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290番外編 ※残酷な描写あり とある師弟の盃

「んまあ!まあ、まあ、まあ!トキワちゃんお久しぶりー!」


 ギルドの中に甲高い声が響き渡る。声の主は港町の冒険者ギルド名物の銀髪の巻毛と、どぎつい香水の匂いが特徴的な受付嬢のものだった。


 結婚して以来、足が遠のいていたトキワが数年ぶりにギルドに顔を見せた為、再会を喜ぶあまり、元々大きな声が更に大きくなった様だ。


「まあーもう!しばらく見ないうちにすっかりいい男になっちゃってー!大人の色気を感じるわ!パパになったらしいわね?おめでとー!」


「ありがとうございます…受付嬢さんは相変わらずですね」


 興奮する受付嬢にトキワは引き気味にお礼を言ってから、本日受ける依頼を選ぶ。


「ここ何年かレイちゃんも寂しがっていたのよー!張り合いがないって!よかったわねーレイちゃん!」


 一緒に来ていたレイトの裏事情を受付嬢が暴露すれば、レイトは余計な事を言うなと眉間に皺を寄せた。


「しばらくギルドの依頼を受けなかったせいで、折角Bランクになって師匠に追いついたと思ったのに、師匠たら、いつの間にかAランクになっちゃったんですよね。裏切り者」


 レイトは変わらずコツコツと依頼を受け続けていたので、去年遂にギルドランクがAへと昇格していた。


「うるせー、お前が命ちゃんと結婚して浮かれて腑抜けたのが悪いんだろ?」


「へー、そんな腑抜けに師匠は負けたんですね」


「あれはたまたまだ。現にその後俺に勝ってない癖に」


「たまたまでも一勝は一勝です!そうだ、この依頼の獲物をどっちが先に倒すか勝負しよう!」


 トキワは選んだ依頼を指すと、レイトに挑発的な目を向けた。


「は?薬草の森にオーガキング!?こんなのが出て来てるのか?」


 薬草の森は薬草の採取依頼で利用する機会が多い場所で、以前命が一角獣のディエゴと出会った場所だとトキワは記憶していた。

 

「そうなのよー、ご存知だと思うけど、あそこはギルドランクが低い子達が行く場所でしょ?なのに上位種のオーガキング達の根城になっちゃったみたいで…」


 現在森への採取依頼は停止されており、薬草不足が今後深刻になるのは明らかだった。


「原因については調査中だけど、先月の大雨で土砂崩れが起きて、オーガキング達の住処が無くなった説が濃厚よ。それとあと一つは…」


「魔王か?」


 その単語にトキワは胸がざわついた。魔王は以前光の神子の力を借りた勇者が人間体を保てないまで弱体化させたが、逃げられていた。


「まあ憶測だけどね。弱体化からもう5年近く経つし、そろそろ動き出してる可能性もあるわ」


「はあ、勘弁してくれよ。とりあえずオーガキングを倒しに行くか」


「やだん、助かるー!この依頼、Bランクだったけど、失敗が多発して昨日Aランクに上がったばかりで、勇者様に依頼するか審議中だったのよ!えーと、トキワちゃんはBだけど、同行者にAのレイちゃんがいるから2人で受けられます!」


 テキパキと説明しながら、受付嬢は依頼受付の手続きをした。


「大丈夫か?顔色が悪いぞ」


 レイトに指摘されて、トキワはハッとしてから首を振ると、気を取り直す為に深呼吸をした。


「平気、ちょっと魔王の事聞いたらちーちゃんの事が心配になっただけ」


 以前魔王に狙われていた妻が心配になり、トキワは左耳のピアスに触れた。ここまで離れていると方角しか分からないが、生きている事は分かるので、少しだけ気分を落ち着かせる事が出来た。


「まあ、こればかりは勇者に期待するしかないな。俺達は出来る事をするだけだ。行くぞ」


 ギルドを後にして準備を整えると、レイトとトキワは港町から3km程離れた場所に位置する薬草の森へ向かった。森の入り口にはオーガキング出現につき、立ち入り禁止との看板が立てられている。


 看板を無視して、レイトとトキワは武器を手に森の奥へ進み、冒険者達が休憩出来る様にと整備された場所でオーガらしき影が複数確認出来た。どうやらここで暮らしを営んでいるらしい。


「恐らくあれは家族だろう。お前そういうの殺るの抵抗あったりするか?」


 魔物や害獣を討伐する際、家族や親子を仕留める機会は多々あって、歴戦錬磨のレイトでも胸が痛む事があった。しかしここで情けを掛けると、やられるのは自分達なので、そこは割り切っている。


