266繫ぐ想い10
「神子はもっと村人と近い関係であるべきです」
静粛な精霊の間で、トキワの主張が響き渡った。各属性の神子と、その側近の神官達はその主張に眉根を寄せる者や、呆気に取られたり、面白そうに口角を上げる者もいた。
「そもそも神子は人間で精霊ではありません。人として人と接するのは、大事なことですし、もっと自由であるべきだと思います」
トキワは兼ねてから先代の風の神子と、どうすれば神子が神殿の外に出られるようになるか、議論を重ねていた。歴代の神子達の生活や、神殿の外に出た事例を図書館の資料をあさり調べ上げていた。
すると、神子が神殿から出られないという現象に矛盾や疑問が見つかり、それを指摘すれば、神子は神殿の外の世界を見る事が出来るのではないかと考えたのだ。
「なるほど、それで具体的に何をどうしたいというのかしら?」
発言権が強い光の神子が問い掛けてきたので、トキワは隣にいる紫に視線を移して、頷いたのを確認すると、先代との計画を口にする事にした。
「まず、代表以外の神子は現在精霊と契約をしていないので、神殿の外に出られるはずです。現に私は精霊と契約する前は自由に神殿の出入りが出来ました。なので、代表以外の神子が行動を制限されるのはおかしいと思います」
言われてみれば、トキワはつい数ヶ月前まで風の神子代行として神殿の外で暮らしながら、神子の仕事をこなしていた。神子の殆どが神殿で生まれ育っているので考えた事が無かった者が殆どで、トキワの主張に意表を突かれていた。
「なので、代表でない神子達には実験的に神殿の外に出て、村の様子を視察して頂きたい。そして水鏡族の村がどんな所か知って欲しいと思います」
「視察なら神官達で事足りているじゃない?彼らが無能とでも言いたいの?」
揚げ足を取りに来る光の神子にトキワは顔をしかめながらも、負けじと拳を強く握り、主張を続ける。
「確かに神官達はとても優秀ですし、いつも助けられています。ただ、神子達には己の知識や価値観を持って実際に見聞きする必要があります。大体報告書でしか知らない村をどうやって愛せというのですか?神殿に来る村人達は好意的な人々が殆どだから気付かないでしょうけど、神殿に反感を持っている村人は存在します」
一気に捲し立てたので、喉が渇いたトキワは椅子に座り、用意されていた水を一気に飲み干すと、大きく息を吐いた。
「反感を持っている村人とはどんな方ですか?」
暦が手を挙げて質問を投げ掛けてきたので、トキワは咳をしてから立ち上がる。
「最近だと、先代の風の神子が危篤の時に風が吹かず猛暑に悩まされていた村人が、私の家の窓ガラスを割ったり、私の妻に暴力を振るい、自警団に逮捕されました」
それは思い出すだけで怒りで叫びたくなる出来事だった。この話には神子と神官達も動揺して、ざわついていた。
「自警団が話を聞いた所、その村人は農民で猛暑の影響で作物が枯れて、飼っていた牛も暑さで死んでしまい、生活が苦しくなり、神殿を頼った所、食料や生活用品の提供と被害にあった証拠の提出と引き換えに、見舞金として1ヶ月分の生活費を渡すと言われて、カッとなってやったそうです」
「やだ、それってただの逆恨みじゃないの。神殿側に非は無いわ」
雀が率直な意見を述べると、周囲も同意するように頷く。
「確かにそうです。逆恨みもいい所です。ただ神殿側も農作物の被害を書類上でだけ判断して、金銭の援助だけで済まそうとした所に非があります。もし作物被害の援助の決定権がある土の神子が現地の被害状況を視察していれば、もっと心のある迅速な対応が出来たはずです」
「つまり反感を持つ者の声も聞いて、我々神子が村人と密接に関わる事で、更なる村の発展が望めるというわけか」
理解を示すミナトにトキワは頷いた。
「風の神子の話を聞く限りやってみる価値はあるわね。神殿の外に出て、村を良く知る事は神子にとって有意義な事だわ」
光の神子が乗ってきたので、トキワは思わず笑みを漏らした。彼女より発言力が強い神子はいないので、作戦決定は確実だった。
「では早速…次席以降の神子達の中で神殿の外に出てみたい者はいますか?」
光の神子が希望者を募ると、誰一人名乗り出る者はいなかった。神殿に反感を持つ者が存在するというデメリットが強すぎたかと、トキワは深く反省した。
「はーい、俺神殿の外に出てみたいでーす!」
誰もが黙り込んで静寂が漂う精霊の間に、緊張感の無い少年の声が響いた。声の主は先代の土の神子代表である要の弟で、現土の神子代表のアラタだった。歳は14歳でカッコつけたい年頃なのか、短い灰色の髪を立髪のように固めていた。
「土の神子、あなたは精霊と契約しているのだから神殿の外には出れないのよ?風の神子の話を聞いてなかったの?」
霰が咎めると、アラタは指を振ってから、トキワを見て、年相応の少年の笑顔でニンマリとした。
「風の神子はまず代表以外の神子を神殿の外に出そうと提案したってことは、代表が出られる方法も考えているんでしょう?」
アラタの指摘にどよめきが起きた。そんなの無理だ。前列が無いなどと、神官達から不信な声が上がる中で、トキワはアラタに対して、なかなか食えない奴だと腹の中で苦笑した。
「土の神子の言う通りです。神殿の図書館に所蔵されています『神子の歴史(中巻)』によりますと341年前、精霊と契約していた水の神子代表が一時的に証を次席に託して、神殿の外に出て村の水害を救い、再び次席から証を受け取ったという記述があります」
紫は記載されている分厚くて、誰も読まなさそうな古い歴史書を手渡してきたので、トキワは証拠だと言わんばかりにそれを掲げた。
「ようは証は何度でも受け渡しが出来るって事ですね」
「そういう事です。他にも事例があるので、まとめておきました。気になる方は、会議の後私の補佐に写しを貰ってください」
「じゃ、早速やってみまーす。だってさ、俺が実際に被害に遭った畑を視察したら、みんな喜んでくれるしさ、早期解決に繋がってウィンウィンですし!」
まさか土の神子代表であるアラタが実践してくれるとは思わなかったトキワは頼もしさを覚え、やはり若者の方が飲み込みが早いと感じた。
「だったら唯一無二の存在である私や闇の神子、そして次席も代行もいないあなたはどうやって神殿の外に出られるのかしら?」
これで話がまとまると思いきや、光の神子は自分とサクヤ、そしてトキワについて指摘した。
「その件につきましては、同じく神殿の図書館に所蔵されている『光と闇の神子の奇跡』によると、512年前の光の神子が自らの水晶に証を移して、契約した精霊に預かって貰い、旅行したという記述があります」
「でもその本には続きがあるわよね?」
どうやら光の神子はこの資料を読んだことがあるようだ。トキワは恨めしそうに光の神子を見てから、目を伏せた。
「…精霊は光の神子の水晶を取り込み精霊界へと帰り、水晶を失った光の神子は魔力を失い、ただの人間になってしまい、神殿から追い出されて村を出て行き、その後消息不明になりました」
「つまりその方法はリスクが大きくて、神子の身分どころか水鏡族を辞める覚悟が必要というわけね」
「…そうなります」
「あら折角夫の家に遊びに行けると思ったのに…残念だわ」
皮肉たっぷりに光の神子が笑ったので、トキワは我が祖母ながら憎たらしいと、忌々しげに歯を食いしばった所で会議は終了した。




