252思い出作り5
トーナメントの参加者が集まる待機室は緊迫した空気が漂い、トキワは息が詰まりそうで、参加者達がジロリと品定めをするように睨まれると、額から汗が流れてきた。言葉を発する事も出来ず、黙って空いてるベンチに腰掛けてから参加者達を一瞥した。どの兵達も体格が良く、隙が無さそうだった。
これは1回戦敗退かもしれないないと、鉄仮面の奥で苦笑しているとドアが開いた。
「皆の者、今日は互いにベストを尽くし共に力を高め合おうぞ!」
威勢の良い声で入室して来たのは勇者エアハルトだった。その後ろには刀使いのハジメの姿も見えた。いずれバレるだろうが、せめてそれまでは平穏に過ごしたかったトキワはエアハルトに反応せず気配を消した。
「え?うそうそやだやだー!トキワきゅんじゃないかー!どうしてここにいるんだい?」
秒で正体がバレたトキワは小さく舌打ちをする。恐らく参加者の魔力を視認して気付いたようなので、気配を消す魔術には今後も改良が必要だと胸に刻む。
「やーん!やっぱり!もしかして僕と一戦交えるためにわざわざ来てくれたの?」
「ハジメさん、先月双子の赤ちゃんが生まれたらしいですね、おめでとうございます」
体をくねくねさせているエアハルトを無視して、トキワはハジメに要との間に生まれた双子の生誕を祝福した。いつも厳しい顔つきをしているハジメだが、僅かに目を細めて喜んで、時間があったら要と双子に会いに来てくれと願い出たので、トキワは妻が喜ぶと破顔してお互い和やかな空気を醸し出した。
「ちょい、無視しないでよ!童貞にも人権はあるんだよ?」
無視された事が不服なエアハルトは近況を話し合うトキワとハジメの間を割って入ってきた。
「おい、ここはガキの溜まり場じゃないぞ」
刺のある言葉をトキワ達に投げかけたのは、騎士団の鎧に身を包み、赤いマントを翻した茶褐色の長髪を一つに束ねた、緑の鋭い目を持つ男だった。
「お前が推薦枠か。団長のお気に入りで勇者と仲が良いみたいだが、試合ではお友達は助けてくれないぞ?」
「勇者とは友達ではありません。むしろ迷惑しています」
エアハルトとの間に一度たりとも友情を感じた事が無いトキワは男に負けじと、鉄仮面の奥で鋭く睨みつけた。
「ククク、そこを突っ込むのか…面白い奴だな。お前とは順当に行けば準決勝でやり合う事になりそうだな。それまで死ぬ物狂いで勝ち上がって俺を楽しませてみろ」
男はトキワを見下した様子で笑い待機室から出て行った。
「今の男は第3王女の近衛騎士ダルトンだ。王国ナンバー3の実力者だ」
「勇者様はあの人より強いの?」
「僕の方が強いよ。しかし彼は中々の手練れだから油断は出来ない。だが僕は必ずや優勝して第3王女のセレーナ姫と結婚する!やっぱ勇者の相手はお姫様だよねー」
エアハルトが優勝を狙う動機を知ったトキワは彼の心変わりの早さに呆れを通り越して感心してしまった。
「ていうかトキワくんの奥さんはどうしたの?一緒じゃないの?」
「今はトウマさん一家といる。新婚旅行でこっちに来たのに師匠とトウマさんの思惑にはめられたんだよ…」
「なるほどね、可愛い弟子に実力を試してもらいたかったんだね。しかし新婚旅行か…来る日も来る日もパコパコか…はあ、マジもげろ」
下衆な発言をするエアハルトにトキワは眉間にシワを寄せるが相手にしないで黙り込んだ。
試合の様子はガラス窓越しに観戦することが出来て、勝敗は相手の武器を落とすか、どちらかの膝を突かせる。または闘技場外に出すと勝ちとなる。近衛騎士ダルトンと勇者エアハルト、刀使いのハジメそして騎士団長推薦枠のトキワはシード枠らしく2回戦からの登場だ。トキワは第3試合の勝者が対戦相手になるので真剣な眼差しで試合を観察する。勝者はAランク冒険者だった。
そして始まった2回戦の第1試合にはダルトンが初登場となった。どうやら口だけでなく実力は本物らしい。槍を華麗に操り、対戦相手の武器を瞬時に弾き落とした。
2回戦第3試合はトキワの出番だった。司会から騎士団長であるトウマの推薦である事と彼と同じ水鏡族だと説明されると歓声が上がった。これも王国最強と言われるトウマの仁徳だろう。そんな彼の期待に応えるべくトキワは両手剣を構えると、対戦相手のAランク冒険者の攻撃を受け流しながら、胴体に素早く蹴りを浴びせて膝を突かせた。
「いやー見事な剣裁きでした。大国にはこの大会に参加するために訪れたんですよね?」
司会の質問にトキワは鉄仮面越しに首を振った。
「大国には新婚旅行で来ました。大会に参加したのは思い出づくりの一環です。なのでこの勝利は愛する妻に捧げます」
トキワは大勢の観客から命を見つけると手を振った。会場からは微笑ましさから笑い声が沸き上がり、命も嬉しそうに手を振り返した。
ハジメは2回戦の5試合目に登場して、無駄のない動きで対戦相手を圧倒させて勝利した。この試合を要が観ていたら大喜びしていたに違いないと思いつつ、トキワは4試合目で勝利した次の対戦相手の動きを頭の中で復習して備えるのだった。
「さて、次は僕の番だ。君とは決勝でしか会えないみたいだね。待ってるよ」
7試合目に参加するエアハルトがトキワを激励して待機室から出て行った。エアハルトの登場にコロシアムは割れんばかりの歓声が響き渡ったので、トキワは初めて彼が世界の希望である勇者だと実感したのだった。エアハルトは聖剣を相棒に対戦相手の騎士から難なく勝利を得た。司会からのインタビューにハキハキと答える様はまさに勇者の品格で、先程パコパコ言ってた姿とは比べ物にならない位輝いていたので、トキワは戸惑いを感じてしまった。