 だがトキワは経験が浅く、結婚して子供が生まれて数年しか経っていない。もし感情移入してしまったら身体がもたないだろうと、レイトは師匠なりに心配した。


「全然、邪魔する奴は女子供でも容赦しないよ?」


 淡々とした口調のトキワにレイトは、そういえばこいつはそういう奴だったと思い出して、苦笑いを浮かべた。守りたい者の為なら愛する人に扮した魔物の顔も潰すし、妹の人生を身代わりにもする。一途さと残酷さが同居しているこの弟子だけは敵に回してはいけないと、つくづく思い知るのだった。


 親玉のオーガキングを視認したところで、討伐開始となり、トキワが手始めに真空波で母子と思われるオーガの首を吹き飛ばしたのを合図に、レイトがオーガキングに斬り掛かった。


「師匠ずるーい!オーガキングは俺の獲物だったのに!」


「へっ!早い者勝ちだよ!」


 妻子を殺されて怒り狂うオーガキングの槍を受け止めながら、レイトは勝ち気に笑みを漏らすと、力で競り勝ち、オーガキングの太い腕を斬りつけた。


「こいつらの魔核はヘソにあったよ」


 血に濡れながら母子の魔核を発見して潰しながら、トキワは背後から襲いかかって来たオーガの腹部に対して両手剣を振り回し、魔核ごと両断すれば、オーガは灰となり崩れ去った。その後もう1体オーガが現れたので、トキワは迎え撃った。


 トキワが4体目のオーガを倒し、程なくしてレイトがオーガキングを戦闘不能状態にした後、ギルドに提出する証拠の角を切り落としてから魔核を潰したところで、辺りは師弟の吐息だけが響いた。


「オーガキング達は5人家族だったみたいだね」


「多分な…他にいないか探しながら戻るぞ」


 警戒を解かず薬草の森を後にしたレイトとトキワは港町に辿り着くと、ギルドに報告することにした。




「はい!お疲れ様ー!じゃ、オーガキングの角の鑑定が済み次第、報酬を振り込みますね!ま、レイちゃんとトキワちゃんの事だから確実に仕留めたのでしょうけど」


 夕方になっても衰えない香水の匂いを漂わせながら、受付嬢は依頼完了の手続きをする。


「報酬はどう分ける?折半でいいか?」


「えー、俺がオーガ4体倒したんだから4:1でしょ?」


「ふざけるな、こっちはオーガキング倒してんだぞ?」


 報酬の分け前で揉める師弟に受付嬢はケタケタと笑い声を上げつつ、相場としてはオーガキングはオーガ5体分の強さに値すると助言したので、レイトに決定権が渡り、報酬は折半となった。


「相変わらず金に汚いな」


「だってクオンにはお金に不自由なく育って欲しいし、ちーちゃんは2人目が欲しいって言ってるからいくらあっても足りないよ」


「うちだってヒナタが食べ盛りだから金がいるんだよ!」


「ヒナちゃんて今いくつだっけ?7歳くらいだっけ?」


「13歳だよ!7歳はカイリだ」


 生まれた時から見守っていたヒナタがいつの間にか成長していた事にトキワは驚きを隠せなかった。


「マジか…師匠もオッサンになる訳だ」


「お前本当に失礼な奴だな。まあヒナタも去年冒険者登録をしたから、自分の食費位は稼ぐだろうがな」


「ヒナちゃんも冒険者デビューか。いやあ、人様の子供って成長早いなー」


「クオンも直ぐにお前とギルドの依頼を受ける位の年頃になるさ。それまでせいぜい現役でいられる様、努力する事だな」



 そう遠くないかもしれない未来を話していくうちに、行きつけの酒場へ着いた。今日はここで夕飯を済ませて自宅に帰る予定だ。



「やっとお前と酒が飲めるな」


 活気あふれる酒場の一角で、レイトは感慨深げにビールが入ったジョッキを掲げた。それに応じる様にトキワもジョッキをぶつけ、師弟はそれぞれビールを飲み干した。


「今日は師匠の奢りですよね?」


「そうだな、お前の冒険者復帰祝いだ。まあ程々にしてくれよ」


「じゃあ程々のギリギリまで飲み食いしまーす」


 早速トキワはバニーガールを呼び止めて、500gの厚切り牛ステーキを追加注文したので、レイトの頬が引き攣った。


「酒は強い方か?」


「うーん、20歳の誕生日と2年目の結婚記念日の時にばあちゃんから俺の生まれた年のワインを貰って開けた時、ちーちゃんが授乳中で飲めなかったから、1人で全部飲んだけど、酔わなかったな」


