259繋ぐ想い3
夕方になり礼拝の儀を済ませたら家に帰ろうという話になった所、命と旭はトキワから儀式を見学するようにと言われた。
「神子以外がいてもいいの?」
「ちーちゃんも旭も魔力の量は神子の条件を満たしているし、風の精霊達も大歓迎だってさ」
儀式が始まる前から風の神子の間の奥に設置されている祭壇には、室内にも関わらず風が吹いていた。これが精霊の様だ。
「もし風の神子代行が死んだら命さんに風の神子をお任せすることになるので、慣れておいて損は無いですよ!」
笑顔で不吉な事を話す紫に、命は苦笑しながらトキワを見た。白を基調とした神秘的な衣装と相まってその姿はさながら精霊のようだった。勿論精霊自体を視認した事はないが、絵本に登場する精霊は大体こんな感じだった。
「にーにきれー!」
幼い旭にも普段と違う兄の姿は美しく見えた様で、目をキラキラと輝かせていた。命ももし自分がトキワの妹だったら、旭と同じように目を輝かせて更には夢中になり絶対ブラコンになっている自信があった。
トキワが指を組み目を伏せて、何やら不思議な言葉を唱え始めた。小声で紫が古代語で感謝の言葉を伝えていると補足を入れた。呪文が終わると、ヒュウヒュウと風が歌うように音を立ててトキワの周りに柔らかく吹き始めた。
「今風の神子代行は精霊達の声に耳を傾けている所です。精霊達の情報のお陰で災害が起こりそうな場所を早期発見出来ます」
なるほどそうなるとやはり精霊と会話が出来る神子の存在は村にとってありがたい存在だと、命は改めて精霊と神子に感謝と尊敬の気持ちを持った。旭は精霊と対話するトキワに思わず駆け寄った。
「旭もおはなしする!」
「そうか、旭も精霊の声が聞こえたんだね」
嬉しそうに表情を明るくしてトキワは旭を抱き上げると兄妹で仲良く風の精霊の話を聞いた。その様子がブロマイドになったら家宝にしたいくらい命には美しくて尊い姿だった。
礼拝が終わり、命とトキワは旭と共に自宅へと帰った。夕飯は神殿の食堂で済ませたので、あとは風呂に入って寝るだけだった。
「それじゃ旭ちゃん、ねーねと一緒にお風呂に入ろうね」
脱衣所に着替えを用意してから、命は旭を風呂に入れる事にした。
「にーにもいっしょがいい!」
「え…と、にーには忙しいから一緒に入れないの」
「やーだー!みんなではいるの!」
恐らく旭は日頃両親と一緒にお風呂に入っているから当然の要求だと思っているようだ。命は戸惑いを感じて、トキワに助けを求めるように視線を向けたが、妹を慈しむように頭を撫でて穏やかに笑った。
「じゃあ一緒に入ろう」
「やったー!」
トキワが了承して希望が叶った旭は嬉しそうに小踊りをした。そんなに可愛く喜ばれたら嫌だとは命は言えなかった。
「ごめんねちーちゃん、旭のためにも俺の実家の流儀に合わせてくれる?大丈夫、旭がいるから変な事はしないよ」
「…ちなみにトキワは旭ちゃんとお風呂入った事あるの?」
「あるわけない。旭と入るという事は父さんと母さんとも入らなきゃいけないんだよ?狭いしそもそも今更両親と風呂に入るとか地獄だよ」
尤もな意見をしてから、トキワは自分の着替えを取ってくると2階に上がって行った。命は脱衣所で水着に着替えて旭の服を脱がせたが、旭から裸にならないと風呂に入ってはダメだと注意されて、泣く泣く水着を脱いで風呂に臨む事になってしまった。
