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265繫ぐ想い9

 つわりがなかなか治らない命は実家の世話になっていた。主に吐き気と眠気が酷く、診療所での仕事もままならない。長いこと休んでいる事に引け目を感じていると、桜から今は子供の事だけを考えろと叱責された。


 今日もベッドに横になり、昼過ぎまで眠り続けてしまった。こんなに時間があるのだから、読書や生まれてくる子供の為に産着などを作りたいと思っているが、それも叶わないので、つわりが落ち着いたらやりたい事をノートに書くだけに留めておいた。


「はーい!ちーちゃんご機嫌いかが?」


 リビングのソファでレモン水を飲んで水分補給をしていたら、祈とカイリが様子を見に来た。つわりの経験者である姉の訪問は命にとってありがたいし、息抜きになっていた。


「オレンジゼリー作ったんだけど食べれそう?」


「うん、食べてみる」


 とにかく食べれる物を増やしたい命は吐きつわりを恐れず挑戦する事にしている。幸い祈が用意する物は食べれる物が多かった。


 早速祈は台所に向かうと、可愛い妹の為にゼリーを皿に盛り付けて、ついでにりんごもカットしてあげた。


「食べさせてあげようか?」


「いいよ。カイちゃんだって自分で食べられるんだから。ね?」


 冗談を言う祈に命はクスクスと笑いながら、スプーンでオレンジゼリーを掬って口に運んだ。鼻に抜けるオレンジの香りに癒されて、すっきりとしたゼリーの口当たりが心地よかった。


「美味しい。お姉ちゃんありがとう」


「よかったー。バンバン食べてね!」


 祈は無事命が食事を取れた事にホッとしていた。命はりんごも完食して腹を満たすと、体が楽になった気がした。


「あともう少ししたら、つわりも落ち着くはずだよ。頑張ってね」


「はあ、つわりが落ち着いたら、もう少しトキワに会いに行けるかな?」


 命の気掛かりは別居生活を余儀無くされている、夫の事だった。何かと3年間会えなかった事もあるのだからと強がっているが、相当寂しい思いをさせているのは確かだった。


「いつでもレイちゃんを使って。荷車で運んでくれるから」


 命が妊娠をした事をトキワに直接伝えたいというこだわりを持ってしまったのが裏目となり、散々不安にさせてしまい、遂には万病に効くという一角獣の薬を紫に持たせて来たので、最早隠しておけないと命が意を決して神殿に行こうと、這いつくばりながら家を出ようとしたので、騒ぎとなり、祈が荷車に乗せて連れて行こうと提案して、実行となった。


 祈は外で子供達と遊んでいた夫を呼びつけて、命を神殿まで運ぶ様にとお願いすると、レイトは快く引き受けてくれた。


 そして子供達を光と実に託し、荷車にクッションを敷き詰めて、命を乗せて冷えない様に毛布を被せて、振動を抑える魔術を荷車に掛けてから、慎重に神殿まで運んで行った。


「さながら子牛を売りに行く様だったわ」


「失礼な」


「フフフ、でもあの時行ってよかったね。あれ?トキワちゃんもつわりかしらーなんて思った位やつれてたし」


「そうだね、本当にお姉ちゃんとお義兄さんには感謝してるよ」


 思えば、いつも困ったときには祈とレイトが手を差し伸べてくれていた。命は改めて2人に感謝と尊敬の念を感じた。


「それにしてもちーちゃんとトキワちゃんに子供ね…ヒナとカイにいとこが出来るわけだ。はあ、楽しみ!どちらが生まれても嬉しいけど、欲を言えば女の子がいいなー!」


「女の子いいよね。可愛い服たくさん着せちゃう!トキワが絶対メロメロになりそう!」


 義父であるトキオが子煩悩だから、トキワもきっと同じタイプだと命は想像して、顔をにやけさせた。


「分かる!デロデロの甘々になってそう!でも男の子だったら嫉妬してそう!ちーちゃんが赤ちゃんばっかに構ってたら拗ねてちゃったりしてさ」


「あはは、ありえる!お義兄さんもそうだったの?」


「ううん、レイちゃんて実家が大家族だったからか構ってもらえないのが普通で慣れてたのか、嫉妬とかなかった。寧ろ私がヒナとカイに嫉妬したかな。あーあ、あと何年かしたら、男達だけで仲良くつるみ始めるんだろうなー」


「その時はもう1人生めば?」


「えー、もうやめとく。私もそろそろ働く予定だし。近々レイちゃんと同じ自警団に雇ってもらうの。私は戦闘しか取り柄がないからね」


 三姉妹で1番戦闘能力が高い祈らしい選択に命は納得すると、ヒナタとカイリの為にも無茶をしないようにと釘を刺した。


 祈とお喋りをして、気が紛れた命は2人が帰った後自室の机に向かい、実に借りて来てもらった赤子向けの服の作り方が書いてある本を広げて、型紙を薄い紙に写した。生地は白いガーゼを明日港町に出掛ける予定の実達に買って来てもらうつもりだ。


 実は学校を卒業すると、西の集落の喫茶店のウエイトレスになった。制服が可愛いから憧れていたらしい。明日は定休日なので、休みを合わせたイブキとデートらしい。


 ちなみにイブキは家業の酪農を手伝っているが、いずれは実と結婚して彼女の実家で暮らすらしく、その為に現在、西の集落で仕事を探しているようだ。


 末っ子の実がお嫁に行けば、近所に桜や祈達がいるにせよ、光が1人になることを命は少し心配していたので、イブキの婿入りは大歓迎だった。


 少し頑張りすぎたのか、吐き気がしたので、命は作業を中断してベッドで横になると、布団を被り体を温めた。すると、眠気に誘われたのでそのまま目を閉じて休む事にした。


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