285今までも、これからも14
その後神殿内に潜む賊どもは無事拘束されて、牢屋に捕らえた仲間と共に、自警団が港町の警察まで護送して身柄を引き渡すと、ギルドと連携して貿易都市のアジトへ乗り込み、攫われた子供達を救助した。既に売られてしまった子供達の行方も、帳簿が残っていた為捜索が始まっている。
レイトは義妹を傷つけたお礼参りにと、作戦に参加したらしいが、攫われた子供達は劣悪な環境で衰弱していて、見てて痛々しかったとしかめ面で語った。
「で、今日は何の用だ?わざわざ呼びつけたという事はそれなりの理由があるんだろうな?」
珍しく弟子から呼びつけられたレイトは涼しげな切れ長の目を細めて、口元をニヤリとさせた。今いる場所からして、なんとなく理由は分かっているらしい。
「久々に手合わせをお願いしたくって。野外劇場を借りちゃった」
「なるほどね、ここなら思う存分戦えるな」
「いや、壊したら弁償だから。一応結界は張るけどそこは注意して」
「なんだよつまんねーな。まあいい、さっさとすませるぞ。昼から家族サービスなんだよ」
「へえ、どこ行くの?」
「川遊び。うちと命ちゃんとクオンと実ちゃんとイブキで行く…て、何だその顔は?聞いてなかったのか?」
今日は夕方に神殿に来ると命から聞いていたが、まさかレイト達と川遊びに行くとは聞いていなかったトキワは、愕然とした表情を浮かべていた。
「は?何でクオンの川遊びデビューを師匠が奪うの?しかもちーちゃんの水着姿を拝めるとか最高の休日じゃんか。もしかして水着も新しいの!?」
「あー…今度は実ちゃんが姉妹でお揃いの水着買ったて言ってたな」
「許せない!俺が勝ったら師匠は留守番して!」
「無茶言うな。命ちゃんの水着姿なら後で見せてもらえ」
「分かってないなー!外で見るのと部屋で見るのじゃ良さの種類が違うの」
「はいはい…もう分かったからやるぞ」
めんどくさくなってきたので、レイトは左耳のピアスを愛用の両手剣に姿を変えて、野外劇場の中央へと移動したので、トキワも同じく両手剣を取り出し、構えて左手を掲げて結界を張ってから、レイトを見据えた。
「よし来いっ!」
いつものようにレイトの掛け声で始まり、トキワは間合いを詰めて攻撃を仕掛けた。
「動きがいいじゃないか!神殿に籠もっているから鈍っていると思っていたぞ!」
「逆だよ!毎日神官達に相手してもらっていたから経験積みまくりだよ!」
「なるほどな!だから挑戦状を叩きつけたわけだな!」
事情を知ったレイトは、知らぬ間に力を付けた弟子に期待すると、集中力を高めて攻勢に出て、目にも止まらぬ速さでトキワに剣撃を浴びせて行った。
相変わらず一撃一撃が重いレイトの攻撃に、トキワは歯を食いしばり受け止めて、隙が出来るまで耐え忍ぶも、激しい剣撃は止まることを知らず、ジリジリと体力と集中力を奪われて、改めてレイトの化け物ぶりを痛感した。
「少しは攻めてみろよ!」
防戦する一方のトキワにレイトは一喝して、力強い一撃を喰らわせる。トキワは刀身で受け止めるも、弾き飛ばされて、危うく膝を地面に突きそうになったが、必死に踏ん張った。そしてレイトの挑発に乗って、今度はこちらから身の丈程の大剣を振りかざし、鋭い攻撃を繰り返した。
***
「いつまで経っても来ないはずだわ…」
出掛ける時間になっても夫が帰ってこないので、祈が神殿まで様子を見に来た所、レイトは全身を汗でぐっしょりと濡らし、同じく汗塗れのトキワと手合わせを続けていた。
「レイちゃん!先に行ってるねー!」
「おう!」
決着が着くまでまだ時間が掛かりそうだと判断した祈は、レイトに声を掛けてから、野外劇場を後にした。妻と会話をしながらも、余裕の動きを見せるレイトにトキワは苛立ちを覚えながら、新たな一撃を仕掛けて行った。
***
「何これ…」
結局レイトは川遊びが終わるまでに合流しなかったので、帰りにみんなで野外劇場に様子を見に行くと、観客席で神官や神子達が、楽しそうにトキワとレイトの戦いを観戦していた。
観客の中には光の神子までいて、にこにこしながら孫を応援していたので、命は戸惑いを隠せなかった。更に土の神子は神官達とどちらが勝つか賭けまでしていた。
「うはー!レイトさんもトキワさんもすげー気迫っス!」
「パパー!頑張れー!」