「いやいや、ボトル1本は普通だろ?」


「ふーん、そうなんだ。だったら…すみませーん、赤ワインボトル追加で」


 容赦無い弟子の追撃に、レイトは思わず悲鳴を上げそうになった。昔からトキワは遠慮というものを知らなかったが、歳を取っても変わらない様だ。


「寝たらいつも通り財布漁って支払いしますからね?」


「じゃあ諦めて寝るまで飲むわ。介抱よろしく」


「えー、俺も倒れたらどうするの?」


「その時は一緒にバニーちゃんのお世話になろう」


「俺は家に世界一可愛いバニーガールがいるから結構です」


 厚切りステーキとワインボトルを持ってきたバニーガールの谷間を覗いている師匠にトキワは軽蔑の眼差しを向けつつ、昔一度だけ見たバニーガール姿の命を思い出して、口元をニヤけさせた。


「お前も大概好き者だよな…命ちゃんにコスプレさせてしてんのかよ」


「してません!勝手に妄想しないで下さい。だからちーちゃんとの事は話したくないんですよ。ちーちゃんが汚される!」


「一番汚してる奴が言う台詞かよ。そういえばお前ガキの頃命ちゃんで…」


「あー聞こえない!」


 付き合いが長く、色んなことを気兼ねなく、それこそ親に話辛い内容も相談してきた仲だから、レイトが思い出すだけで恥ずかしい話をしてくるのは明らかだったので、トキワは声を上げて妨げ、大きめにカットしたステーキをレイトの口に放り込んで黙らせた。


 2時間ほどしてレイトが酔い潰れたので、トキワは宣言通りレイトの財布から支払いを済ませようとしたら、お金が足りなかったので、仕方なく不足分は自腹を切ってから酒場を出た。結局あれからワインボトルを2本追加して開けたが、トキワの顔色一つ変わる事が無かったので、顔見知りのバニーガールである純からザルの称号を貰った。

 

 一刻も早く妻子の待つ自宅へ帰りたかったトキワはレイトに軽量化魔術を掛け、担いで縄で腰を自身の腰と繋いでから結界を張り、一気に空へと飛び上がった。レイトなら体が丈夫だから多少無理していいだろうと超高速度で水鏡族の村を目指したら、自己最短記録で秋桜診療所前に辿り着いた。


 縄を解いてレイトと肩を組み、診療所から徒歩1分に位置する彼の家の前に辿り着いたトキワはドアを軽く蹴って、主人の帰宅を知らせた。


「あ、トキちゃん。こんばんは」


 蹴られたドアの音で応対したのはヒナタだった。レイトに13歳だと言われるまで気づかなかったが、確かに背も祈と同じくらいで、父親似の涼しい目元も大人びてきて、声も変声期に差し掛かってるのか、少し低めでこもっていた。


「こんばんはヒナちゃん、パパを持って帰ってきたよ」


 トキワが眠りこけているレイトに一瞥してから笑えば、ヒナタもつられて笑い、ドアを開けてソファに転がす様に促した。


「ごめんね、父さん油断すると直ぐ飲み過ぎちゃうから」


 レイトが寝るまで飲むのはトキワを信頼している証だろうが、毎回こうだといい加減うんざりだったトキワは苦笑しつつ、ヒナタの頭を撫で回した。


「トキワちゃん!レイちゃんの介護ありがとー」


 カイリを寝かしつけていたのか、祈が2階から降りて来て、ソファでいびきをかいて眠る夫を見ると困った様に笑ったが、その表情からは愛しさも浮かんでいた。


「お茶でも飲んでく?」


「ううん、早くちーちゃんとクオンに会いたいから帰る」


「それもそうね。今度3人でうちに遊びに来てよね」


「気が向いたらね。じゃあおやすみなさーい」


 祈達に背を向けてトキワは玄関に向かったが、ふと立ち止まり振り返ると、ヒナタを改めて眺めて穏やかに笑った。


「お互い大きくなっちゃったね」


「はあ…」


 間の抜けたヒナタの返事にトキワは声を立てて笑いながら家を出ると、感傷的になってる自分に気づいて、案外酒に酔っているのかもしれないと思いながら、トキワは自身に加速魔術を掛けて、愛する妻子の待つ我が家へと向かった。

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