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254思い出作り7

「ごめんなさい、私のせいで…」


 その夜、命はしょんぼりと背中を丸めてコロシアムで健闘したトキワに頭を下げた。

 事の発端は命がトウマの娘と2人でアイスクリームを買って観客席に戻ろうとした時、トウマの娘がトキワ達の試合に気を取られ、前をよく見ないで歩いて、ガラの悪い男2人組にぶつかり、アイスクリームをベッタリと男達の上質なスーツにつけてしまい、凄まれた事が始まりだ。

 命は幼いトウマの娘を抱きしめて庇うと、一緒に男達に謝ったが許してもらえず、金銭と命に遊び相手になれと要求されてしまった。

 男達の要求に対して命は、スーツのクリーニング代は払うが遊び相手にはならないと抵抗したら、男の1人が命に掴みかかった所で、トキワが場外に出て止めに入ったので、準決勝の試合はダルトンの勝利となったのだった。


「気にしなくていいよ。全ては丸く収まったんだし」


 決勝は勇者エアハルトと近衛騎士ダルトンの一騎討ちとなった。守るべき存在を意識したダルトンの勢いは凄まじく、手段を選ばずトキワから聞いたエアハルトの弱点を突いて、勝利をこの手に掴んだ。

 エアハルトは何故ダルトンが自分の秘密を知っているのかと動揺が大きく、抜け殻の様になっていた。

 ちなみに3位決定戦はトキワとハジメで行い、賞金欲しさにトキワは全力で魔術と剣術を駆使して、ハジメに膝を突かせた。刀使いであるハジメの動きは同じ刀使いの実とイブキとたまに手合わせをしていた経験から流れが掴めたので、今回ばかりは義妹カップルに感謝した。


「言われてみればそうだね。涙を流しながら喜ぶセレーナ姫と近衛騎士のダルトンさん…素敵なカップルだったな…昔からお姫様と騎士の恋愛物に弱いんだよねー」


 両頬に手を当てて命は表彰式の様子を思い出して、顔をにやけさせた。トキワは昔子供の頃に実と一緒に命に読んでもらった、姫と騎士が結婚した絵本を思い出した。内容は曖昧だが、命の心地よい声が今も心に残っていた。


「更に嬉しいお知らせがあるよ。今回の大会で3位だった実績からギルドランクの経験値が貰えてこの度ギルドランクがBになりました!」


 ギルドカードを取り出して命に見せると、トキワは誇らしげに胸を張った。ホテルに向かう前にギルドに寄ったのは、これがあったからなのかと命は納得して、更新されたギルドカードをまじまじと見つめた。


「これで師匠に追いついたよ」


 目標であるレイトとギルドランクが並んだ事はトキワにとって大いなる一歩だった。とはいえレイトはAランクまで経験値があと半分と先を行っているので、置いていかれるのは時間の問題だ。


「なんだか今日はめでたいね!早速ディナーにいっちゃう?」


 賞金を使い、命とトキワは大国屈指の高級ホテルに宿泊していた。闘技大会の影響で満室かと思われたが、トウマがセレーナ姫に掛け合って王室の為にいつも空けてある部屋を特別に利用させて貰える様になったのだった。


「そうだね、ディナーの予約まで取れるなんて騎士団長様々だ」


 こんな事もあろうかとトキワが懐中時計型の異空間収納からスーツとドレスと靴を取り出して、軽くアイロンで整え夫婦でドレスアップして、高級レストランへと繰り出した。テーブルマナーについては命はアンドレアナム家で学んでいたし、トキワは最近神子の振る舞いとして学んでいたので問題はなかった。

 準備が出来てから夜景の見える高級レストランに赴き、トキワの闘技大会3位入賞と、ギルドランク昇格を祝って乾杯すると、豪華コースディナーに舌鼓を打って贅の限りが尽くされた部屋で最高のひと時を過ごしたのだった。


 大国に滞在する最終日には要と生まれたばかりの双子達に会いに行った。意外にもハジメの実家は名家の貴族で、要は長男の嫁として、赤子と共に大事にされているようで、要を神子として敬っていた命は嬉しく感じた。


「はあー双子ちゃん可愛いーっ!」


 揺り籠で身を寄せ合って眠る男女双子の赤子に命は目を輝かせて、揺り籠にしがみ付いていた。名前は灰色の髪の男の子がタケル、茶色の髪の女の子はマリアと名付けられている。


「マリアたん、僕が君の未来の旦那さんだよー」」


 セレーナ姫との結婚の夢が水の泡となったエアハルトは、新しい嫁候補として旅の仲間の娘に目を付けたようだ。折角いい気分で双子を愛でていたのに、エアハルトの煩悩に邪魔された命は、勇者に軽蔑の眼差しを向けた。


「これ、みんなからの出産祝い」


 トキワは神子達から預かった出産祝いの品々を要に渡した。


「おおう、ありがとう!はーこれ光の神子が作ったのかな?可愛いお洋服だ!」


 赤ちゃんサイズの服を手に取って要ははしゃいだ。その様子をハジメは隣で温かく見守る。交際期間の無い結婚だったので周囲は心配していたが、夫婦仲は順調なようだった。


「トキワの所は子供まだなの?」


「えー…余計なお世話」


 かつての先輩神子に対してトキワははぐらかすと、茶菓子として用意されていたシュークリームにかじりついた。


「命たん、絶対2人のいいとこ取りの可愛くておっぱいの大きい女の子を生んでね!そしたら僕のお嫁たんにしてあげるから!」


「お断りします」


 嬉々として最低な事を言うエアハルトに、命は軽蔑を通り越して憐みの表情を浮かべた。恐らく勇者エアハルトは一生独身どころか恋人さえ出来ない気がした。




 他にも神殿の近況を報告してから、ハジメ達の家を後にした命とトキワは、お土産を買う為に商業施設を訪れた。リストアップされた頼まれ物や、好きそうな物を選び次々と購入していった。普通なら買い過ぎて大荷物になる所だが、以前命が受けたギルドの依頼主の少女、璃衣都の父から貰った懐中時計型の異空間収納のおかげで身軽に買い物を楽しめた。

 璃衣都といえば現在大国に住んでいるが、首都から遠く離れた技術都市に住んでいる為、今回会う事が叶わなかった事が命の旅の心残りだった。


 買い物を終えると、次は美術館に行って豪華絢爛な骨董品や絵画、彫刻などを鑑賞した。トキワは美術品に興味が無かったので、鑑賞を楽しむ命の横顔を愛でて時間を過ごした。命は展示品が印刷されたポストカードを購入すると、美術館内のレストランでお昼にした。

 そして王族が暮らす城の一般公開されている部分のみを観光してからホテルに戻り、預かってもらっていたトランクを受け取ると、駅に向かった。明日の旅客船の出港時間が早い為、港の宿に泊まる予定だった。

 ホームで汽車を待っていると、トウマが妻子を連れて見送りに来てくれた。移動中にとトウマの妻からクッキーも頂いた。


「今度会う時は一戦交えよう。それまでにレイトを倒しておけよ」


「頑張ります。じゃあ、色々お世話になりました。帰ったら手紙出します」


「ありがとうございました」


 トキワと命は口々にお礼を述べると到着した汽車に乗り込んで港を目指した。


 こうして慌ただしい大国での日程は終わりを告げた。

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