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270繋ぐ想い14

 産気づいてから早6時間が経った。次第に陣痛の感覚が短くなり命は必死に痛みと奮闘していた。光が懸命に腰をさすったり押さえたり励ましの言葉をかけてくれていたが、気は紛れずひたすら痛いと呻いていた。


「あー…痛い、マジヤバいんですけどマジ超痛い」


「はいはいは頑張れーもう少しだぞー」


「桜先生もう…それマジ何百万回も聞いたんですけどーあーマジ痛い痛い…」


 口を開けば痛いと言う言葉しか出なかった。祈がカイリを出産した時に手伝ったが、こんなに痛がっていただろうか?必死に思い出すが、痛みで命は何も思い出せなかった。



「ちーちゃん!」



「ヤバいヤバいヤバい…幻聴が聞こえてきた。先生これってヤバいやつ?」


 不意に聞こえたいるはずもなく来る事も出来ないはずの夫の声に、命は遂に幻聴が聞こえるようなったかと嘆いてしまった。桜は光に視線を送り、待合室の様子を見て貰った。しばらくして光が処置室に戻ると今にも泣き出しそうな、それでいて嬉しそうな表情をしていた。


「よかったわね、命…トキワくん来てくれたわよ」


 まさか本人が来るとは思わない命は光の言葉を信用せず、いやいやと否定した。


「そうやって私を励まそうとしてもムーダー!無理に決まってるから!はあっん…痛い…でもありがとうお母さん、優しい嘘が心に沁みるよ。愛してる!」


 光の言葉を信じようとしない命に、桜はケラケラと笑いながら連れてこようか提案したが、次は幻覚と言い出すだろうと光が冷静に返すと、桜はそれもそうだと爆笑した。



 ***




「桜先生何笑ってるんだろう?」


 処置室から聞こえてきた桜の大笑いに、祈はつられて口元を緩めた。その隣には神妙な表情のトキワがいた。


「それにしてもよく神殿から出られたね。何か仕掛けでもあるの?」


 疑問にも思っていたし、何か話題を振って気を紛らわせようと祈が尋ねると、後ろめたい気持ちからトキワは視線を泳がせた。


「一時的に旭に風の神子を代わってもらっている…旭の意思で神子になるまでは駄目だと父さん達と約束してたけど、今回だけ特別に代わってもらった…まああまりいい事じゃないから内密によろしく」


「トキワちゃんのパパ達思い切ったわねぇ…まあ親だからこそ気持ちが分かったのかもね。よかったね」


「はい…はあ、あとはちーちゃん達の無事を願うばかりだ」


 処置室から微かに聞こえる命の苦しむ声にトキワは胸が締めつけられて、傍で支えたいと思っていたが、光からそこで大人しく待ってろと言われたので、従うしかなかった。


「レイちゃんもヒナやカイの時こんな感じだったのかな?」


「どうだったかな……ああ、確かヒナちゃんの時はいつものように学校帰り寄ったら、診療所の前でめっちゃ剣を素振りしてて何してんの?て聞いたら、もうすぐ子供が生まれるからそれまでに少しでも強くなっておくとか言ってた。カイちゃんの時は知らないや」


「カイの時は真夜中の出産だったからね。しかしヒナの時そんなだったんだ。脳筋なレイちゃんらしいな」


「本当師匠て脳筋だよねー」


 今頃レイトがくしゃみをしているかもしれないくらいトキワと祈は笑い合っていると、命の大きな悲鳴が聞こえてきて黙り込んだ。


「…俺、師匠の事笑う側じゃなかった。なんかジッとしていられない。素振りして来る」


「あははは、脳筋の弟子は脳筋だったわ。行ってらっしゃーい」


 何もしないで待つ事に罪悪感を覚えてきたトキワは診療所を出て外に出ると、両手剣を構えて素振りを始めた。一振り一振り願いを込めて剣を振り上げては下ろす事30分程した所で、診療所が元気な赤子の泣き声が聞こえてきたので、剣をピアスに戻すと、直ぐ様診療所に入った。


「ああ、おめでとうトキワくん、元気な男の子が生まれたよ。ちーも今の所無事だ。処置が残ってるからちょっと待ってて」


 処置室から顔だけ出して桜が告げてしばらくして、産湯で清められ清潔な布に包まれた小さな生命を抱えた光が姿を現した。


「おめでとう、抱っこの仕方は分かる?」


「はい。妹を抱っこした事あるので」


 光は確認をしてから生まれたばかりの孫をそっと差し出した。トキワは息をするのも忘れそうなくらい緊張した様子で我が子を受け取ると、恐ろしい位軽くて小さいのに真っ赤で温かくて、確かに生きているその姿が狂おしいほど愛おしくて胸が熱くなった。


「やーん、おめでとうトキワちゃん!おお、銀髪持ちだ!」


 自分にとって初めての甥っ子を横から覗き込んだ祈は、僅かに生えている銀色に輝く髪の毛に気が付き、指摘した。


「検査するから赤ちゃん渡してもらえるか?あとちーの顔も少しだけ見ていいぞ」


 再び処置室から顔を出した桜に手招きをされて、トキワは処置室に入り我が子を桜に託すと、疲労困憊の命にそっと近づいた。


「ありがとうちーちゃん、お疲れ様」


 本当は抱きしめてキスしたい位の衝動があったが、処置室に入る前に産後の女は手負いの熊だから気安く触れるなと祈から注意を受けていたので、トキワは声を掛けるだけに留めておいた。


「うわ…私死ぬの?」


「へ?」


 出産を終えて初めての夫婦の会話にしては余りにも物騒だったので、トキワは思わず魔の抜けた声を出した。


「天使が迎えに来た…ていうかやっぱ天使てトキワみたいな美形なのね…」


「いや、天使じゃ無いんだけど…」


「でもおあいにく様、私はあと子供を5人は生む予定だから。お迎えはそうね100年後位に来て…」


 育児書に書いてあったがこれが産後ハイなのか、訳の分からない事を口にする命に、トキワは戸惑いを感じた。


「ちーちゃん、自分の夫の顔を忘れたの?」


 触れない方がいいと言われていたが、トキワは命の手を取ると自分の頬に触れさせた。途端に命は顔を歪ませて震わせると、ポロポロと涙をこぼした。


「トキワだ…来てくれたの?でもどうして?」


「何とか代理を立てて来た。ちーちゃん出産お疲れ様、本当にありがとう」


 ようやく本物だと認めた命にトキワは改めて労いと感謝を伝えると、近くにあったタオルで涙を拭ってあげた。そして命が両手を広げたので、体の負担にならないように優しく抱きしめて、新しい家族が増えた事に幸せを感じた。


 


 


 

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