256思い出作り9
新婚旅行を終えて最初の休日、命はお土産を届ける為にトキワの実家を訪ねていた。トキワは風の神子に呼び出されていた為用事が済み次第こちらに合流する予定だ。
「なるほど、中々いい旅行になったようだな」
お土産のお菓子をお茶請けに命は旅の思い出をトキオ達に語った。話がよくわからない旭は命の膝で足を振りながらお土産の黒い毛糸の髪に褐色の肌、目は青いボタンでピンクのサマードレスを着た女の子の人形を見つめていた。
「楓さん、私達も来年結婚20周年だし旅行に行ってみようか?」
楓に甘い視線を向けながら提案するトキオに命はトキワの愛妻家な所は父親譲りなのだと改めて確信した。
「旅行か…思えば行った事ないな。港町まで出るようになったのも最近だしな」
先代の闇の神子の件もあったが、楓は神殿で生まれ育った影響なのか出不精で外の世界にもあまり興味がなかった。何度かトキオから遠出に誘われてようやくここ数年港町まで出掛けるようになったのだった。
「折角なら2人きりで行ったらどうですか?その間旭ちゃんは私とトキワで預かりますから」
「本当に?助かるよ!楽しみだね、楓さん」
嬉しそうに楓の肩に触れて喜ぶトキオに楓は微笑する。命はトキワと結婚して1年も経っていないけれど、20年後は目の前の彼らのように変わらない愛を育んで行けたらいいと羨望と尊敬の眼差しを向けた。
「うむ、とりあえず最初はトキオさんと2人で行くがその後は旭と命ちゃんとついでにトキワも一緒に行こう」
その気になって来た楓は目を爛々とさせて幸せな家族旅行を頭の中で描き始めていた。
トキワが中々帰ってこないので命は旭と人形遊びをしながら待った。旭はお土産の人形を命はへたれたパンダのぬいぐるみを操り子供独特の世界観を楽しんでいた。人形遊び飽きると命はソファで絵本を読んであげた。すると旭は勿論のこと、楓まで命の隣で絵本に耳を傾けていた。
「…ちーちゃんに甘えるのも大概にしなよ」
夕方になりようやく姿を現したトキワはげんなりとした表情でソファで眠る命の膝で眠る旭と、命の肩にもたれかかって眠る楓を見てぼやいた。
いっそ旭と楓を叩き起こしてやろうかと思ったが、後々めんどくさいので顔をしかめて外套を脱いでから台所で夕飯の準備をしているトキオの元へ顔を出した。
「ただいま」
「おかえり、お疲れ様だったね。夕飯食べて帰るだろう?」
「いや、もう帰る」
「そんな寂しい事言わないで。それに旭が起きた時に命ちゃんがいなくなったら大騒ぎになるし、トキワをずっと待っていたんだよ?」
その様子が簡単に想像出来たトキワは大きくため息を吐くと腕まくりをして手を洗い夕飯の支度を手伝う事にした。久々の愛息子との料理が嬉しいトキオは目を細め鼻唄を歌いながらリズム良く包丁でキャベツを刻んだ。
「新婚旅行は楽しかったみたいだな」
「まあね」
卵をボウルに割りながらトキワはテキトーに相槌を打つが、卵を割る手を止めて儚げな表情を浮かべた。
「父さん、俺…幸せ過ぎて胸が苦しい」
命との結婚生活が毎日楽しくて愛おしくて幸せでトキワはふと不安になってしまう時があった。
「父さんも時々あるよ」
悩む息子に父として言いたいことは多々あったが、語り始めたら朝になってしまいそうだったのでトキオはポンとトキオの肩を掴んでから同調すると、調味料を混ぜたボトルを軽快に振ってドレッシングを作り始めた。
「ううん…」
料理の匂いに嗅覚をくすぐられて命は目を覚ますと旭を抱っこしたトキワが隣にいた。いつの間か完成した夕飯を囲み団欒を楽しんでからトキワの実家を出ると外は暗闇に包まれていた。楓が用意して炎を灯したランタンを手に自らに加速魔術をかけて命とトキワは家路に着いた。
「私もトキワみたいに空を飛べるようになるかな?」
加速魔術の扱いに慣れた命は次なるステップとして飛行魔術を習いたいと考えていたが、トキワは首を振った。
「あれ魔力の消費がとてつもないから俺みたいに無尽蔵じゃないと無理だよ。試しに師匠が挑戦したら1分で魔力が切れて寝ちゃって空から落ちた」
魔力切れを起こすと酒に酔った時と同じ状態になると聞いていたが、どうやらレイトもその例に当たるらしい。それにしても今の命と同じ位の魔力を持つレイトが1分持たないとなると実践したら同じ道を辿るのは確実だろう。
「お義兄さん大丈夫だったの?」
「うん、俺がすんでの所で救助した。だからちーちゃんは真似しないでね」
「分かった。でも私の魔力で使える魔術をもっと教えて欲しいな」
トキワと夫婦の契りを交わして得たこの魔力を命は妻として夫を支える為に使いたいと思っていた。その為にも様々な魔術を習得したいと欲が出ていた。
「もちろん、俺が教えられるちーちゃんが出来る魔術を全部教えるつもりだよ」
子供の頃は身を呈して大好きな女の子を守る事しか考えてなかったトキワだが、今は様々な角度から愛する妻を守る事を考えていた。魔術を教えるのもそれだけ手数が増えれば身の危険から守れる事に繋がるはずだ。
たとえ傍にいれなくても…
自宅に辿り着きトキワは家に入る前にふと満点の星空を願うように見上げて白い息を吐くと、跪き玄関の鍵を開けている命の手をとり手の甲に口付けた。
「必ず守るから」
突然どうしたのかと命は戸惑いながらも、しゃがんでトキワと目線を合わせると穏やかに笑って小さく頷いた。
「頼りにしてるからね。私の旦那さま」