疲れて眠っているカイリをおんぶしているイブキが、将来の義兄達が戦う姿に、興奮気味に声を上げた。その隣でヒナタは父親に届くように、大きな声で懸命に応援した。それに触発されたのか、クオンも自分の父親を応援しているかのように声を出していた。
「レイちゃん気合いだよー!ちーちゃんも応援したら?」
「いや、邪魔しちゃ悪いかなと思って…」
「大丈夫だよ!ちーちゃんが応援したらトキワちゃんは元気いっぱいになるよ!」
思えば命が近くにいると、トキワの集中力が切れてしまうからと、長年レイトと手合わせをしている時は、一度も声援を送った事が無かったし、遠目から見守る事しかせず、終わってから労うだけだった。
もし今、ありったけの気持ちを乗せて応援したら、どうなるのか気になるが、もしそれで負けてしまったらどうしようという気持ちも大きかった。
そんな賑やかな外野に目もくれず、トキワとレイトは死闘を繰り広げていた。朝から一心不乱に戦い続けているため、両者の体力は限界に近づいていたが、トキワは絶対に師匠に勝ちたいという強い思いだけで立っている一方で、レイトも弟子に負けなくないという意地で剣を振り続けていた。
「お前が粘るせいで川遊びに行けなかったじゃねーか!家族の思い出を台無しにしやがって!」
「うっさい!俺の家族の思い出を横取りしようとしたくせに!」
両者肩で息をしながら恨み言を叫び睨み合う。声を出して士気を保たないと、いつ倒れてもおかしくない程疲弊していた。
「お前の顔は見飽きた…腹も減ったし、次で決めるからな!」
「賛成っ…!」
野外劇場が夕日に照らされて、レイトとトキワは覚悟を決めて、相棒の両手剣を強く握りしめて構えると、最後の力を振り絞り激突した。
「トキワ!絶対勝って!」
思わず自然と声を張り上げてトキワに声援を送った命は、今ので気を逸らしてしまったかもしれないと思い、慌てて口を押さえた。そして2人の剣士の行く末を目にした。
闘志が激しくぶつかり合った2本の剣は弾き飛んで地面に落ちると、師弟たちは力尽き膝を突いた。
「勝った…!師匠に勝ったー!」
腹の底から沸き上がってきた歓喜を声に乗せて、トキワはついに師匠を超えたと狂喜乱舞して、その場に倒れ込むと、結界が解けた。
「いや待て!お前の方が先に膝を突いただろうが!勝ったのは俺だ!」
トキワの判定に納得がいかないレイトは不服を申し立てた。確かに2人はほぼ同時に膝を突いたので、どちらが勝ったかは曖昧だった。
「いーや!絶対師匠が先に突いた!みんなに聞いても絶対俺が勝ちだって言うよ!」
「神殿の人間はお前の味方だろうが!フェアじゃない!」
「じゃあ俺の勝ちでいいじゃん!いっつも勝ってるんだから今日くらいいいでしょ!」
「嫌だね!俺に引導を渡したければ確実に仕留めろよ!こんなどっちが勝ったか分からないような結果で勝った気になるな!」
トキワとレイトの口喧嘩に、観戦者たちは呆気に取られながらも、それぞれどちらが勝ったのか、議論を始めていた。
「どうする?このままじゃ2回戦が始まりかねないわよ?」
現実味のある祈の発言に、命は頭を抱えるも、トキワしか見えていなかったので、公平な判断は出来かねた。
「よし、みーちゃん!ちゃんと見てたよね?判定を下してきて!」
「はーい!」
祈の指示で実は元気よく手を挙げて返事をすると、観客席から飛び降りて、既に取っ組み合いを始めていたトキワとレイトの元に駆け寄った。
「レイトお義兄さま、トキワお義兄さま!私が判定するよ!」
義妹の声にトキワとレイトは動きを止めて向き直ると、呼吸を整えた。
「確かに…実ちゃんならどちらの味方でもあるから公平か」
「そうですね…それで実ちゃん、勝ったのはどっちなの?」
勝敗の行方を委ねられた実は、いつものように春爛漫な笑顔で口を開いた。
「2人同時に膝を突いたので引き分けです!勝敗はジャンケン1回勝負で決めてください!」
実の判定に2人は肩透かしを食らったが、すぐさまジャンケンを始めた。
「よっし!勝ったー!」
ジャンケンに勝利したのはトキワだった。再び歓喜すると拳を強く握りしめた。
「はいはい、今日の所はお前の勝ちでいいよ…」
負けたレイトはため息をついて苦笑すると、あんなにひ弱で小さかった弟子が、自分と肩を並べる程強くなった事に、誇らしさと少し寂しさを覚えたのだった。




