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278今までも、これからも7

 自分の手が届かない間カケルが妻子に接触してないか、眠れない夜を過ごしながら訪れた休前日の夕方、命とクオンがいつも通り風の神子の間に姿を現したので、トキワは安堵して2人ごと抱きしめた。

 熱烈な歓迎だと命が茶化してから夕飯を取り、既にクオンがうとうとし始めたので、急ぎ風呂に入れて寝かしつけると、賑やかだった部屋に静寂が訪れた。


「そうそう旭ちゃんの弓の指導者の件だけど、(なずな)姉さんにお願いする事になったよ。日程については雫さんが調整するって」


「…あの男にも会ったの?」


「あの男…もしかしてカケルの事?訓練所にいたけど…」


 何か思い出したのか命が気まずそうな表情を浮かべたので、不安でトキワの顔が曇る。それに気が付いたので命は隠さず話す事にした。


「夫と別れた方がいいだって。あんな顔だけ良くて性格が悪くて、自分の都合で一緒に暮らせないような男じゃ私とクオンを幸せに出来ないんだって。失礼よね、頭きちゃう!」


 神妙な面持ちで発したカケルの言葉に、命は愛する夫と可愛い息子がいて幸せなのに、他人から見たら哀れな母子家庭だと思われているのが心外で、感情を抑えきれず怒鳴り散らしてしまったのだ。別居なのは不満だが、それは秋桜診療所で働きたいという自分の都合でもあるし、どこの家庭だって何かしら不満はあるものだから不幸ではなかった。


「もしちーちゃんが別れたら、そいつは俺の後釜を狙っているんだよ。そんな事言ってなかった?


「無いよ。あいつが私を好きなんて…子供の頃から知り合いだけど、トキワみたいに口説いてきたり、贈り物したり、デートに誘ったりとか一切なかったもん」


 互いに弓の腕を磨き合った仲だが、訓練所以外で会ったことも無いし南の集落に住んでいる事は知っていたが、詳しくは知らなかった。休憩の合間の雑談は弓の事ばかりだった。しかし命はカケルとの会話を掘り起こしていると、一つだけ色のあるやり取りを思い出した。


「そういえば一度だけ…私が医療学校に行く前に訓練所に行った時、お互い20歳まで恋人がいなかったら結婚しようって言われたけど…あれって冗談じゃなかったのかな?」


「ちーちゃんはなんて答えたの?」


「恋人がいるから無理って言った。あの日はトキワとデートして両想いになったばかりで浮かれていたから即答したよ。もしそうじゃなくても断ってた。妥協して結婚する位なら独身の方がいいし、身近にカッコいい独身女性がいるからそこは抵抗ないからね」


 カケルに対して1ミリも恋愛感情を持っていない命にトキワは安心した。同じ女を好きな者同士でも、自分より早く命に出会えたくせに、アプローチを一切せず、戦わず負けてから悪あがきを始めたカケルに、同情する気持ちは一切無かった。だからこそ今後邪魔をするつもりなら決闘も辞さないつもりでいた。


「今物騒な事考えてたでしょう?眉間にしわが寄ってるよ」


 眉間のシワを指で解そうとする命の指を掴むと、トキワは手の甲に頬擦りをして口付けてきた。命がくすぐったくて反射的に手を引っ込めようとするが、トキワは逃すまいと抱き締め、ゆっくりと呼吸しながら、じっくりと命の体温と匂い、感触を堪能する。


「わ…私お風呂入ってくる…」


 だから離して欲しいと続ける妻を無視して、トキワは愛撫を続ける。命は抗議の視線を向けても逆効果のようで、食らいつくように唇を塞がれて、必死に背中を叩いても開放してくれない。


「ごめん…痛かったよね」


「がっつき過ぎ…」


 命は息を荒げて顔を紅潮させ、乱れた髪の毛を直しながら潤んだ瞳で非難したが、却って逆効果で謝ったばかりなのにトキワは無言で命を抱き上げると、ベッドまで運んで組み敷いた。


「来月で結婚3周年でさ、俺も21歳になって年齢も立派な大人だし子供もいて少しは落ち着くかなって思ったんだけど、まだまだちーちゃんへの愛は深まるばかりだよ…本当に愛してるよ。髪の毛一本たりとも他の奴に渡したくない…」


 倦怠期なんてどこ吹く風の夫の溺愛ぶりに、命は心臓が強く叩きつけられたように痛くなった。子供を産んでから所帯染みて来た自覚があったし、自分より若く自由な少女達を見れば羨ましく思うようなっていた。

 けれども、そんな自分に飽きずに、寧ろ募る想いを伝えてくれるトキワを更に好きになる自分がいて、これが結婚でこれが幸せの一つなんだと思えば、歳を重ねるのも悪くないと言葉で伝えたくなった。


「私、人から何と言われようが幸せだよ。世界で一番大好きな人が夫で、可愛い子供もいて、尊敬する人と一緒に働けて、大事な人達もいて…本当に幸せだよ。毎日近くにいなくてもトキワは私とクオンを守ってくれているし、心はいつだって傍にいる。ありがとう、愛してるよ。ずっと一緒にいてね」


 精一杯想いを伝えて照れ笑いを見せる命をトキワは宝物を全部掻き集めるようにひん抱いた。


「そういう所だからね。もう大好き…」


「フフフ、私もだよ」


 命が薄暗い部屋の中でも存在感を放つ艶かな銀髪を撫でてあげると、トキワは恍惚に目を細めた。


「明日は一日中寝てていいからね」


 クオンの世話は任せろと続けるトキワに吹き出しそうになりながら、命は了解の意味を込めて緩んだ口元のままそっと瞳を閉じた。

 


 



 






 


 

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