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262繋ぐ想い6

 トキワが風の神子を継いでから2日後、先代の風の神子は天国へと旅立った。神殿入口前に設置された献花代には多くの村人が弔問に訪れて死を嘆いた。

 彼には家族がいなかった為、葬儀にはトキワと紫、風の神子直属の神官達、そして遺言に従い命も呼ばれて一同で悲しみ弔う事となった。

 先代の死顔はとても穏やかで悼む者達を安堵させ、そして悲しみ胸を締め付けさせた。


「どうしたの?その頭」


 頭に包帯を巻いた命の姿に弔問に訪れた光の神子が驚くと、急ぎ治癒魔術を施した。村人に頭を殴られて怪我をした件については穏便に済ませたので、神殿まで話が回って来なかった様だったので、命は心の中で安堵した。


「…北の集落のソウヤ46歳、農民か。あとで始末しましょうね」


 精霊から情報を得たのか、光の神子は命を襲った犯人を割り出して、ボソリと低い声で呟いた。


「だ、大丈夫ですから!あれです、大人しく自首して反省してるみたいだし治療費と窓ガラスの弁償代ももらう事になっています!」


「へえ、ちーちゃんを傷つけた奴とガラス割った奴って同一犯だったんだ」


 続いてトキワまで仄暗い笑顔を浮かべたので、命は慌てて余計な事はするなと注意した。


 深夜になり、命はトキワと仮眠を取る事になった。いずれ風の神子の間で生活する事になるらしいが、先代の遺品の整理や改修工事を行うらしく、当分の間は今まで通りの部屋で暮らすとトキワが説明する内に部屋に辿り着き、中に入るなり命はベッドに押し倒され胸に顔を埋められた。きっと先代との別れや、風の神子としての重責、何よりもう命と一緒に暮らせない悲しみでトキワの心はズタボロなのだろうと命は憐み、トキワの頭を何度も優しく撫でた。


「自分だけ都合のいい事いうけどさ…ちーちゃんは俺より先に死なないでね」


 もしも自分が先に死んだら、トキワは先代のように亡き妻も毎日想う人生を歩むのは目に見えていたので、命は何度も頷いた。


「任せて。私、ひ孫が30人出来るまで生きるから!」


「それは頼もしいや…でも辛い時は辛いって頼りないかもしれないけど俺に言ってね。今日だって1人から元気だし」


「…バレてた?」


「まあ長い事ちーちゃんを見てきてたら分かるよ。周りが大変だとしっかりしようとする悪い癖…」


 トキワは起き上がると、命を向かい合うような形で膝に乗せてギュッと強く抱きしめた。


「ちーちゃんに元気もらったから次は俺が元気付ける番。好きなだけ泣いていいよ」


 優しく降り注ぐトキワの声に命は一瞬甘えそうになるが、トキワこそから元気だと震えた語尾で気付き、抱きしめ返すと、トキワの薄い唇に短く口付けてから笑って見せた。


「一緒に泣こう?」


 命の誘いにトキワは一緒に泣くという選択肢は思いつかなかったので、眼から鱗が落ちた。


「うん、そうしようか」


 そして泣く事を受け入れた途端にしゃくり上げて泣き始めた命の涙を指で掬ってから、トキワも先代を悼み静かに涙を流した。


 お互い泣きたいだけ泣いて、別居婚からまだ2日しか経っていないのに寂しいとか、先代の風の神子との思い出などを涙混じりに話してから少しだけ眠って、夫婦で翌日の葬儀へと臨んだ。




 翌日、葬儀を執り行うのはてっきり光の神子だと命は思っていたが、時間になると隣にいたトキワがスッと祭壇に移動して恭しくお辞儀をすると、古代語で故人である先代の風の神子に祈りを捧げた。


「これも先代の遺言です。風の神子は随分前から勉強と練習をしてたんですよ」


 隣にいた紫が事情を説明してくれた。恐らく先代はトキワに神子として様々な活躍をする事を望んだようだ。


 つつがなく葬儀は終わり、4人の神官が棺を持つと、葬儀に参列出来なかった他の神殿関係者達と共に最後のお別れに来て、神殿最深部の地底湖へと向かった。

 長年神殿にいた先代の風の神子は気さくで飄々とした人柄からか、多くの人々に愛されていたようだ。あのクールビューティーとして名高い氷の神子の霰も涙を浮かべて隣にいた雷の神子の雀と抱き合い泣いていた。


 命はふと隣にいたトキワを見ると、青い顔で地底湖を見据え、悲しみというより恐怖を感じていた表情だった。そういえば以前魔王の呪いにかかった時に見た悪夢でこの地底湖に身を投げて自害したと話していた事を思い出して、命はトキワの腕にしがみ付いて大丈夫だからと目で訴えた。腕から伝わる命の温もりからこれは魔王の悪夢では無い、愛する妻はここにいると、トキワは現実に戻る事が出来て、しっかりと頷くと命の髪をそっと撫でて微笑した。


 先代の風の神子が眠る棺は神官達の手によって地底湖の奥底へと沈んでいった。あと何回こうやって大切な人達を見送るのだろうか。命はぼんやりと考えながら、先代が無事愛する亡き妻と天国で再会できるように心から願うのであった。


 葬儀を終えたトキワは別れを惜しむ間もなく1ヶ月後に行う予定の風の神子後継のお披露目の準備に追われた。2年ほど前に要の後を継いだ土の神子のお披露目が行われたので、手順や準備を覚えている者が多いので苦労はしないだろうとトキワは楽観視していたが、衣装を一新する必要がある為、採寸やデザイン会議が必要だったり、立ち振る舞いやスピーチの作成と練習などやる事は山のようにあった。


「じゃあ私、お昼の診察時間に間に合いそうだから帰るね」


 仕事の邪魔をしてはいけないと命が帰ろうとすると、トキワが愕然とした表情を浮かべたので声を出して笑いながら子供をあやす様に抱きしめて背中を撫でた。


「今度のお休みに会いに行くから」


「それって何日後?」


「えーと…2日後」


「待てない。休前日に泊まりに来て。手続きしておくから」


「はいはい。じゃあ行くねバイバイ」


 努めて明るく微笑んでから、命はトキワに背を向けると早歩きで離れて神殿から出て行った。


 

 

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