257繋ぐ想い1
凍える冬には年が変わる瞬間を共に過ごし、春になり4月にはトキワが去年忘れた分も含めて命の22歳の誕生日を盛大に祝ってから、夏の暑さを感じ始めた頃、命とトキワは初めての結婚記念日を迎えた。
記念日は平日だったので、休暇を取って四六時中一緒にいたいと主張するトキワに対して、命は何気ない平日として過ごす記念日も素敵だと言って、夫の意見を却下した。
とはいえ折角の記念日だしトキワの19歳の誕生日なので命は昼休憩に実家の台所を借りて、ドライフルーツがたっぷり入ったケーキを焼いた。ご馳走も昨夜の内に下拵えを済ませていた。
「いやーやっと1周年か。私の体感的には10年くらい経ってる気もしたが」
「10年前は出会ってもいませんよ」
昼休憩の終わりが近づいてきたので、命が診療所に戻ると、桜は姪夫婦の結婚記念日について言及した。
「そうだったな。でもまあ2人とも仲良く暮らしているようで私も嬉しいよ。大恋愛の末に結婚してあっという間に離婚なんて話はザラにあるからな」
「喧嘩が無かったわけじゃないんですよ。洗濯物の畳み方や調理器具の収納場所が違うとか、事前に報告しなかったのも悪いけど私が休日に弓使いの集まりに行った時なんか凄い機嫌悪かったし、逆に着替えを覗かれた時は腹わたが煮え繰り返るくらい怒ったなー」
「なんだ全部惚気じゃないか、ごちそうさん」
「お粗末様です。あーでも、今週末の事については相当怒ってたな…」
「旭ちゃんをちー達が預かる話か」
「はい、私が勝手に引き受けたからトキワたらカンカンで
トキオと楓が結婚20周年記念として、今週末夫婦で2泊3日の温泉旅行を楽しむ間、命は義妹の旭を家で預かる事にした。どうせトキワは反対するだろうと思い、命は1週間前まで黙っていた。その後事情を知ったトキワは激怒して、口も聞かず一緒に夕飯も食べず別々の部屋で寝始めたが、命が臨むところだと応戦した所、僅か2日でトキワの方が寂しくなり折れてしまった。
「結婚記念日から最初の休日ということでトキワくんも色々張り切っていたのかもな。あの子昔からちーのことに関しては一生懸命だからな」
長年トキワを見守ってきた桜は当時を思い出して、懐かしそうに笑った。あんなに幼かった子供のままごとのような夢が実際に叶っていく様は、中々見応えがあったと感じた。
「それは否定はしないけど、なんか最近は焦ってる様にも見えるんです…多分風の神子の事があるからでしょうね」
既に御年87歳となった風の神子の病は一角獣の薬で治せても、老いには勝てず、日々衰弱して寝たきりになっていた。
朝夕の礼拝はトキワが代行して、大工の仕事が終わると、夕方の礼拝と雑用を済ましてから家に帰り、翌日早朝に家を出て朝の礼拝を済まして出勤する生活を送っていた。他の務めも代行してるので、現在は実質トキワが風の神子代表だった。
しかし代表となると、神殿の敷地内から出られなくなるので、トキワは後を継ぐ事を先延ばしにしていた。神子の引き継ぎについては、証という物を継承するらしいが、詳細については命はよく知らない。この件に触れるとトキワの表情が暗くなるので、深く追及出来なかった。
「今日はめでたい日なんだから、難しい事は考えないで楽しい時間を過ごせばいい。あれだろ、そろそろ子供も考えているんだろう?」
「んっ…まあ…そうですね」
照れ隠しに命は咳をしてから、肯定すると体が熱くなるのを感じた。桜が揶揄うつもりで言ってないのは分かっていたが、身内に夫婦生活について言及されるのは気まずいものがあった。
「明るい未来だけ考えろ。私も姪孫が増えるのを楽しみにしている。まあ恵まれなくてもお前達なら仲良くやれるだろう」
「桜先生…ありがとうございます!必ずや秋桜診療所に超絶美形の医者を誕生させます!」
桜の激励に命は表情を和らげて頷くと、己の野望を口にしてから午後の診療の準備を始めた。
仕事を終えて命は実家に置いていたケーキを持って家に帰ると、洗濯機を回してから夕飯の支度をした。今夜はトキワの好物ばかりを用意した。準備が出来てそろそろ帰ってくるはずの時間だったが、帰ってこないので命は乾かした洗濯物を畳んでから、次の日の食事の下拵えを始めた。最近トキワに合わせて起床する時間が早くなったので、出来る限り時短を試みておきたかった。
「ただいま、ごめん遅くなった…」
「おかえりなさい」
予定から2時間ほど遅れて帰って来たトキワの表情は暗かった。こんな顔をさせてしまうなら大人しく休暇を取るべきだったかと、命は反省しながら駆け寄ると、夫の太い首に手を回して抱きしめてから見つめると頬に短く口付けた。
「ご飯食べれそう?」
「食べる。ていうか昼食べてからは何も食べてない」
空になった弁当箱を台所に置いて手を洗うと、トキワは食卓についた。命は料理を温め直してから食卓に並べると、向かい側に座ってグラスに飲み物を注いだ。
「じゃあ、トキワの誕生日と…」
「俺たちの結婚記念日に乾杯」
グラスを掲げてカチンと軽く当ててから、夫婦は残りあと僅かの誕生日と記念日を祝った。命が腕によりをかけて作った料理を口にしていく内にトキワの表情も次第に明るくなり、楽しいひと時を過ごした。
「先にお風呂入っていいよ。私片付けするから」
風呂を沸かして来たトキワに命は台所から顔を出して声を掛けると、神妙な顔つきでトキワは台所に入ってきて片付けを手伝い始めた。
「聞こえなかったの?」
「いや、聞こえたけど…最近ちーちゃんにばかり家事させてるのが情けなくて。少しはさせて」
神子の仕事が忙しくなってから家の事を妻に全部任せている事に罪悪感を感じていたトキワは、古布で食器の汚れを拭い始めた。
「ありがとう、助かるよ」
子供の頃から家事をしていたので命は負担に感じる事は無かったが、夫の気遣いが嬉しくてお礼を言うと、一緒に片付けを済ませた。
「えっと…お風呂、一緒に入る?」
いつもトキワは軽く誘っているが、今夜は勇気を出して元気付ける為に自分から言い出してみたが、こんなに恥ずかしいとは予想だにしなかった命は、心臓をバクバクと鳴らしながら風呂に誘った。
「やめとく。今日は水着を脱がしちゃいそうだから」
断られた理由で顔から火が出そうなくらい熱くなった命に、トキワは更に追い討ちを掛けた。
「その代わりあれを着てね。待ってるから」
あれとはトキワが初心に返ろうと謎の持論を押しつけて約束していた、初夜に身につけたベビードールの事だ。あれ以来一度も着てなかったが、お祝いに頂いた物だからと命が捨てるに捨てられずタンスの奥底に隠していたのをお見通しだったようだ。
大胆な事を言っておきながら、何食わぬ顔で風呂場に消えたトキワを見送ってから、命は少しでも夫の励みになればと意を決すると、2階に上がりタンスの奥底から白いベビードールをサルベージした。




