261繋ぐ想い5
ここまで来たらもう後戻りは出来ない。
神殿に入ったトキワはいつものように朝の精霊礼拝の儀を執り行った。風の精霊達は風の神子の寿命が近い事を嘆きながらも、トキワが後を継ぐ事を歓迎してくれた。
「じいちゃん、俺じいちゃんの後を継ぐよ。だから証をちょうだい」
もはや息をしているのもやっとの状態である風の神子を前に跪いて手を取ると、トキワは決意表明をした。
神子になる条件は魔力が多い事も必須だが、代表になるには更に精霊と契約を交わす必要がある。
契約した神子は精霊達の上の存在である精霊王と対話が出来る様になるのが利点だ。しかしその代償として、神殿の敷地外に出ようとすると、見えない壁に弾かれて出れなくなるのだった。
契約する方法は様々あるが、トキワは現在風の神子が契約している精霊をそのまま引き継ぐ形を取りたいので、契約の譲渡を希望した。
しかし直ぐに応じると思っていたが、風の神子は急に必死に死ぬまいと歯を食い縛り、苦悶の表情を浮かべ、力なく指を動かすと、風を操り、無理矢理呼吸をし始めた。
「やめろよ!もう頑張らなくていいからっ…!」
ここまで風の神子を追い詰め、生にしがみつかせた事をトキワは悔いて、悲痛に声を上げた。
「大丈夫だよ。こんな事で俺とちーちゃんは負けないし、絶対今以上に幸せになるから…!」
この世への未練を払うようにトキワは力強く笑って見せた。そしてしわくちゃになっている風の神子の頬にそっと触れた。
「そんな酷い顔してたら、奥さんと天国で再会してもフラれちゃうよ?ただでさえ老け込んで分かりにくいんだから、いつもの優しい顔でいなきゃ」
次にトキワは天国で待つ、風の神子の亡き妻について言及した。なにも心配せずに会いに行って欲しい。そんな願いを込めた。
「風の神子の務めも次代が見つかるまではちゃんとやるよ。原稿に頼らなくても、上品に話せるようにする。立ち振る舞いだって、村人の前では神子らしくするよ」
次第に風の神子は表情を和らげていった。トキワの決意を認め始めたようだ。
「あとは…そうだね、紫さん達の事も任せて。みんないい人達だから、割と仲良くやれると思うよ」
最後に直属の部下である紫を始めとする、神官達の事を話すと、風の神子は小さく頷いて震えながら、トキワの胸板に触れると、風と共に柔らかい光に包まれた。風と光が止んで、胸に熱いものを感じたトキワは服を脱いで確認すると、胸に紋章が刻まれていた。これが精霊との契約の証だ。
この瞬間を以って、トキワは風の神子代表となり、神殿の敷地外に出る事は叶わなくなった。
「ありがとうじいちゃん、俺頑張るから…あとは任せて。ばあちゃんに報告してくる」
先代となった風の神子の手を強く握り、感謝してから、トキワは立ち上がり、風の神子の間を出ようとすると、紫がトキワに跪いて頭を下げた。
「風の神子の後継おめでとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いします」
「そんなかしこまらないでよ。俺たち契約関係にあるんだから対等なんでしょ?」
トキワの言葉に紫は苦笑すると、全身に風を纏わせて姿を変えた。真っ白な肌に尖った耳、薄緑色の髪の毛にエメラルドグリーンの瞳をしたその姿は、絵本や絵画で語られる精霊そのものだった。
「まあそうなんですけど、私神官の仕事が気に入ってるんで、引き続き風の神子のお世話をしますね」
ニコリと笑い、紫はまた風を纏わせて、灰色の髪で赤い目をした水鏡族に扮した。じつは紫は代々風の神子と契約してきた精霊だった。トキワが知ったのは割と早く、12歳の頃、風の神子から魔術を習い始めた時だった。
「でも紫さんが精霊だって知ったら、ちーちゃん驚くだろうな。教えてもいい?」
「構いませんよ。契約者の妻なら身内同然ですから。ただそんなに驚かないと思いますよ」
「そうかな?俺にはちーちゃんが『うそーっ!』って驚く顔が浮かぶけど?」
命の声色を真似しながら、一つ笑うトキワに、紫は首を振る。
「だって風の神子のお爺様は元炎の精霊なんですから、私の存在なんて二番煎じですよ」
以前、先代の風の神子と光の神子がお茶をしていた時に、命がトキワの祖父である烈火が、元炎の精霊だと知った時の現実逃避ぶりが可愛かったと、光の神子が話していた事を紫は思い出して発言した。
「いや待って、木こりのじいちゃんて、炎の精霊だったの?」
烈火が元精霊だと知らなかったトキワは、戸惑いを隠せず、目を丸くしていた。紫もまさか知らされていなかったのかと動揺した。
「どうりで真っ赤な髪の色してたんだ。遠い外国の人かと思ってた。ああ、だから母さんと暦ちゃんは炎属性なのか」
当事者の中では既知の事をトキワは今更驚き、納得していた。
「報告ついでにばあちゃんに聞いてみる。じゃあじいちゃんをよろしく」
先代の風の神子を紫に任せて、トキワは改めて光の神子への報告へと向かった。
「…大丈夫ですよ、フウガ。風の神子の事は私に任せてください」
ベッドの傍らに立って紫が言うと、先代の風の神子は口をゆっくり動かして「ありがとう」と感謝した。




