27誕生日にはチェリーパイ3
週末の魔物退治を前日に控えた夜、翌朝が早いためトキワはレイトの住まいに泊まることとなった。
「トキワ、みーちゃんの髪の毛先に乾かしてあげて」
濡れた髪の毛をタオルで巻いた命と実がリビングにやってくる。姉妹仲良く風呂に入ったようだ。レイトの住まいということはつまり命の家でもあるのだ。
ちーちゃんとお風呂に入るなんて羨ましい!
心の中で叫びながら、指示通り実の髪の毛を魔術で優しく乾かす。
上手に乾かせばちーちゃんが喜んでくれる……
落ち葉の一件以来トキワの家庭魔術の基本は、〇〇すれば命が喜ぶ。で制御されている。
「トキワお兄さまありがとう!」
兄弟のいないトキワにとってお兄さま呼びは少しくすぐったいが嬉しさもこみ上げるし、何より実が自分を将来の義兄として認めているような気がして悪い気分はしなかった。
「次は私の番ね。よろしく」
「はーい」
深呼吸を一つしてからトキワは命の髪の毛も、これが日常になればどんなに幸せだろうか…そんな穏やかな気持ちで乾かしていく。
「ありがとう」
「どういたしまして」
髪の毛の艶を保ったままきれいに乾いたようだ。トキワは本能に負けて命の髪の毛を背後から壊れ物を扱うように掴んで匂いを嗅ぎながら口付けた。
「ちょっ!何やってるの!」
「え、いやー……ちゃんと乾いてるか確認しただけだよ?」
下心はあるけれど…そんな事を言えば命の鉄拳が飛んできそうだったので必死に言葉を飲み込んだ。
「ど変態!」
汚い物を見るような目で命に罵倒されて普通なら落ち込むはずなのにどこか嬉しい自分がいて、溺愛もここまで来てしまったかとトキワは自嘲した。
夜も更け、レイトと荷物の最終確認をした後、トキワはリビングで寝袋に入って寝ることになった。緊張はするけど、レイトに頼らずこれまで培った自分の力で戦って、早く命を守れる位強くなりたい…
考えが巡り巡ってなかなか眠れない。明日は早いのにどうしようとトキワが不安になっていると階段から足音が聞こえた。
「ごめん?起こしちゃった?」
二階から降りて来たのは命だった。トキワは首を振って起こされたことを否定した。
「ちーちゃん、どうしたの?」
「みーちゃんがお義兄さんとトキワにお守り作りたいっていうから一緒に作ったの。はいこれ」
命が手渡したのは布でできた小さな小袋だった。触った感じだと中には紙が入っているようだ。
「明日朝早いから渡せないかもしれないから今の内にね」
「ありがとう、実ちゃんにも伝えておいて」
二人のお手製のお守りはトキワを心強くした。これがあれば命を近くに感じられる…そんな気がした。
「ホットミルクでも作ろうか?一緒に飲もう」
眠れないのを察したのか、命は台所へ向かう。しばらくしてホットミルクが入ったマグカップを二つ持って来た。そのうち一つを受け取ると二人でソファに座った。
「ギルドでの魔物退治……私も初めては緊張したよ。自分の生き死にが掛かっているからね。でもまあ今まで自分が頑張って来たことを信じたら乗り越えることが出来た」
命が魔物退治を経験したことがあると言う事実に少し驚きつつも、トキワは自分たちがそういう人間…戦民族だということを思い出す。
「まあ、肩の力を抜いて!お義兄さんがいるんだし!私の時はお義兄さんとお姉ちゃんが一緒だったんだけど心強かったな……あと、憧れた。背中を任せられる関係ってかっこいいよね」
トキワはふと想像した。自分と命もレイト達のように二人で力を合わせて冒険できたらどんなに楽しいか。そのためにも強くなりたい。それがトキワの夢だった。
「ちーちゃんありがとう、お陰でよく眠れそうだよ」
ホットミルクを飲み終えたトキワは命の手を強く握って笑いかけた。
「……ちーちゃん、愛してるよ」
暗がりでもわかるくらい命の頰が赤くなる。これが遺言にならないようにしないと、トキワは肝に命じて眠りにつくことにした。




