274今までも、これからも3
「いやー、旭のおかげで最高の休日だったよ」
旭が風の神子次席になってから早速トキワは旭に風の神子の証を預け、神殿を出て妻子と共にお弁当を持って散歩に出かけた。
コースは診療所の近くにある家庭薬草園でお弁当を食べ、工務店や秋桜診療所に顔を出してみんなを驚かせてから久しぶりの我が家に帰り、家族3人で夕食を取って神殿に戻り息子が寝ると、夫婦の時間を過ごした。
「では今日からお仕事を血反吐を吐く位頑張って下さいね」
紫は机の上に乗っかった週末に溜まった書類の山を差して、悪魔のように笑った。どれも読み書きを始めたばかりの旭には出来ない仕事ばかりだった。
「旭が書類関係の仕事が出来る様になるまでは代行に戻れても大工に復帰するには時間がかかりそうだな」
「おや、代行に戻る気満々なんですね」
「当然。早く家族で一緒に暮らす為だけに神子を頑張っているんだから…でもまあじいちゃんの為にも奨学基金は他の神子に任せずに風の神子でやって行きたいと考えてます」
「先代が風の神子在籍時に行ったたった1つの事業ですからね」
「これが無かったらかなり楽なんだけどね…仕方ない。それにちーちゃんが発案したとなれば、愛着もあるし」
口では文句を言っているが、トキワは心穏やかな表情をしながら書類を手にした。旭が風の神子次席になるにあたっての手続きについてと、お披露目の日程についてだった。神子のお披露目は基本三席まで行う。
以前トキワが代行になった時は三席に該当しなかったので回覧板のお知らせだけで済んだ。もっとも、大精霊祭で行われた精霊降臨の儀がお披露目の様なものではあった。
「久しぶりの風の神子次席の誕生ですからきっと盛り上がりますよ!」
「お披露目は流石に旭1人じゃ無理そうだから、俺も出るのか…面倒臭い。しかしこうなると神官の選出を急がないとな。今日の回覧板に載せられるんだよね?」
「はい、バッチリです。週末に選考を行う手筈です」
「有能な人達が集まるといいな。全ては俺の自由の為に」
己の野望を口にしてからトキワは書類にサインしてからニヤリと笑う。その笑い方がまるで悪役の様だと思いつつも、紫は黙って微笑んでいた。
「にーに、みんながにーににおはなしあるってー」
朝の礼拝を終えた旭がやって来て袖を引いたので、トキワは祭壇に向かって風の精霊達との会話を試みた。
「マジかー…教えてくれてありがとう」
精霊達に感謝をしてから、トキワは旭を紫に任せて、外で控えていた青年の神官と共に水の神子の間に向かった。
「ミナト叔父さん、精霊達から聞いた?」
「ああ、先程礼拝を行った次席から報告があった。今夜は嵐みたいだね。雀さんとアラタくんからも報告が上がっているから雷と土砂崩れも起きるだろう」
元々この時期は天気が荒れやすいが、今回はなかなかの曲者のようだ。注意喚起についてはミナトがまとめて記した上で、神殿が役場や自警団と連携して村人に知らせるそうだ。トキワは風の精霊からの得た情報をまとめたメモをミナトに託してから風の神子の間に戻った。
「ちーちゃん、クオン…大丈夫かな…」
自宅は帰った時に結界を張り直したので問題は無いと思うが、2人が無事に家まで帰れるかトキワは心配だった。一応命には雨風を凌ぐ結界の張り方を教えたが、それでも不安は拭えなかった。あとは村人への注意喚起が行き渡り、早めの帰宅を願うばかりだった。
***
夜も更けて精霊達の言葉通り外は雨風が吹き荒れ、カーテン越しでも分かるくらい雷が閃めき、轟音が心臓まで響き渡った。
夕方の礼拝の時点で村人達への注意喚起が完了して、土砂崩れの被害を受ける危険性が高い民家には神官と神子達で結界を張ったり、崖を補強した上で念のため住民には学校や役場、神殿などに避難してもらったと報告を受けた。
次の日は修理で忙しいだろうなと、かつての職場を思い出して、少し寂しくなった。忙しい時は大変だったけれど、修理や物作りを行う大工の仕事がトキワは大好きだった。
また必ず復職してクオンにカッコいい所を見せたいと夢見ながら次第にウトウトしてきたので、眠りにつこうとしたが、寝室のドアがノックされたので、部屋着姿で応対した。
「お休みのところすみません、あの…次席が雷に怯えて泣いていますが…いかがなさいますか?」
旭の部屋の前を警備していた神官が遠慮がちに報告して来たので、トキワは神官を労うと旭の部屋に向かった。部屋に入ると旭はシーツを頭から被り、雷に負けない位大きな声で泣いていた。
5歳になったのだから泣かないで寝ろというべきだろうが、子を持つ立場になった今、トキワにはそれが出来ず、泣いている旭の背中を撫でて抱き上げてから、自分の寝室へ向かった。
「あさひ…ひとりでねる…みこだから!」
ベッドの上でしゃくり上げながら強がる妹が微笑ましくて、トキワは旭の頭を撫でて濡れタオルで顔を拭いてやってから、小さな鼻を軽く摘んだ。
「雷が怖い時は一人で寝なくていいよ」
「でも…」
「じつはにーには雷が怖いんだ。だから一緒に寝てくれ」
本当は雷が怖いと思った事なんて微塵も無かったが、旭が折れるようにトキワはお願いしてみた。
「わかった、あさひにーにがかみなりこわくないようにいっしょにねてあげるね」
作戦は成功して旭は兄の頭を撫でて励まそうとした。トキワは笑いを堪えながら横になると、抱きつく旭の背中をポンポンと叩きながら眠りに誘うのだった。




