282今までも、これからも11
園児たちの神殿見学は旭にとって良い影響を与えた。週末には頑なに帰ろうとしなかった家に一時帰宅して、両親を喜ばせた。神子の勉強も積極的に行い、弓の特訓も指導者との相性が良かったのもあるが、真面目に取り組んでいた。トキワが恐れていた幼稚園に通うため神子を辞めるという事態もなく、万事上手くいっていた。
今日は弓の訓練所で指導を受けるため、旭は命と共に馬車に揺られて西の集落に向かっていた。護衛には馭者の男性神官の他に、旭の専属である2人の女性神官、雫と涼も同行している。
命が旭に同行する件については、確かに息抜きも必要だし自分の予定を大事にしてとは言ったがと、トキワは不満そうだったが、最終的に渋々認めて息子と神殿で留守番となった。
「よく来たね、今日も頑張ろう!」
「先生、よろしくおねがいします!」
訓練所の前で待ち受けていた薺に、旭は可愛らしくお辞儀をしたので、命と神官たちは破顔した。訓練所には老若男女の弓使いたちが自己鍛錬に励んでいた。顔馴染みが多々いる命は声を掛けて、久しぶりの再会を喜びながら旭を紹介した。
今日の訓練内容は同年代の3人子供たちと一緒に、素引きを行った。しかし指導者が薺に加えてカケルがいたため、旭は露骨に嫌そうな顔をした。
「…兄妹そろって俺を汚物を見るような目で見るな」
苦々しげにカケルはそう言い捨てると、気持ちを切り替えて子供たちと旭を分け隔てなく指導した。旭もそれに応えるように素直に話を聞いて、真面目に素引きを続けていると、中々様になってきた。命は義妹の成長を我が子のことのように喜び頬を緩ませた。
「うちの義妹天才なんじゃないの?」
「シスコンかよ。まあ少しムラっ気があるが今後の訓練次第でどうにかなるかもな」
次に薺が魔術で矢を作る指導をしている間に、命が旭の才能を評価すると、カケルは思わず苦笑を漏らしたわ。
「子供はどうしたんだ?」
「夫と一緒にお留守番よ。顔が良くて子供の面倒もバッチリ見てくれて本当に最高の夫だわ。超好き!」
必死に惚気る命に対して、カケルは降参する様に両手を上げて首を振った。
「こないだは悪かったよ。俺さ、子供の時からお前の事が好きだったんだ」
サラリと口にしたカケルの告白に、命はきょとんとした。まさかトキワが言っていた通り好意を持っているとは思わなかったのだ。
「何となくいつかお前と結婚するのかなって思いながら気持ちを一切伝えられないでいたら、ぽっと出の男に取られて結婚して子供までこさえられてさ…俺って本当に馬鹿だよな。きっとあいつにとっては俺の方がぽっと出の男なんだろうな。本当、なんで失ってから気づくんだろう」
「カケル…」
これまでの自分を悔やみカケルは自嘲した。命はどう返すべきか悩んだが、素直な気持ちを伝える事にした。
「私は流されやすい性格だから、もしカケルが押しに押しまくったら付き合う位はしてたと思うよ。ただ、その状況でも私が夫に出会ったら絶対夫を選んでいたからこれで良かったんだよ」
自分の人生を振り返っても、命はトキワ以外好きになった人はいないし、過去が変わってもそれだけは変わらない自信があった。
「はあ、完敗か…」
カケルはガックリと肩を落とし、長年続いた初恋に終止符を打つと、気分がスッキリとした。
「うん、だからとっとと私の事は忘れて幸せになって」
「ふん、絶対お前たちより幸せになってやる!」
歯を見せて笑うカケルに命は無邪気な子供の頃を思い出しながら、負けじと勝気な笑みを浮かべた。
しかし突如風の矢がカケルの股の間を擦り抜けた事により、空気が凍りついた。
「ねーねとなかよくするな…」
矢を投げたのは旭だった。カケルが命と良い雰囲気だと勘違いして不満を覚えたようだ。
「こ、こら!危ないでしょう?カケル先生が怪我したら可哀想だよ!」
危険な真似をした旭を命が叱り付けると、旭は涙目になった。
「だって…ねーねがとられたらにーにがないちゃう…」
「旭ちゃんがカケル先生を怪我させる方がにーには悲しむよ。それにねーねはカケル先生に…にーにが大好きってお話してただけだよ」
自分で言っていて照れ臭かったが、命は事情を話すと旭は納得いったのか、カケルの前に行って深々と頭を下げた。
「カケル先生、矢をぶつけてごめんなさい!」
「これからは人に矢を向けちゃダメだよ」
「はーい!」
旭の元気な返事で騒動は収まり、弓の訓練は終了となり、命と神官達と馬車に揺られて神殿へと戻ることとなった。
「楽しかった?」
「うん!また行きたい!」
子供の頃から慣れ親しんできた場所を旭に楽しんでもらえて、命は嬉しくなった。
あと10分程で神殿にたどり着く頃、馬の嘶きと共に馬車が急停止した。命は旭の無事を確認してから、神官2人に護衛を任せて外に出ると、馬車が賊たちに囲まれていた。
「馬車にいる銀髪の子供を寄越せ!」
頭と思わしき男が怒鳴るように要求を述べて来た。旭が狙いだという事は明らかで、もしかすると訓練所から後をつけていたのかもしれないと命は推測した。
「渡すわけないでしょう!あなた達一体何者なの!?」
「フフ、最近は人攫いと言われているな」
遂に水鏡族の村までやってくるとは…鋭い目つきで命は噂の人攫いを睨みつけ、改めて状況を確認した。賊の数は10人程で武器として棒を持っている。やり合うよりも逃げた方が良いと判断した命は、馭者に目配せをしてから後退りしながら馬車に乗り込んだ。
「ねーね!」
「旭ちゃん!?」
馬車では旭が女性神官の涼に捕われていた。雫は攻撃を受けてしまったのか気を失っている。
「あなた…まさか人攫いとグルだったの!?」
「まあね、元々そのつもりで神官に志願したの。あんたの旦那の目が節穴で助かったわー」
新入りとはいえ神官が…しかも水鏡族が悪事に手を染めている事に、命は戸惑いと驚きを隠せなかったし、夫を馬鹿にされて怒りを覚えた。しかし今は旭を救い出す事が優先だ、冷静になれと自分に言い聞かせてから涼の隙を探した。
そういえばトキワが涼は右からの攻撃に対して反応が遅いと評していたのを思い出したので、命は涼の顔の左側に水の塊を、真空波を涼の右脛へと時間差でぶつけ、右脛を負傷した涼がバランスを崩した隙に命は旭を奪い取ると、裏切り者を馬車の外に突き押した。
「ううん…一体何が…」
「雫さん!旭ちゃんをお願い!」
意識を取り戻した雫に命は旭を託すと、再び馬車から降りて馬車に自分が持つ魔力の半分を使い強力な結界を張って、更に馬に加速魔術を掛けてから、馭者の神官に涼は賊の仲間だった、神殿に向かえと声を張り上げて指示をした。馭者は急ぎ馬車を走らせた。行く手を阻む賊たちが結界の真空派を喰らい負傷したのを見て、我ながら大したものだと命は勝気に微笑みつつも、結界は持って3分程度なのでこれ以上追っ手が来ない事を願いつつ、様子を見ていた人攫いの頭に向き直り対峙した。




