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287今までも、これからも16

 それから2年の月日が流れた。



「クオン待って!」


 晴天の空の下爽やかな風に乗って、大地を駆ける我が子を、命は焦りながら追い掛けていた。クオンは比較的大人しい子だと思っていたが、託児所の子供達に影響を受けたのか、今ではすっかりやんちゃ盛りで毎日が戦争な様な日々を過ごしていた。


 今日は神殿で神子のお披露目が行われるので、母子で野外劇場に向かっているのだが、途中から追いかけっこになっていた。


「おかーさん、はやくー!」


 一旦立ち止まり母を呼ぶ我が子にようやく追いついた命は、クオンを捕まえると抱き上げた。


「もう、急に走っちゃダメって言ったでしょう!」


「ごめんなさーい」


 これで許してと言わんばかりにクオンは母の頬に可愛らしくキスをして来たので、命は許す事しか出来ず、お返しに愛息の柔らかい頬にキスをすると、抱っこしたまま歩き神殿を目指した。


 その後母子で手を繋いで野外劇場付近の噴水の前に行くと、近くのベンチに義父母のトキオと楓が待っていたので、気付いたクオンは命の手を振り払い駆け寄った。


「じーちゃん!ばーちゃん!」


 可愛い盛りの孫をトキオは膝に乗せ、その横で楓は目を細めた。愛娘と離れて寂しい暮らしが続く中で、孫との触れ合いは夫婦にとって数少ない楽しみだった。


「皆さん、風の神子がお待ちです。どうぞこちらへ」


 命達を見つけた紫が手を振りながらやって来ると、一行を控え室へと案内した。風のモチーフが刻まれた扉を開くと、白のふんわりとしたドレスを身に包み、自慢のウェーブがかかった銀髪は、サイドを編み込みハーフアップにした旭が緊張した面持ちでソファに座っていた。


「パパ、ママ!お姉ちゃん、くーちゃん!」


 大好きな家族の姿に気づくなり旭は目を輝かせた。


「あーちゃん、おひめさまみたい!」


 クオンの言う通り、7歳になり順調に麗しく成長した旭の出で立ちは、正に水鏡族のお姫様だった。


「まるでお嫁に出す様な気分だよ…」


 悲しそうに声を詰まらせるトキオに、楓も静かに頷いた。確かに白を基調としたドレスは花嫁衣装の様にも見えたので、命も2人につられて涙ぐんだ。


「あれー、みんな何しんみりしてるの?」


 首を傾げながら控え室に入って来たのは、旭と同じく民族衣装に神子の羽織を着たトキワだった。今日は行事参加の為か、前髪を後ろに撫で付けていた。


「おとーさん!」


 父親の姿にクオンが目を輝かせて、手を広げて駆け寄れば、トキワは軽々と愛息を抱き上げて、笑みを浮かべた。その様子を見るだけで命は幸せで胸がいっぱいだった。


「出たな諸悪の根源め」


 じつの息子に対して楓は苦々しげに吐き捨てると、口をへの字にして不快感を表した。


「濡れ衣だよ。旭は自分の意思で風の神子になる道を選んだのだから。そして俺も同様に、自分の意思で神殿を出ていく。今日は兄妹にとって素晴らしい門出の日だよ」


「くっ、お前にはいずれ超可愛い娘が生まれて、嫁ぐ際辛くて号泣する呪いを掛けてやる!」


 忌々しく楓が発した呪いにトキワはありえないと声を立てて笑うが、命は案外見てみたいと、こっそりその様子を妄想した。


 今日のお披露目は、旭が正式に風の神子代表として君臨する記念のお披露目だった。命はふと前回を思い出した。


 まだ幼い旭一人じゃ心細いだろうと、代表であるトキワが一緒に登壇して、旭を次席として紹介したお披露目は、美しき兄妹神子の誕生だと、村人達は大いに盛り上がり、記念に販売された旭単身と、トキワとのツーショットのブロマイドは命の宝物だった。もちろん今回も販売されるだろうと予想して、紫にこっそりキープをお願いしている。


「トキワも一緒にお披露目出るんだよね?」


「いいや、俺は代表から代行に降格だし、神子を辞めるわけでもないから出ないよ。他の神子達と一緒に見るだけ。今回は旭1人で頑張るから見守ってやって」


 トキワの風の神子代行降格については、回覧板に掲載された神殿からのお知らせにて、引き続き神子の務めを行う一方で、家族との時間を大事にする為に神殿を出ると、結婚の際と同じく暦が上手く事情を記述した所、村人達から温かく受け入れてもらえたのだった。


 元々旭の風の神子次席としての評判も良く、赤子のうちから神子であるサクヤの例もあるので、不安視はされなかった。

 

「そろそろお時間です。証の譲渡を行ってください」


 紫が催促したので、トキワはクオンを下ろしてから左の胸板に浮かび上がる証が良く見えるように羽織と上着を脱いで上半身裸になり、旭に近寄った。


「旭、これからはお前が風の神子代表だ。頼んだぞ」


「うん、私お兄ちゃんみたいに立派な神子になる!」


 この2年間で旭は神子として様々な事を学び、成長していった。普段は子供らしいあどけなさがあったが、朝夕の礼拝や会合での佇まいは一人前の神子だった。それもサクヤの影響が大きいのだろう。サクヤは所作や勉強に苦戦する旭を辛抱強く教えて、共に学んでいた。それが旭のやる気にも繋がったようだ。


 心を落ち着けるように旭は深呼吸をしてから、目の前で跪いている兄の胸板に左手でそっと触れると、優しい光と風に包まれて、トキワの胸にあった精霊との契約の証である紋章は旭の手の甲から肘の辺りに移動した。


「風の神子の後継、おめでとうございます」


 恭しく首を垂れて、紫が新たな契約者に敬意を表したので旭は上品にお辞儀をして応えた。


「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


 紫の正体については、旭が次席になった時点で説明は済んでいたので、大きな混乱もなく契約の引き継ぎは完了した。


「よし、頑張ってこい、風の神子代表!」


 そしてトキワは旭の為に仕立てた風の神子代表が着けるマントを旭に着けてやると、背中をポンと叩いてお披露目の場へと送り出した。



 新たな風の神子代表のお披露目は滞りなく終了した。魔術の腕が未熟な為、トキワが事前に用意した拡声魔術が付与された腕輪を使い決意表明を発した後、この日のために練習した魔術で風を操り、会場にバラの花びらを舞わせて終了となった。



 その後、主役の旭が幼いという事もあり、神殿関係者で行う祝賀会はお昼に行われた。場違いじゃないかと思いつつ、命もクオンと共に民族衣装に着替えて参加となり、壁の花を決め込もうとしたが、トキワにがっしりと腰を抱かれて、神子と神官に妻子共々紹介された上に惚気られてしまった。


 クオンは大勢の知らない人達に囲まれて、怖気付いているのか、大人しく父親の片手に抱っこされて、キョロキョロと辺りを見回しながら時間を過ごしていた。しかし次第に慣れて行くと、父親から飛び降りて、会場の冒険を始めてしまったので、トキワと命は慌てて後を追った。


 最終的に普段から懐いているサクヤと一緒にデザートのアイスクリームを大人しく食べていたので、ホッとした所で祝賀会はお開きとなった。


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