253思い出作り6
3回戦のトキワの対戦相手は若い魔術師だった。魔術師が相手ならと、トキワは魔術で応戦することにした。試合開始と共に魔術師は詠唱を始めたので、それを妨げる様にトキワは右手をかざして強風で魔術師の青年を吹き飛ばして場外に追いやり、トキワの勝利となった。一見魔術が使え無さそうなトキワが無詠唱で魔術師を圧倒した事から、観客は大いに盛り上がった。
その後3回戦はダルトンとハジメ、そしてエアハルトが勝ち抜いて、準決勝はシード枠同士の戦いに決まった所で昼休憩となった。トキワはエアハルトが町の雑誌記者からインタビューを受けている隙に気配を消して、すぐ様応援席の命の元に駆けつけた。
「お疲れさま!すごくカッコ良かったよ!」
褒めてくれる可愛い妻にトキワは鉄仮面の奥で満面の笑みを浮かべた。そしてトウマが個室を予約してくれた料理屋にて、彼の家族と一緒に昼食を取ることになった。
「強くなったな。あれならダルトンにも勝てるかもしれない」
「いやいや、対戦相手が油断してくれたお陰ですよ」
料理が来たので、トキワは鉄仮面を外して昼飯にありついた。肉を中心としたボリュームのある料理ばかりだったが、完食して次の準決勝への栄養補給となった。
「そういや勇者様はお姫様と結婚する為に優勝目指してるらしいですよ」
トウマの弟子であるエアハルトの野望を口にすると、師匠であるトウマは表情を曇らせた。彼の妻子も同様だった。
「…ここだけの話だがセレーナ姫とダルトンは恋仲でそれに気付いた王がダルトンにチャンスを与える為にこの大会を開いたんだ」
「何それ、じゃあこの大会はやらせなの?俺もわざと負けた方がいい?」
「いや、それはダルトンのプライドが許さないだろう。だが、もし君が勝ったら何としてもエアハルトを倒して欲しい。王は優勝して娘を娶るのはエアハルトでも構わないとお考えだが、それではセレーナ姫があまりにも不憫だ」
嫁が欲しいエアハルトなら、優勝したらきっと辞退せずにセレーナ姫を娶る。それは命もトキワも予想がついた。
「正直な話、勇者に勝てる自信がありません。何か弱点とかありませんか?」
姫と騎士の恋物語を守る為にもトキワは手段を選ばないことにしてトウマにアドバイスを求めた。
「うーん、レイトからの手紙を読んだ感じだと君とエアハルトの剣の実力は五分五分だが、精神力は君が上だと思う。何せ魔王の呪いに打ち勝ったのだからな。あいつは精神攻撃に弱いはずだ。そこを突こう」
「それ楽しそう!よしこうなったら優勝しちゃおう!結婚は辞退してあとの商品はまるっと貰おうっと」
欲が出てきたトキワは目を輝かせて、豪華な商品に思いを馳せた。
「賞金の金貨はともかく、土地と爵位を貰ってどうするの?」
命の疑問にトキワは少し考えてからニッコリと笑った。
「その時はいっそ2人でここで暮らそう」
それはトキワにとって本音だった。水鏡族の村に住んでいても、いつ命と別居婚になるか分からない。そんな日に怯えて過ごすよりも、故郷を捨てて2人きりになりたいと思うことがあったのだ。
「………」
しかし命は俯き黙り込んで返事が出来なかった。夫の気持ちは分かるが、どうしても大切な人達と場所を捨ててまで彼だけを選ぶ勇気が無かった。
「冗談だよ。お金だけもらってあとは勇者に売りつけるよ」
命の髪に優しく触れてトキワは微笑すると、前言を冗談にするのだった。
昼休憩が終わり大会は遂に準決勝となった。1試合目はダルトンとトキワの戦いになる。トキワが王族がいる観客席に視線を移すと、儚く瞳を揺らしてダルトンを見つめる美しい姫が目に留まった。彼女がセレーナ姫だろう。
「まさか本当にここまで来るとはな…しかし容赦はしない。覚悟しろ!」
ダルトンは槍を構えてトキワを睨みつけた。トキワは深呼吸をして両手剣を構える。槍なら数ヶ月前にカナデと本気で戦った時の事を思い出せばやれる。そう言い聞かせると、鉄仮面越しにダルトンを見据えた。
試合開始と共にトキワは一気に間合いを詰めてダルトンに幾多もの剣撃を浴びせた。ダルトンは押されながらも槍を握る手に力を入れて、剣撃を押し返し足下を狙って反撃するが、動きを読まれていたのか躱された。
攻防を繰り返す中で好戦的に口角を上げたトキワはダルトンの動揺を見逃さず、身の丈程の両手剣に風を纏わせて振り上げた。それを好機と見做したダルトンは槍の穂先で突くが、これも読まれていてトキワは寸前で体を逸らして槍の柄を一刀両断した。
衝撃に耐えて、辛うじてダルトンは分断された槍を手放さず強く握りしめると、双剣の様に構えた。
「なぜ先程の様な魔術を使わない?私を見縊っているのか!」
「別にそんなつもりじゃないけど、ご要望なら使ってあげる」
トキワは剣を一振りして、ダルトンの周囲に旋風を発生させた。旋風に囚われてしまい視界が遮られた状態のダルトンは精神を集中させてトキワの気配を探った。
しかし一向に襲撃されずダルトンは焦りを感じた。一体トキワが何を考えているか、全く理解出来ない上に次第に気配も遠くなっていた。しばらくして旋風が止むと、闘技場にトキワの姿は無かった。
「…騎士団長推薦枠トキワが場外に移動した為、勝者近衛騎士ダルトン!」
予想外の判定にダルトンは鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔で呆けてしまった。しばらくしてトキワが観客席から闘技場に空を飛んで戻ってきたので、更に呆気に取られた。
「ごっめーん、俺の奥さんにちょっかい出すやつがいたから締めに行っちゃった」
「そんなくだらん理由で私は勝ったのか…?」
「くだらなくなんかない。俺にとって最も優先すべき事は妻を守ることだから。おじさんはそういう人いないの?」
その問いかけにダルトンは真っ先にセレーナ姫の顔が浮かぶと、ルール上試合には勝ったはずなのに、なんだか負けた気がしてトキワに手を差し出すと、握手を求めた。トキワはそれに応じ、熱い抱擁を交わすフリをして、そっとエアハルトの弱点をダルトンに耳打ちしてから、鉄仮面の目の部分だけを上げて笑うと闘技場を後にした。




