269繋ぐ想い13
神殿関係者しか使えない訓練場に武器がぶつかり合う音が忙しなく響いていた。
トキワが風の神子代表になり、主に警備を担当する神官に手合わせを願う様になってから、日に日に参加者が増え、その結果ほぼ毎日訓練場では誰かが手合わせをしては互いの武力を高め合っていた。
神殿の神官達は水鏡族の戦士として手練れが多いというのが村人達の印象だが、長年神殿に使えている中年の神官の中には手練れが存在するが、若い神官は経験不足からか、頼りないと手合わせを通じてトキワは感じた。
恐らく強い水鏡族は冒険者になって稼ぐ方が楽だからだと推測される。現にレイトは神官よりも格段に実力が上なのに、自警団の片手間にギルドの依頼をこなして稼いでいる。彼がいうには自警団の連中は大体それだと話しているのを思い出した。
「新しい候補は見つかりそうですか?」
手合わせを終えて一息ついていると、様子を見に来た紫がタオルを渡してきたのでトキワは受け取り汗を拭った。
「いや…なかなか根性がある奴がいないな」
先代の風の神子が亡くなったのをきっかけに、長年風の神子に仕えて来た老齢の神官3名が引退を申し出た為、トキワは余生は大切な人達と過ごして欲しい、それを先代も望んでいるはずだと快く送り出した。
元々神子が先代とトキワしかいなかったので、担当する神官は全属性の中でも一番少なかったが、流石に3人も減ると厳しいものがあった。
「今うちにいるのが紫さん含め5人…男4人女1人か…将来を見据えると、女の神官が欲しい所だけれど、どう思う?」
「愛人を作るんですか?」
「俺はちーちゃん一筋です。そうじゃなくて旭が神子になった時に同性の神官がいた方がいいのかなって思ったんだ」
トキワは旭を風の神子にする事を諦めていなかった。現在神子ごっこと称して神子の仕事を教えているが、朝夕の礼拝はバッチリ出来るようになっていた。これには両親も息子の執念深さに呆れながらも、4歳になったばかりなのに神子の仕事をこなすうちの娘は天才だと感心していた。
「村の女性に急募を掛けるのはいかがですか?風の神子目当てに若い女の子が沢山集まりますよ!」
「俺を目当てにされても困るんだけど。こんな事なら祈さんか実ちゃんを早くスカウトしておくべきだった」
義姉妹なら戦闘面は申し分ないし、自宅から通勤できる距離で命との連絡係にもなる。そして何よりも色恋沙汰にもならない。トキワは嘆きながらも、今度命を通して打診しようと考えた。
「あとは風の神子のお母様を神官に採用するのはどうですか?」
「それは父さんが寂しくなって死ぬ。せめて母さん位は残してやらないと」
「ははは、旭さんが神子になるのは既定路線なんですね」
「それしか俺が自由になる方法が思いつかないからね」
「もう一つあるじゃないですか禁断の方法が」
紫が言っているのは、トキワが会議で挙げた水晶に証を移して契約している精霊に預けるという方法だった。トキワは苦笑いしながら大きく伸びをした。
「うーん、紫さんの事は信頼しているけれど、それをすると関係が変わってしまう気がするんだ」
「風の神子もそう思いますか。あれは恐らく水晶を手にした瞬間、力に魅入られて理性を失ってしまうのかと思われます。私の望みはこうしてまったり神官勤めをする事なので、証を移した水晶を預かるなんて怖くて出来ませんよ」
「…紫さんて風の精霊の割にはちゃんとしてると思うけど、よく考えたら好き好んで長年神官をするんだから相当な変人だよね」
「えへへ、褒めても何も出ませんよー…あれ、水の神子だ」
訓練場の入り口にミナトを紫が発見したので、トキワは手合わせの相手をしてもらおうと嬉々として近づくと、いつも澄ました顔をしたミナトが少し焦った様子だった。
「トキワくん、君の奥さんが産気づいた!」
「えっ…ちーちゃんが?」
命が産気づいた事よりも何故ミナトがそんな事を知っているのか、トキワは疑問で頭がいっぱいだったが声にならなかった。
「いよいよですね!男の子と女の子とどっちだろう!」
はしゃぐ紫を見て我に返ったトキワは、ミナトに何故知っているのか理由を尋ねると、姪の代わりに秋桜診療所の視察に訪れた際、命にお腹に触れてくれと頼まれて触れたら産気づいたと説明されて、複雑な気持ちになったが、嫉妬している場合じゃないと自らを律してひとまずシャワーを浴びて汗を流してから、風の神子の間で吉報を待つ事にした。
「水の神子が言うには産気づいたのがお昼前ですからもう2時間は経ってますね」
「ねえ紫さん、こんな時どうしたらいいと思う?祭壇で祈祷した方がいいの?ああ、せめてもっと近くにいられたら…」
頭を抱えて嘆いてから、トキワは左耳のピアスに触れながら深刻な顔をしていた。
「例の方法やってみない?俺ちーちゃんと子供のためなら水鏡族辞めていいや」
「風の神子はそれでいいかもしれませんか、私は嫌です!大体そんな事したら奥さんに叱られますよー」
紫はトキワから距離を取ると、首を振り水晶を預かる事を拒否した。
「だってちーちゃんが頑張っているのに手を握るどころか声もかけてあげられないなんて…本当に情けない…ちーちゃん…」
エメラルドグリーンに輝く瑠璃色の星に触れながら、トキワは背中を丸めて自分を責めると、棚の上に飾ってある妻の写真を抱きしめて無事を願った。
「にーに!」
それから3時間程経って、重い空気が漂う中で、天真爛漫な声が風の神子の間に響いた。トキワが顔を上げると、旭が軽い足取りで近づき抱きついて来た。それから間を置かず楓とトキオが姿を現した。
「連れて来てやったぞ…今回だけだからな」
恩着せがましい楓の発言の意味をトキワは瞬時に理解すると、紫に視線を移した。紫は大きく頷いて親指を立てるとゴーサインを出した。




