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267繫ぐ想い11

 妊娠中期に差し掛かり、つわりも落ち着いて来たので、命は週に1回は自宅に帰り掃除をして、診療所の勤務も週に3日ほど無理をしない程度に出勤していた。


「あ、今動いた!」


 今日は体調が良かったので、散歩がてら神殿まで足を伸ばし、トキワに会いに来てソファで身を寄せ合っていると、胎動を感じて声を上げた。トキワは壊れ物を扱う様に妻の少し目立ち始めたお腹を撫でて、耳を寄せた。


「ほら、お父さんだよー」


 大きな夫の手を重ねて命、は優しい声で語りかけた。トキワも元気に生まれてきてねと声をかける。


「お父さんて言ってみたけど生まれた子供には何て呼ばせる?」


「お父さんでいいんじゃないかな?俺ってパパって顔じゃないし」


「実際呼ばれたら合うと思うけど…あ、そうそう名前はどうする?私はトキワにつけて貰いたいんだけど」


 話し合える内に話しておこうと、命は子供の名前について話題を振った。妻の提案にトキワは腕を組んで考える。


「名前かあ…こないだ初めて父さんに俺の名前の由来を聞いたんだけど…トキオの息子だからトキがつく名前にしようって事でトキワだからね…そうなると…男ならトキヤ?」


「うん、紛らわしい名前が増えるだけだね。まあうちの三姉妹も祈、命、実って音の響きが近い名前になってるからよく呼び間違えられるんだけどね」


「そうなると俺達と名前の響きが似てない名前がいいか…好きな言葉とか?」


「好きな言葉か…あんま考えた事ないな」


「思いついたらメモしといて、最終的にはちゃんと俺が決めるからちーちゃんも候補を挙げて協力してくれると助かる」


「分かった。色々考えてみる。もちろんトキワが考えたのが決まっても文句は言わないからね。あ、また動いた。この子もお父さんに決めて欲しいんだって、ねー」


 僅かに主張し始めたお腹を撫でながら、命は同意を求めるように呼びかけた。すっかり母親の顔になってきた妻の姿に自分も父親らしくなりたいと願い、後で図書館で育児書を借りようと計画した。


「お産は桜先生にお願いするんだっけ?」


「うん、お姉ちゃんもそうだったし。桜先生赤ちゃん取り上げるの上手だから安心して」


「ちーちゃんも桜先生が取り上げたの?」


「いやいやいやー私が生まれた時桜先生まだ10代だし医者になってないよ?お姉ちゃんと私とみーちゃんはお父さんが取り上げたんだよ」


「へえ、だから余計に愛情たっぷりだったんだね」


 トキワは子供の頃命と結婚すると言ったら、シュウに悲しみで震えられたのを思い出して、こっそり笑った。


「…これは俺のわがままなんだけど、赤ちゃんが生まれたら俺が抱っこするまで絶対に俺以外の男…特に師匠だけには抱っこさせないで」


 出産に立ち会うのは最初から諦めていたが、自分がいない出産現場で子供が生まれたら、抱っこするのは誰かと考えたところ、母親になる命は勿論、取り上げる桜、あとは光、祈、実は仕方ないだろう。しかしレイトだけは嫌だった。


「だってさ、生まれてきたら俺よりずっとお父さんみたいな存在になりそうじゃん。それだけは嫌だ」


「確かに…ヒナちゃん達につられてパパって呼びそうだね」


「そうなったらかなりへこむ…」


 以前は子供はいらないと言っていたトキワがここまで子供の事でムキになる姿を見ると、お腹に宿る子はちゃんと父親に愛されて望まれて生まれてくるのだと実感できて、命は胸が温かくなった。


「分かった。お義兄さんに伝えておく。後はイブキ君とか?」


「そいつも!あと悩みどころなのがヒナちゃんと父さんなんだよね。ヒナちゃんは子供だから許すべきなのか、父さんは初孫だから許すべきなのか…うーん」


「生まれるまでまだ時間があるんだし相談してみたら?」


「だね、今度の休みに母さんと旭とで遊びに来るらしいからその時にでもお願いしよう」


 あとは何を話そうかトキワが考えていると、命からの熱っぽい視線を感じたので、肩に手を添えて覗き込むように顔を近づけて口付けようとしたが、以前吐き気を催された事を思い出して寸前で固まってしまった。


「もしかして私が母親になったらそういうのしたくなくなった?」


「違っ…!全然そんなんじゃないから!」


 俯いてしょんぼりと肩を落とす命にトキワは慌てて弁解した。


「ほら、前にキスした時ちーちゃんが具合悪くなったからしちゃダメかなって我慢しただけで、本当はガンガンしたい!ちーちゃんとの事は毎晩思い出してるから!」


 必死な様子のトキワに命は抱き着いて厚い胸板に顔を埋めた。


「つわりが落ち着いたからもう大丈夫…あとその…もうちょっとしたら激しいのは無理だけどする事も出来るから…トキワが望むなら私頑張るよ」


 まるで縋るように広い背中を引っ掻きそうな勢いでしがみついてくる妻の姿に、妊娠中で不安なのに更に不安にさせてしまったと反省して、優しく背中を撫で回した。


「不安にさせてごめんね。えっと…」


 この気持ちをどう伝えればいいかトキワは悩みつつ、少し照れ臭いと思いながらも命の耳元にそっと唇を寄せた。


「命は何があっても俺の女だよ」


 精一杯の口説き文句に対して、無反応の命にトキワは顔を赤くしながらも、心配になって妻の顔を見るとツンとした赤い瞳が涙で揺れていた。


「これから私体型とかかなり崩れちゃうよ…?」


 子供を授かったのは嬉しいけれど、日々変わりゆく自分の姿に命は不安でいっぱいだった。こんな姿ではトキワに嫌われてしまうしれないとさえ思っていた。


「それはそれで唆るかなーなんて。もちろん相手がちーちゃんだからだよ」


 妻を納得させるようにトキワは今にも泣き出しそうに震えている唇をじっくり味わうように口付けた。久しぶりのキスにうっとりしながら離した唇をもう一度近付ける。それを繰り返していると、時計のベルがけたたましく鳴り出した。命に暗くなる前に安全に帰ってもらう為にと、事前に仕掛けていたものだ。


「ちぇっ、時間か。ちーちゃん、やっぱりちーちゃんと赤ちゃんの体が大事だからしばらくは我慢するけれど、キスだけはたくさんしよう?今度は時間いっぱいたっぷりとね」


 時計を乱暴に叩き仕掛けを解除してから、トキワはもう一度命にキスをして、慈しむように髪を指に絡ませた。


「大好きだよちーちゃん」


 夫からのいつもの愛の言葉に命は安堵すると私もと穏やかに微笑んだ。



 

 

 

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