284※残酷な描写あり 今までも、これからも13
突然の嵐に馬たちは怯え、動くように腹を蹴っても動かず、それどころか風圧に耐えきれず、体勢を崩し賊どもを振り落とすとよろよろと走り去って行った。残された賊どもは、さらに強くなっていく風に飛ばされまいと固まって低姿勢を保つが、声を出す所か呼吸をする事さえままならない状態だった。
「許さない」
風と共に怨念の篭った男の声が聞こえて来て、賊どもは恐怖に慄いた。そしてふと気付くと気絶していた命が何故か宙に浮いていたので、頭は獲物を逃すまいと必死に手を伸ばしたが、腕に激痛が走り鮮血が噴き出した。そのまま命が風の奥に消えると、風が弱まっていった。その隙に賊どもは逃走を試みようとした矢先、涼が悲鳴を上げて震え上がった。
「風の神子…何故ここに…!?」
怯えた涼の視線の先には、彼らが欲しくてたまらない銀色の髪を揺らし、灼熱を彷彿させる赤い瞳に強い怒りを滲ませた見目麗しい青年、トキワが気絶した命を横抱きしてこちらを睨みつけていた。
「なんて美しいんだ…!こいつを売りに出せば一生遊んで暮らせるぞ!」
「危険よ!離れて!」
頭の男はトキワの美貌に魅入られて、涼の制止を振り切りフラフラと歩み寄ったが、トキワから鋭い蹴りを喰らい吹き飛んで行った。
「お前、よくも裏切ったな…」
「ひっ…」
次にトキワは命を再び浮かせてから涼に近寄ると、彼女の顔を掴み、倒れた頭の男の方へ投げつけた。女相手にも容赦しないトキワに、残された賊どもは恐怖で腰を抜かして、戦意を喪失させていたが、構わず痛め付けると、風を操り全員をまとめ上げた。
「…遅くなってごめんね」
意識を失っている命を再び横抱きして、トキワは悲痛に表情を歪めると、涼を含む人攫いの賊どもをまとめて浮かせた状態で神殿まで護送した。
神殿に辿り着くと、トキワは警備の神官たちに賊どもを任せてから、急ぎ光の神子の間へ向かい、命の治療を依頼した。人払いをして傷を確認すると、腹部と背中に打撲痕があった。特に背中には無数の痕があり赤く腫れ上がっていた。そんな痛々しい命の姿に胸が締め付けられ、犯人たちへの強い憎しみを覚えつつも、自分の人選から起きた過ちに心から悔いた。
「この子は本当に自分を犠牲にしてばかりね。いつか私の力が及ばない場所で傷を負って、あなたとクオンを置いて亡くなる日も来るかもしれないわね」
治療を施しながら口にした光の神子の言葉は、トキワに重くのしかかった。一生守ると決めていたのに、傷を負わせてしまった悔しさは、例えることができなかった。
「今回も魔力が殆ど残っていないみたいね。後はゆっくり休ませてあげなさい」
目を覚さない命の様子から魔力不足を指摘すると、光の神子は仕事が残っているからと執務室へと姿を消した。トキワは妻を抱えて風の神子の間に戻り、寝室のベッドに寝かせて、魔力を与える為に血色の悪い命の唇を唇でこじ開けて舌で口内を蹂躙した。
静寂に包まれた寝室で唾液が混ざる音だけが響く中でドアをノックする音がして、トキワは名残惜しげに妻の唇から離れて息をつき応対すると、紫が心配そうな顔をしていた。
「奥様のご容態は?」
「魔力不足で眠っている。外傷はばあちゃんが治してくれたから問題無い」
「そうですか、では後始末に参加して下さい。ご子息は先程ご両親がいらっしゃったのでお世話をお願いしています」
「分かった。旭はどうした?証を回収しておこうと思うんだけど」
「次席は闇の神子と一緒にいます」
「じゃあまずは闇の神子の間に行くか」
今一度ベッドで眠る命に口付けてから、トキワは寝室を出ると施錠して、紫が回収していた神子の羽織に腕を通すと風の神子の間を後にした。闇の神子の間ではサクヤが旭を落ち着かせる為にか、絵本を読んであげていた。トキワの姿を確認すると読むのを中断して近寄ってきた。
「トキワ兄ちゃん、お嫁さんは無事だったの?」
「うーん、怪我をしてたけどばあちゃんに治してもらった。今は眠っている」
「そっか、よかったね」
「心配してくれてありがとう」
子供の割に表情が乏しいサクヤだったが、命を心配している事は十分に伝わったトキワは、サクヤの柔らかい銀髪頭を優しく撫でて感謝した。
「にーに、わるいやつやっつけたの?」
「ああ、もう大丈夫だよ。証を預かっててくれてありがとうな。返してくれるか?」
「うん!」
旭が精霊との契約の証が刻まれた手の甲をトキワの胸にポンと押し当てれば、柔らかな風と光が2人を包み証はトキワの元へ戻って来た。
「ねえ、捕まった人たちは今どこ?」
