。


「私の可愛い妹をキズモノにしておきながら責任取らないで逃げるつもり?」


 低く怨念のこもった声で問いかける祈と黙って凄む命にイブキは短い悲鳴を上げて、最も敵に回してはいけないのはレイトやトキワではなく、祈と命だと悟った。


「見た目によらずイブキって手が早いんだねー。俺なんかつまみ食いはしたけど、結婚するまでお預けだったのに」


「ちょ…ちょっと!なんてことバラすのよ⁉︎」


 まさかの暴露に命は狼狽えて顔を赤くすると、イブキを突き飛ばして夫に詰め寄った。久々に羞恥に赤面する妻の姿が可愛くてトキワは口元をニヤつかせた。


「へえ、てっきり学園都市に迎えに行った時にはもうやってると思ってた」


「同じく」


 意外だと口を揃えるレイトと祈に命はとんだ流れ弾に遭ったと嘆く。


「じ、じゃあお姉ちゃん達はどうなのよ⁉︎私とみーちゃんだけ知られてお姉ちゃんだけ言わないのはずるい!」


 一体何がどうずるいのか疑問だったが、ただの八つ当たりだと分かっていた祈は可愛い妹のリクエストに応えることにした。


「出会って2日目…だったよね?レイちゃん」


「そんな昔の事は覚えていない…」


 気まずそうに視線を泳がせるレイトに祈は不満げに頬を膨らませた。


「覚えてないってどういうこと⁉︎元カノが多すぎて誰といつやったか分からないの⁉︎」


「それもあるかもしれないが、お互い初めてじゃなかったんだから特別な物でも無かっただろ?」


「初めてじゃなくても結婚した相手との事なんだから覚えていなさいよ!」


 険悪な雰囲気が連鎖されて口論を始める姉夫婦に命は勢いに任せてなんて事をしてしまったのだと悔いた。


「脱線はその辺にしておけ!まったく、親の前でよくそんな事言えるよな。兄さんがいたらショックで死ぬぞ…もう死んでるけどな」

 

 呆れ果てた様子で桜が諫めたので一同は居た堪れない様子で沈黙した。トキワはこっそり義母の様子を窺うと、不機嫌な顔でイブキを睨んでいた。あの顔は以前自分が至らない所為で命を傷つけた際に向けられた視線と似ていたので怒っていると確信した。


「イブキくん、一度だけ実にチャンスをあげてくれないかな?」


 静かな口調で発した光の依頼に実の瞳に輝きが戻り、すぐさまイブキに頭を下げた。


「お願い!私をイブくんの実家で働かせて!まずは3ヶ月!」


「そんな簡単な事じゃ無いよ!3ヶ月ていったら挙式ギリギリまで働く事になるんだよ?それで破談になったら大ごとになる」


 確かに今ならまだ結婚式を取りやめてもさほどキャンセル料もかからないし、参列者への説明だけで済む。しかしギリギリでの破談は膨大なキャンセル料が発生して、参列者にも多大な迷惑が掛かり騒動となってしまうのだ。イブキもその点を心配しているのだろう。


「つべこべうるせーな。おれの義妹がそんな事でへこたれるわけねぇだろ?まあもし万が一破談になっても、実ちゃんの純潔を奪った責任として例え実家が借金まみれだとしても、キャンセル料はお前が全部払えよ?」


 迷うイブキの肩を掴み、レイトはドスの利いた低い声で脅すと、トキワも援護する様にイブキの背中を叩く。


「それだけじゃ足りない。参列者全員に実ちゃんに非がない事を説明してもらわないと。あと慰謝料も払えよ」


 2人の脅しにイブキは口元を震わせて怯えていた。これではどっちが悪者なのか分からないと命は心の中で苦々しく笑った。


「ねえイブキくん、みーちゃんの事を愛しているなら信じてよ。みーちゃんは酪農のお仕事を必ず頑張れる…私はそう信じてる」


「ちーちゃん…」


 味方についてくれた姉に実は感激して思わず抱きついた。末っ子故に可愛がられて少し甘やかされた自覚があったので、姉の言葉は自分が1人の大人として認めてもられたのだと思えた。


「私も信じてる。だけどみーちゃん、あなたには帰れる実家もあるし、味方もいる事を忘れないでね。自分に厳しくするのはいいけど追い込んじゃダメだよ?」


「うん…ありがとうお姉ちゃん」


 妹2人の頭を撫でながら祈が諭せば実の身体の強張りが解けていった。



 こうして実は花嫁修行として3ヶ月間、イブキの実家で酪農を手伝う事となった。早起きが苦手な実だったが、イブキのフォローに助けられながら重労働を懸命にこなし、翌日は普段使わない筋肉を使った影響で体が悲鳴を上げたが、負けじと歯を食いしばり指示に従い牛の世話をした。


 イブキの言う通り彼の両親と姉夫婦は頑張る実に対して厳しい態度で接して来たが、それだけ仕事に対して真剣なのが伝わったし、仕事以外だと以前会った時と変わらず優しかったので気にならなかった。


 働き始めて1ヶ月は家に帰りたくて仕方がなかったが、次第に慣れていき、ここも自分の家だと思える様になった。



 そして3ヶ月が経ち、実とイブキは一つの決断に辿り着いた。



 ***



「みーちゃん、綺麗だよ。おめでとう」


 愛らしさいっぱいのプリンセスラインの花嫁衣装に身を包んだ妹の姿に命は感激で目に涙を溜めた。イブキと酪農の道を歩むと決めた実の決意は周囲に認められて、予定通り本日晴れて結婚式となった。


「ありがとうちーちゃん」


 幸せに満ちた妹の姿を見て、既に涙腺が決壊していた姉を宥めながら命は2人で実の重労働で少し逞しくなって荒れた手にそれぞれ純白の手袋を嵌めてあげた。そして式の時間が差し迫ると桜がベールダウンした。


 争奪戦だったのは花嫁のエスコート役だった。レイトとトキワどちらがするか揉めたが、選ばれたのは母の光だった。光は最初辞退したが、実が最後の親孝行がしたいと言われて折れる形となった。


 ならば神殿関係者としてトキワは進行をしようとしたが、実から花婿のイブキより目立つからダメだと注意され親族席で大人しくする事にした。


 挙式は滞りなく行われて参列者達でイブキと実にフラワーシャワーの祝福を浴びせた。命は兼ねてより練習していた魔術でこっそり風を操り、花びらを舞い上がらせた。


「お前も粋な演出をするんだな」


 弟子の仕業だと思ったレイトが小さく呟くと、クオンを抱っこしていたトキワは首を振って笑った。


「俺じゃないよ。これは世界で一番可愛い風の精霊の仕業だよ。ね、ちーちゃん」


 妻の一挙一動が愛しいトキワが同意を求めてきたが、頷くと色々肯定する事になるので、命は首を傾げとぼける事にして、幸せな妹の晴れ姿を目に焼き付ける事に専念した。

 


 

許嫁の左目が疼くそうです〜風の神子は闇の神子にご執心〜

にて続編更新中です。こちらより甘さ控えめです。

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