風呂から上がり髪の毛を乾かしてから、3人は寝室へと向かった。時間を旭に合わせるためいつもより早めの就寝だ。風呂に引き続き旭は寝るのも一緒がいいと言うので、クィーンサイズのベッドに旭を真ん中にして川の字で寝る。水鏡族の子供は基本変現の儀を境に1人で寝る事になるが、旭はまだ3歳なので仕方ない事ではあった。寝る前の絵本の読み聞かせをトキワが行うと、絵本を読み終える頃には旭は天使の様な寝顔で夢の中だった。
「私達に子供が出来たらこれが日常になるのかな?」
照れ臭そうに問いかける命に、トキワは何も答えずに頼りなく笑うと、旭がすぐ隣で寝ているのにも関わらず、そっと命におやすみのキスをしてから静かに眠りについた。完全にはぐらかされた命だったが、唇で感じた夫からの温もりから愛を信じて微笑してから、ベッドに身を預けて瞳を閉じた。
翌日も同様にトキワの都合に合わせて命と旭は神殿で過ごした。旭は精霊礼拝の儀がすっかり気に入ったのか、朝夕とトキワと共に風の精霊達との対話を楽しんでいた。妹が神子の仕事に興味を持ったのが嬉しいのか、旭を預かると分かった際、あんなに不機嫌だったトキワだったが、今は嬉しそうに妹に神子の仕事ぶりを見せていた。
そして3日目、この日は雨でトキワの大工仕事も急遽休みになったので、命と旭の3人で乗合馬車で帰ってくるトキオと楓を待合所にて出迎えた。
「パパ!ママ!」
3日間、親を恋しがる様子は無かったが、本当は心細かったらしい。旭は両親の顔を見るなり泣きながら駆け寄って来たので、身軽だった楓がしゃがんで優しく抱きしめてあげた。
「いい子にしてたか?」
「うん!」
親子の再会に命は心が温かくなり、胸に熱い物がこみ上げてきた。ひとまず待合所からトキワの実家へと移動してトキオと楓から旅の思い出を聞いた。
「温泉も良かったが温泉街にあった激辛専門店のチャレンジメニューが最高だった。辛みの奥に旨味がしっかり存在していた」
楽しそうに楓は饒舌に語ればトキオも続く。
「未だ完食されていなかった激辛石焼きチキンスープを2人仲良く完食したら店主を仰天していたよ」
どうやら激辛大好き夫婦に最高の思い出が出来たようだった。一方で旭も大好きな両親に自分がどんな事をしたのか必死に伝えようとしていた。
「旭ね、サクちゃんとねーねといっぱいあそんで、にーにとおしごともした!」
兄と一緒に仕事をしたという言葉に両親共にトキワに厳しい視線を向けたので、釈明するようにトキワは手を横に振った。
「仕事というか旭も精霊の声が聞こえるみたいで一緒にお話しするって事になっただけで、決して強制させた訳じゃないよ。ね、ちーちゃん」
突然話を振られて命は驚きつつもトキワに同意すれば、トキオと楓は疑いの眼差しを向けつつも納得した。
「あとね、にーにとねーねとおふろにはいったの。でね、ねーねのおっぱいのんだけどでなかった!」
娘の衝撃的な発言に、両親は一瞬言葉を失ったが、次第に命に対して申し訳なくなり2人同時に頭を下げた。
「ごめんね、旭が変な事をして…おかしいな旭は哺乳瓶派だし、とっくの昔に卒乳出来てるのに」
「いや…気にしないでください」
舅であるトキオに謝られると命は恥ずかしくなって顔を赤くさせて俯いた。
「本当にすまない。まあ命ちゃんの胸は吸いたくなる程魅力的だからな。これで旭はトキワと同じ乳を分け合った乳兄妹だな」
「黙れクソババア」
おかしな事を言う楓にトキワは厳しい視線と共に暴言を吐いた。
「クソババア!」
すると旭が意味を知らずに満面の笑顔で真似し始めたので、トキワに非難の目が集中し、今後旭の前で暴言を吐かないよう、トキオと楓と命に3人がかりで注意されてしまった。