幼い妹の手前大丈夫とは言ったが、人攫い集団の正体とアジトの確認はこれからだし、もしかするとまだ神官に仲間が潜んでいる可能性も捨てきれない。サクヤはそれを察したのか、トキワに問いかけてきた。
「僕、お話ししたいな」
珍しく自ら要望を口にしたサクヤの意図を、トキワは瞬時に理解して紫に視線を移すと、苦笑いを浮かべていた。しかし早期解決したい事案だったので、トキワはサクヤの目の前で人差し指を立てて、悪巧みを考えるように口角を上げた。
「ばあちゃんには内緒だぞ」
旭を紫に両親の元へと連れて行ってもらい、トキワはサクヤと人攫い犯のいる牢屋へと向かった。警備の神官達に挨拶をしてから状況を尋ねると、傷の手当てをしてから取り調べをしているが、何も話さないらしい。神官の案内で鉄格子越しに先程痛め付けた賊どもと再会したトキワは、傷ついた命の姿を思い出し、憎悪で表情を歪ませた。
「拷問ってしていいんだっけ?」
怒気を孕んだトキワの発言に意識のある賊どもは畏怖して、情けない声を上げる者もいた。自分に被害が及ぶわけではない神官でさえ声を震わせながら拷問は禁止されている旨を伝えた。
「拷問が出来ないなら仕方ないよね?僕に任せて」
「銀髪の子供…3人のうちの1人か」
抑揚のない声でサクヤは牢屋に近づくと、意識を取り戻していた頭が涼から報告を受けていた銀髪の子供だと確信して、物欲しそうに呟いた。あとの1人はクオンだと気付いたトキワは、無性に息子の安否が心配になったが、それを察したサクヤがトキオと楓が傍にいるから大丈夫だと安心させると、尋問を始めた。
「こんにちは、おじさん達はどこから来たの?」
「言うわけないだろう?」
幼い神子の問いかけに応じない頭に対して、サクヤは手をかざすと牢屋の中に黒い霧を発生させた。
「教えて。おじさん達はどこから来たの?」
もう一度サクヤが問いかけると頭の男は虚ろな目をさせてぼんやりと口を開いた。
「貿易都市…」
「貿易都市のどこで何をしているの?」
「一等地のシルク商人の別荘で…子供を売っている」
「そうなんだ。そこに子供達もいるの?」
「ああ…」
「ふーん、水鏡族の村には何人で来たの?」
「…15人」
「その中で神殿に潜入してるのは誰?どんな事させてるの?」
「…涼に神官をさせて…リンネは食堂で働かせて…タツミは馬の世話をしている…」
サクヤは神官に目配せをして、急ぎ該当する水鏡族の身柄を確保するよう要求した。他にも同族に犯罪者がいた事に、トキワは怒りと働き手の身辺調査の強化を決意した。
「とりあえずこんな所かな?お疲れ様、寝ていいよ」
黒い霧が晴れてサクヤが会話を終了させると、頭の男は深い眠りに就いた。人の心を操る闇の魔術は操る側と操られる側、どちらの精神にも負担が掛かるため光の神子から使用を禁止されているのであまり長くは使いたくないようだった。
「ありがとう、サクヤ。無理させてごめん。後は大人たちに任せて」
バレたら大目玉だなと、トキワは苦笑しながら大仕事を終えて深呼吸をするサクヤの頭を撫でて、優しく抱き締めた。
***
数時間後、意識を取り戻した命がまず感じたのは口内の違和感だった。しかしこの感覚に馴染みがあり、そっと目を開けると、馴染みの夫の顔が間近にあった。目が合うとリップ音を立てて離れたかと思うと、今度はチュっと啄む様な短いキスをしてきた。
「よかった…目を覚ましたんだ」
「おかげさまで…」
上体を起こして命が部屋を見渡すと、風の神子の間の寝室だと言う事が分かった。人攫いのアジトじゃなくてよかったと安堵してから、頭の中を整理して、トキワに尋ねる内容を確認した。
「旭ちゃん達は無事?」
「うん、ちーちゃんのお陰だよ。ありがとう」
「クオンは?」
「父さんと母さんが面倒見てる」
「人攫いは捕まえた?」
「バッチリ、お仕置きもしておいた」
「そっか…」
憂いが無くなった命はホッとため息をついてから、微笑するが、魔力不足から起きる頭痛に、顔をしかめた。
「今日は安静にして動ける様になったら共同風呂で魔力を補給してきなよ。それでも足りなかったら俺のをたくさん注いであげる」
一体何を注ぐつもりなのか、命は恐ろしくて聞けずとりあえず首を振り、水分補給をしてから、トキワと寝室を出ると、クオンが旭とぬいぐるみで遊んでいた。そして母親に気付くと声を上げて駆け寄ってきたので、命は優しく抱き上げた。
「クオン…」
可愛い我が子の温もりに命は感極まり、涙を浮かべた。すると仲間外れが嫌だったのか、トキワは命とクオンを一緒に抱きしめた。
その様子が羨ましかった旭はソファに座っていた両親にギュッと抱きついて来たので、トキオと楓は嬉しそうにそれぞれ娘を撫でてあげた。




