251思い出作り4
「気持ち悪い…」
水上コテージで一夜を明かしてから、お昼に旅客船に戻り命とトキワは再び大国を目指す中で、命はまたもや船酔いに悩まされ、甲板に設置された椅子にもたれかかっていた。
「船酔いは二日酔いとか疲労や睡眠不足や二日酔いや二日酔いとか二日酔いが原因だったりもします」
昨夜散々世話をしたトキワが報復の様に船酔いの原因について説明すると、命は再度気持ち悪いと呻いて調子に乗った自分を恨んだ。
「でもまあ良い所だったね。思わず帰りの停泊中に水上コテージのキャンセル空きがあったから予約しちゃった」
「何それ最高。トキワ愛してる…うっ…」
覇気のない声で夫を称えてから、命は吐き気を催したので化粧室に消えていった。
***
そして一泊の船内泊を経て旅客船はお昼頃に大国の港へ着船した。季節は冬だったので、長袖の服にコートを着込んでから船から降りた。ここから城や美術館、そしてコロシアムがある首都までは汽車に乗って1時間ほど掛かるそうだ。
見慣れない景色に目移りしながら夫婦2人で駅を目指すと道中魔道具の調理器具を使った屋台があったので、汽車の中で食べようとウサギの金型で焼かれた一口サイズのケーキを購入した。
汽車に乗り込み首都に向けて動き出し切符の確認をしてもらってから、命は早速ケーキを食べた。
「んん!美味しい!フワフワで中のカスタードクリームのバニラが利いてる!」
甘い物に目がない命は至福に顔を綻ばせて悦に浸った。
「俺にもくれる?」
「はい、どうぞ」
食べさせて欲しそうに口を開けるトキワに命はニッコリしたままケーキが入った紙袋を差し出した。しばし沈黙が流れて虚しくなったトキワが先に折れて袋に手を突っ込むと、ウサギのケーキを口の中に放り込んだ。
「まあまあかな。ちーちゃんの作ったケーキの方が美味しい」
命の肩にもたれて惚気てまた一つトキワはウサギのケーキを食べようと袋に手を伸ばした。
つつがなく汽車は運行されて首都に到着すると辺りは薄暗くなっていた。急ぎ地図を頼りに宿屋に向かってチェックインを済ませてから従業員おすすめのステーキハウスで夕飯を済ませた。
宿屋に戻り命が先に風呂に入っている間にトキワは受付で貰った新聞に目を通してコロシアムの情報を探した。新聞によると滞在期間中は勝ち抜き戦が行われておらず、王国主催のトーナメントが行われるらしい。手っ取り早くレイトからの課題を済ませて命と観光を楽しみたかったトキワは当てが外れて仏頂面になった。
「いや、待てよ…」
トキワは再度トーナメントの日程を確認すると予選が行われたのは今日だったのでトキワはどう足掻いても参加出来ない事に気がついた。つまり明日から命と観光気分でトーナメントを観戦出来るという事なので
気分が一気に明るくなった。そうなると楽しみになってきたトキワはロビーに向かうと、従業員に決勝トーナメントの出場者の情報を収集した。
従業員によると王国の騎士団に所属する騎士たちが名を連ねる中で、勇者エアハルトや刀使いのハジメの名前もあった。他にも腕利きのAランク冒険者も勝ち抜いたようだ。因みに騎士団長であるトウマは今回不参加で優勝者がエキシビジョンマッチで対戦できるらしい。
エアハルトの顔は見たくなかったが、戦いぶりは見たかったのでトキワは明日が楽しみになってきた。どうせトーナメントが忙しくて新婚旅行を邪魔される事も無いだろう。
トキワは部屋に戻ると風呂から出て髪の毛を乾かしていた命にご機嫌で事の次第を説明してから風呂に入って残りの時間は命と睦み合おうと企んでいたが、風呂から上がると既に命は寝息を立てて眠っていたので諦めて隣のベッドに入ると明日行なわれるトーナメントの様子を想像しながら就寝した。
***
翌朝身支度をして受付に鍵を預けてから命とトキワは近くのカフェで朝食を取った。ラテアートが施されたカフェオレに命は感激しながら、香ばしい焦げ目に粉砂糖がたっぷりかかったフレンチトーストに蜂蜜をかけて食べていた。そんな妻の甘党ぶりを愛でながら、トキワはコーヒーのお供に卵たっぷりのホットサンドとトマトパスタを朝からガッツリと頂いた。
腹を満たした2人は早速コロシアムへと赴き、レイトが言っていた通りにワイバーンの紋章を受付の騎士に見せた。すると騎士が一礼した後にトウマのいる待機所へと案内してくれた。
「やあ、よく来てくれた。鼻垂れ小僧が大きくなったな!」
銀色の鎧に青いマントを翻した赤い意志の強い瞳に灰色の髪を撫でつけ、左耳に朱色のピアスをつけた水鏡族の大男がトキワの頭をぐしゃぐしゃに撫でてから豪快に笑った。
「お久しぶりです。トウマさん」
「ああ久しぶり、結婚したんだってな、おめでとう。彼女がそうかな」
トウマがトキワから命に視線を移したので命は恭しくお辞儀をした。
「初めまして、妻の命です。お義兄さんからトウマさんのことは聞いています」
「初めまして命さん、新婚旅行楽しんでくれ。でもまあ今日1日は旦那サマを借りるよ」
「えっ?」
トウマの発言に命は思わず聞き返して目を丸くした。
「待ってトウマさん、俺昨日の予選に参加してないからトーナメントには出れないよ?」
トキワも慌てて説明するが、トウマは哄笑してからトーナメント表を見せた。
「ここに騎士団長推薦枠というのがあるだろう?お前を推薦しておいた!」
「うわっ…マジか…」
まさかの事態にトキワは観光気分でいたので一気にテンションが下がってしまった。恐らくレイトとトウマの間で何らかの企だてがあったのだろうと思うと、ついため息を漏らしてしまった。
「えーと、確かこれに優勝したら王家から褒美が出るって言ってたけどどんな褒美ですか?」
モチベーションを上げるためにトキワは賞品を探れば、トウマは必要事項が書いてある紙を手渡した。命と2人で文章を目で追うと、優勝は金貨5000枚と爵位と土地の授与、そして第三王女のセレーナ姫を妻として迎えることが出来て、準優勝は金貨1000枚、3位は金貨500枚との事だったのでトキワはとりあえず準優勝を目指す事にした。
「ねえ、これは私の欲目なのかもしれないけど…もしお姫様がトキワを見て好きになっちゃったら嫌だから顔を隠して参加してくれない?」
不安そうに申し出た命にトキワは珍しく妬いてくれたのが嬉しくなった。しかしいくらなんでも一国の姫が既婚者に手を出すとは思えなかったし、そもそも大国には自分より整った顔立ちの人間は掃いて捨てるほどいると思っていた。
「言われてみればそうだな。ここまで美丈夫だと王家は勿論の事、貴族の令嬢に気に入られる可能性もあるな」
命の気持ちを理解したトウマは側近の騎士に声を掛けてから変装道具が入った箱を持って来させた。
「好きなのを使ってくれ」
トキワは変装道具を手に取ると最初に目の周りを覆う黒い覆面を巻いてみたが、まるで美形を隠せていないと命に却下された。仕方なくピエロの仮面をつけると今度は怖いと言われて最終的に鉄仮面に落ち着いた。装着した感じ頭が重かったので、軽減魔術を掛けて動きやすくした。防具については騎士団の制服を借りて準備が整うと、トキワは参加者の集まる待機室に向かう事になった。
「命さんは一人にならないように私と私の家族と一緒に観戦してもらうよ」
唯一の気掛かりだった命の安全をトウマが保障してくれたのでトキワは一安心して頷いた。
「トキワ、気をつけてね」
「うん、賞金貰って美味しいものでも食べようね」
心配する命の手の甲にそっと口付けてから、左耳のピアスに触れて両手剣を作り出してから鉄仮面を被って騎士の案内で参加者の集まる待機室へと向かった。




