26誕生日にはチェリーパイ2
「もうすぐ誕生日だな、何か欲しいものはあるか?」
患者のいない桜の診察室で命が読書をしていると、桜が誕生日プレゼントのリクエストをしてくれた。
「欲しいものか……無難に服かな?また丈が短くなって見苦しくなってきたのがちらほらあるし」
「お前の成長は止まる事を知らないな」
早熟だからそろそろ身長も伸びなくなる、命もそう思っていたが、ここ三ヶ月で三cmは伸びてしまった。このままだと母親の身長を超すのも時間の問題だろう。
「じゃあ今度の休みにでも買い物に行こうか」
「わーい、先生愛してる!」
次の休みの楽しみができたと命は気分が良くなった。最近は雪のせいで遠出をする機会が減っていたから尚更のことだ。命は鼻歌まじりに読書を再開する。
「ちーちゃん!」
本を一冊読み終えようとした頃、診察室にトキワがやってきた。第一声からして命に用がありそうだ。
「久しぶりー元気だった?」
「うん!ちーちゃんも元気そうだね。今日も可愛いね」
えへへと惚気ながら命の向かい側に座る。
「ねえ、ちーちゃん聞きたいことがあるんだけど」
両腕で頬杖をついて久方ぶりの逢瀬を喜びつつトキワは宝石の様に煌めく赤い瞳で命を見つめる。またこいつは何を企んでいるんだと警戒してる想い人の表情が彼の心を踊らせる。
「ご趣味は何ですか?」
「はあ?」
まるでお見合いのような質問に命は気の抜けた声が出る。その傍らでお茶を飲んでいた桜がむせる。
「趣味て…えー?何だろ?先生なんだと思う?」
むせている桜の背中を撫でながら命は尋ねる。
「私に聞くなよ…読書でいいんじゃないか?今読んでるし」
「そっかー、じゃあ読書を少々?」
「どんな本を読んでますか?」
「え、いや普通の小説かなー……そちらの趣味は?」
命は年相応に恋愛小説を好んで読んでいて、友達と貸し借りをしながら楽しんでいた。だがそれをトキワに知られるのは恥ずかしいと思って逆に質問をして誤魔化す。
「えーと……走ることを少々」
「ぷはっ!少々って…そんなレベルじゃないでしょ?毎日二十km走ってるくせに」
けらけら笑う命の声が心地良くてトキワは幸せに目を細める。先程の疑う様な目も可愛いが、やはり笑顔が一番だと心が温かくなったし、それを引き出したのが自分だという事実が嬉しかった。
「うはは、ていうかどうしたのいきなり。趣味とか…」
笑い続ける命に対してトキワは神妙な顔付きになる。
「ちーちゃんのこと、愛してるだけじゃなくもっと知りたいと思って。俺ちーちゃんのこと全然知らないからさ……」
一体誰の入れ知恵なのか、トキワの重たい愛に命は顔を熱くしながら原因を考察した。少なくともムードのかけらが無いといつも妻からぼやかれている義兄ではないと思ったので、愛妻家らしい彼の父親だと考察した。
「トキワー休憩終わりなー」
レイトが休憩の終わりを告げに診察室にやってくる。トキワはあからさまに落胆する。
「えーもう!?俺に構わず祈さんの側にいていいんですよ?」
現在祈は第一子を妊娠中だ。そのためレイトは出来る限り祈の様子を伺うようにしていた。
「いや寝てたからそっとしておこうと思って。そうとなったら今の内にお前をちゃんと育てて一人で行き来できるようにしないとな。じゃなきゃ破門だな」
「そんなあー」
子供が生まれたらレイトも子育てに参加するため今までのようにトキワの送り迎えをする時間の余裕が無くなる。
家から診療所までの道中は日頃から自警団がパトロールをしているし、魔物に遭遇しても大体の大人が手練れで倒すので、そこまで危険ではない。だが、もしもの時を考えたら、子供一人だけで行き来するのは不安が残るのだ。
「最近は道中出て来た魔物はお前に全部倒させてるからこのまま行けば大丈夫だろ。念に念を押すがな。まあ頑張れ!」
「頑張ります!ちーちゃんと生き別れにならないためにも!じゃあちーちゃん行ってくるね!」
「行ってらっしゃい」
仰々しい奴めと思いつつ命は手をひらひらと振って見送ると、大きくため息をついた。
「私もおばさんか…」




