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277今までも、これからも6

「酷いよ、俺に顔を見せずに帰るなんて」


「ごめん、もうすぐクオンのお迎えの時間だったから」


 きつく抱きしめた妻に対して、トキワは不満を漏らすと、冷たい目で自分が吹き飛ばした対象を一瞥した。愛する妻に触れたその男に見覚えは無いが、こいつは敵だと自分の中の野性の勘が警告していた。


「それよりもいきなり人を吹き飛ばしちゃいけません。びっくりしてるじゃないの…ごめんねカケル、怪我はない?私の夫、やきもち焼きなんだ」


 トキワの背中越しに呆然としている弓仲間に命は声を掛けて、紹介しておこうと、クオンのお迎え時間を気にしながら広場のベンチを勧めた。



「改めまして、紹介するね。私の夫のトキワ、神殿で風の神子をしています」


 紹介をする命の腰を抱いてべったりとくっついている彼女の夫の絶世の美貌に、カケルは本当に人間なのかと驚きを隠せなかった。


「で、彼はカケル。私の弓使い仲間で、旭ちゃんの指導をお願いしたんだけど、なんか合わなかったみたい」


「先程は失礼しました。妹の為にご足労お掛けしてすみません。もう用は無いのでどうぞお帰りください」


 トゲのあるトキワの言葉でカケルは我に帰ると、不快に顔を歪ませた。それに気づかない命は旭には他の弓使い仲間を紹介すると説明していた。


「カケル本当にありがとう、じゃあ私も帰るね」


「家まで送るよ」


 クオンを迎えに行こうとする命と一緒に帰ろうとするカケルに、トキワは本当なら自分が命とクオンを迎えに行って仲良く家に帰る。そんな幸せがあるはずなのに、叶わない現状に苛立ちを覚えた。


「えー、加速魔術使うから邪魔。気持ちだけ受け取っておく」


「加速魔術て、お前水属性だろう?使えるわけ…」


「結婚したら使えるようになったの。じゃあお先。トキワまた週末ね」


 言葉を遮って命はお迎えの時間が迫っていたので、自身に風を纏わせると、颯爽と姿を消した。残された男達は互いに気まずそうにしていたが、先にカケルか仕掛けてきた。


「命とは子供の頃から知り合いなんですよ。よく一緒に的の点数を競い合って、判定が微妙な時はあいつ、どっちが上か殴り合いで決めようとか言いだして…本当笑ったな」


 幼い頃の命を知っているとアピールするカケルに、トキワは眉間にしわを寄せながらも、この喧嘩を買うことにした。


「そうやっていつまでもみっともなく過去に縋り付いてると出会いに恵まれませんよ」


「いやー妻子をほったらかして神殿で優雅に暮らしている風の神子様は言う事が違いますねー」


「人妻に手を出そうとする弓の大先生には敵いませんよー」


 嫌味の応酬をするトキワとカケルに、近くにいた門番の神官達は戦々恐々としていた。通りすがりの村人も一体何事かと遠目に注目していた。


「ちょっと、何やってるんですか…」


 警備の神官からは報告があったので、紫が呆れ顔でトキワの様子を見に来た。


「人生の先輩に貴重なご意見を頂いてる所」


 とても人から意見を貰っている様な表情ではないトキワに、紫は苦々しく笑いながら相手に目を合わせて会釈するも、初対面の青年だったので首を傾げた。


「風の神子様となると愛人も選り取り見取りなんですねー」


 口論でヒートアップしていたカケルは冷静さを失い、紫を愛人扱いして来たので、トキワは軽蔑の眼差しを向けた。


「どこのどなたか存じ上げませんが、風の神子は奥さん一筋ですよ。大恋愛の末に結婚したんですから!ささ風の神子、礼拝の時間ですよ。お務めお願いしまーす」


 一刻も早く2人を引き離さなくてはならないと紫はトキワの背中を押しながら、風の神子の間へ向かうよう促した。取り残されたカケルは己の不甲斐なさに嫌気を感じながら、踵を返すと神殿を後にした。



「先程の失礼な男性は何者ですか?」


 旭の礼拝を見守った後、紫はカケルについて尋ねずにはいられなかった。あそこまでトキワを苛立たせる存在は勇者エアハルト以外彼女は知らなかった。


「いつか殺すリストに新しく仲間入りしたゴミだよ」


「ちょっと次席がいる前で物騒なこと言わないで下さいよ」


 トキワを窘めながら紫は旭の反応を窺ったが、特に気に留めた様子は無さそうで安堵した。


「…もしかして風の神子の奥様が旭さまの為に連れてきた弓の指導者ですか?」


 そう遠慮がちに意見したのは先日神官に採用されたばかりの女性、雫だった。彼女は旭専属なので先程カケルと顔を合わせていたのだった。


「ああ、なんか次席がお気に召さなかった人ですね。それで結局弓の指導は奥さんがしたとか報告してくれましたよね?」


「はい、次席が言うには悪い奴だと風の精霊が教えてくれたそうです」


 神官の説明に紫は先程見たカケルの顔を思い出すが、悪人面でもないし、そもそも命の知り合いなら悪い人では無さそうだと推測した。


「ゆみのせんせいのおじさん、ねーねをとろうとするわるいやつ!せいれいさんがいってた!」


 カケルの話をしている事を察した旭が急に眉を吊り上げて不快を表した事により、どうやらカケルは命に好意を持っている男なのだと紫はようやく理解した。そうなるとトキワの態度も肯けた。


「まあ確かに風の神子の奥さんは魅力的な方ですから人妻でも放っとかない男はいるでしょうね。しかも夫とは別居中…こりゃあ風の神子も気が気じゃないですねー」


 顔をにやけさせる紫にトキワは不機嫌に口を尖らせながらも、旭の前にしゃがみ込み、真剣な眼差しを向けた。


「旭、ねーねが悪い奴に盗られない為にも早く一人前の神子になるんだぞ!」


「いちにんまえのみこ?」


「ああ、旭が一人前の神子になれたら、にーには凄く嬉しい。だから頑張れよ」


「うん!あさひがんばる!」


「ありがとう、にーにもゴミ掃除頑張るよ!」


 命がカケルに対して恋愛感情が皆無なのは分かり切っていたが、彼女の無防備さが不安要素だった。トキワは旭の頭を撫でてから立ち上がると、夕飯が来るまでの間、味方である桜達に注意喚起の手紙を書く事にした。










 


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