25誕生日にはチェリーパイ1
月日は流れ春が近づいていた。歩道が積雪で埋れていた時期は、家から診療所までの距離を毎日雪掻きをしながら過ごす日々だったが、最近はその必要も無くなって来た。
これで時間にも余裕が出来て、命と過ごす時間が増えるはずだとトキワは春の到来を心待ちにしていた。
秋口に少し欲が出てキス未遂をしてしまった以来、ニ人きりになるのを避けられるようになったのは大失態だったが、ここで命との恋を諦めるわけにはいかなかった。
「そろそろ四月か。命ちゃんの誕生日だな」
診療所へ向かうランニング中、何気ないレイトの世間話にトキワは大きな衝撃を受けた。
「え?ちーちゃんの誕生日て四月なの!?」
「知らなかったのか!?意外だなー」
思えば命の基本的なプロフィールを何も知らなかった。誕生日はおろか身長や体重、足の大きさやスリーサイズ…趣味や特技、学校は何処か、いつも訓練は何処に行ってるか。好きな食べ物は甘い物だと思うが具体的には知らない。
「俺、今まで何して生きてたんだろう。ちーちゃんの事全然知らないなんて……馬鹿なのかな?」
「まあ俺も祈の事を何でも知ってるわけじゃないぞ?」
「じゃあ何でちーちゃんの誕生日は知ってるんですか!?」
「そりゃ家族だから最低限は知ってるよ。ただ何日だったかまでは覚えてない。あとで祈に聞いとくかな」
「是非そうしてください!あー!今から誕生日プレゼントの用意出来るかな?」
「いつも通りその辺の花でも渡せばいいだろ?」
楓に先を越されてからトキワは命にプレゼントをしたかったが、子供のためお金が無く、渡せたのはせいぜいラブレターと野花だった。それでも喜んで受け取ってくれるのは命の心根の優しさだろう。
「師匠はその辺に生えてる花を祈さんの誕生日にプレゼント出来ますか?」
「絶対無理。添え物にするならまだしも、下手したら殴られる。それぐらい誕生日プレゼントて重要だからな」
「やっぱりー!ああ、どうやってお金貯めよう…」
「親父さんから小遣い貰えばいいじゃないか。お前が強請ればいくらでも出しそうだが」
トキオは妻子に甘い。可愛い息子から頼まれたら財布を丸ごと差し出しかねない。レイトは彼にそんな印象を持っていた。
「師匠は俺の父さんを何だと思ってるの……ていうか、やっぱここは親のお金じゃなく自分で稼いだお金じゃなきゃ意味が無いし!」
しかし魔石を作る技術が足りないし、子供の出来る仕事の報酬なんてたかが知れている。トキワの考えは煮詰まって行く。
「お前命ちゃんに何プレゼントするつもりなんだ?」
トキワの言動から手軽な値段の物を贈ろうとしているようには思えずレイトは問い掛ける。
「指輪」
「重っ!付き合ってもいないのにそんなん贈る馬鹿がいるか!」
「出来れば身に付ける物を贈りたいじゃないですか!」
命のしなやかな指に自分が贈った指輪が光るのを想像するだけでトキワの心は躍った。叶う事なら自分の両親のようにペアリングにしたい所だが、流石にそこまでしたら命が嵌めてくれないのは予想がついていた。
「じゃあキーホルダーでいいだろ」
「旅行土産じゃあるまいし!」
会話をしながら走っている内に診療所が見えてくるカーブに差し掛かったのを合図に、レイトとトキワは残りの距離を全速力で走ってゴールした。
「…トキワ….お前今身長いくつだ?」
「一四五.七cmですけど…」
ここ一年でトキワの身長は五.七cm伸びた筈だが、命との差が縮まらない。彼女もまた成長しているのだ。
「まだ小さいが…体力もついて来たしどうにかなるか。今週末泊まりで魔物退治に行くぞ!成功したら報酬は山分けだ!」
それはトキワにとって割の良いバイトの誘いだった。村の周辺の魔物退治はレイトと共に行って来たが、報酬が出るほどのものは初めてだ。
未知なる挑戦だが、全ては命のため…トキワはレイトの誘いに乗る事にした。




