表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
272/300

272今までも、これからも1

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。



 育児休暇を終えた命は診療所の勤務に復帰する為、命が結婚式で着た花嫁衣装からリメイクした民族衣装をクオンに着せ家族写真を撮って、1歳の誕生日を祝った翌日に母子で神殿を出た。


 それから1ヶ月が経った。久方ぶりの診療所での仕事は新しいナースの皐とも気が合い、これから3人で上手くやって行けそうだし、クオンは託児所では物怖じせずに子供達と仲良く過ごしているようで、命は安堵していた。託児所には光が勤務しているので一層心強いし、長い間留守にしていた我が家で母子だけで暮らし始めたが、多少の苦労はあるが何とかなっていた。


 唯一の心配は神殿に残してきた夫の事だった。一緒に暮らしていた間は忙しい仕事の合間を縫って妻子と愛を育むのが生き甲斐だったのに、会えなくなりさぞや落ち込んでいるかと思うと罪悪感があった。命の代わりにナースがもう1人増えたらいっそ秋桜診療所を辞めて神殿に勤めるべきなのか悩んでしまう位に夫は悲痛に満ちていた。




「新しい生活はどうだ?」


「大変だけどおかげさまで実家のありがたみをひしひしと感じてます」


 昼休憩に桜に近況を聞かれて、命は返事をしてから弁当のハンバーグを口にした。


「それにしても、くーちゃんて赤ちゃんながらカッコいいですよね!キリリとした目がたまらなーい!」


 皐は命と同じく赤ちゃんや子供が好きで、クオンを気に入っていた。クオンの目元は命に似てツンとしていて、母親としては性格がキツそうに見えるので、父親の目に似て欲しかったが、周囲からは好評で将来絶対カッコよくなると言われていて、少しホッとしていた。


「あんなに銀髪でカッコいい赤ちゃんだと人攫いが心配ですね。聞きました?港町で子供が行方不明になっている話」


「うん、孤児からお金持ちの子供まで被害に遭っているんだってね。しかも容姿が整っている子供ばかり狙われているとか…水鏡族の村にやって来るのも時間の問題ですよね」


 回覧板に載っていた自警団からのお知らせで命は最近人攫いの集団が蔓延っている事を知った。水鏡族は容姿が良い者も多いし、魔法石が無くても魔術が使えるので、以前から奴隷として高く取引されると言われている。日頃から警戒を怠らないようにしているが、それでも4、5年に1人は行方不明になっている。


「全くだ。気を付けろよ」


「はい!クオンは私の生命と引き換えでも守って見せます!」


「いや、お前らが死んだら村が永遠に嵐になりそうだから2人で生き延びてくれ」


 鼻息を荒くして決意する命に桜は苦笑して、自重を求めるとコーヒーの香りを楽しんだ。



 今日は休前日、勤務を終えた命はクオンを迎えに行くと、乳母車に乗せて神殿へと向かった。この点は別居生活の時と同じ日程だった。週末は家族で過ごす為に仕事を全速力で片付けている夫の姿を思い浮かべながら、命は遊び疲れて眠っているクオンと共に受付で通行証を見せてから神殿関係者通路を進んで、風の神子の間を目指した。


 風の神子の間の前で待機する神官に挨拶してドアを開けてもらい中に入ると、衝立越しに話し声が聞こえてきた。声からしてトキワと彼の両親の様だった。


「ごめんね、迎えに行けなくて」


 いつもならパッと顔を明るくさせるのに、今日のトキワは少し元気が無かった。命は気にしてないと微笑んでから、トキオと楓に会釈した。クオンは寝てしまったと説明しながら命はトキワの隣に座った。


「じつは今、旭の事で話をしていたんだ」


 楓の発言で部屋を見回したが、旭は不在だった。彼女抜きで大人達で大事な話をしていたのだろうと命は予想した。


「去年から幼稚園に通っているのだが、髪の色の違いを揶揄われて他の園児達と上手くいかず、とうとう幼稚園に行きたくない、神子になると言い出したんだよ」


 沈痛な面持ちでトキオが説明すると、命も可愛い義妹の苦しみを慮り、自然と表情が曇った。


「俺としては大歓迎だけど、事情が事情なだけに素直に喜べないよね。嫌な事から逃げる為に幼稚園をやめて神子になるのを認めるのは果たして正しいのか…俺は夢の中での話ではあるけれど、逃げる為に神子になって人生失敗してるから判断が出来ない」


 兄として妹の将来を心配するトキワに命も一緒に考えてみた。旭には多くの友達に囲まれて欲しいという思いもあるが、それよりも笑顔でいて欲しいという気持ちが大きいと感じた。


「旭ちゃんは今どこにいるんですか?」


「サクヤの所だ。神殿に来る前からずっと会いたいと泣いていてな、会った途端に抱き着いて離れなかった」


 それだけ旭の中でサクヤの存在が大きくなっているとは命は思いもしなかったが、こんなにも大切な人がいるならば、旭は困難を乗り越えられるかもしれないと希望を持った。


「あの…出しゃばった意見かもしれないけれど、幼稚園をやめなくていいし、神子にもならなくてもいいんじゃないですか?」


「ん?ちーちゃんそれってどういう意味?」


「ええとね、幼稚園はしばらくお休みという形にして行きたくなったらまた行けばいいし、神子もお試しでやってみて…それこそトキワみたいに代行から始めてみたらどうかなーなんて思いました。今すぐ決断しないで様子見という事です」


 旭はまだ5歳になったばかり。人生を左右する決断をするには、まだ早すぎると思っての意見だった。命の意見にトキオと楓も共感したのか、張り詰めた雰囲気が少し和らいだ気がした。


「それって所謂先送りって奴だね。ちーちゃんが得意なやつだ。あれには何回泣かされたことか」


 幼い頃から命に猛アタックしてきて徐々に彼女に好意を持ってもらえた様子だったが、中々素直になってもらえず、愛の告白の返事をいつも先送りにされていたことをトキワは思い出した。


「散々風の神子代表になるのを先送りした人に言われたくないですー」


 厳しい返しをする命にトキワは誤魔化す様に笑うと、話題を戻すことにした。


「とりあえずちーちゃんの意見を採用でいいんじゃない?」


「そうだね…トキワ、命ちゃん、クオンの子育てで大変な所悪いけれど旭をお願いしてもいいかな?」


「はい、私達が力になります!」


 愛娘を息子夫婦に託そうとするトキオに命は頷いて了承した。妻の安請け合いで親子の時間を減らされたトキワは不機嫌そうに口を尖らせたが、旭には大きな借りがあるため、これ以上は抵抗せず大人しく従うことにした。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