248思い出作り1
精霊祭が終わってから急遽新婚旅行の準備をした命とトキワは、なんとか寒さが厳しくなる前に双方の職場からも理解を得て休みが取ることができて、宿や交通の旅立ちの手筈を整えた。
そして遂に明日が出発の日となり、今日は夕飯を命の実家で食べる事になった。
「いよいよね。2人とも十分に気をつけて行ってらっしゃい」
「うん、ありがとうお母さん」
光の優しい言葉に命は頷いた。新婚旅行の行き先は候補を挙げ過ぎて決まらなくなったので、くじ引きで決めた結果、同じ航路で途中船が止まるので港町から客船に乗り船上で一泊してから、水上コテージのある島国で降りて、そこで一泊して船上でもう一泊してから大国を目指し観光するプランとなった。
「海の向こうの大国は私もレイちゃんと新婚旅行で行ったけど、楽しい所だよ。思い出たくさん作ってきてね」
「確か2人でコロシアムに出たんだよね」
「そうそう、それぞれ10人勝ち抜き方式のやつにレイちゃんが無差別の部、私は女性の部に参加したの。私もレイちゃんも見事10人勝ち抜いて賞金をゲットして一流ホテルのスイートルームに泊まったのよ!」
「いいなあ…」
「ちーちゃんは出たら駄目だからね」
羨ましそうな表情を浮かべた命にトキワは釘を刺す。命は一般人と比べれば戦闘能力は高いが、祈ほどの凄腕ではないし、弓は一対一の戦いは不利なので、危険な目に遭わせたくなかったのだ。
「トキワは出るの?」
「むさ苦しい奴らと戦うよりもちーちゃんとイチャつく方が有意義だから出ない」
「いや出ろよ。最近修行サボってんだから少しは経験を積め。今の実力なら何とかなるだろう」
命との新婚生活が楽し過ぎてトキワは休日のレイトとの修行はサボり、ギルドの依頼も受けなくなっていたので、レイトは師匠として課題を出した。
「嫌だ。せっかくの新婚旅行なのにちーちゃん以外の人間の顔を見たくない」
やる気がないトキワにレイトは命に懇願するような視線を向けた。命も最近のトキワは弛んでいると思っていたので一つ頷いた。
「私、トキワがカッコよく戦う所が見たいなー」
「出る!」
じっとトキワを見つめて命がお願いすると、トキワは即答でコロシアムの出場を決めた。あまりのチョロさにレイトは今後トキワを動かす時はこの手を使おうと決めた。
「コロシアムに行ったらトウマに会え。これを見せれば取り次ぎが出来るらしいぞ」
大国には騎士団長を務めているレイトの幼馴染みで元相棒のトウマが住んでいて、トキワも一度会ったことがあった。レイトはトキワにワイバーンがモチーフとなった紋章の刺繍が施された札を手渡した。よく見るとトウマの名前も刻まれている。
「じゃあこれでトウマさんから美味しいご飯でもご馳走になろうかな」
「みっともないマネはやめろ」
「やだな冗談だよ」
「冗談でもそんな事いうな。結婚したんだから少しは大人になれ」
レイトの忠告にトキワは今後の自分の身の振り方について初めて考えた。確かに自分は言動が子供だと感じる事もあるし、周囲もそう思っているからこそ神子の仕事の時は原稿が用意されているのだと感じた。
「せめて子供ができるまでには大人としてちゃんと振る舞えるようになっておけよ」
「…努力する」
「よし、じゃあ夕飯まで久々に手合わせするぞ」
「はーい」
精一杯のトキワの返事にレイトは納得すると、久々の修行に誘い2人は家から出て行った。ヒナタも見学するために後を追う。
「ちーちゃん応援しに行ってあげたら?」
「寒いからいいや」
祈の進言に命は非情な返事をして台所に入り、光の手伝いをすることにした。
今日のメニューは猪肉のオーブン焼きとふわふわのオムレツに、白菜たっぷりのクリームシチューにミモザサラダと、チーズをたっぷり乗せたカボチャのグラタン、そして白身魚のマリネだ。命が光と分担して料理が仕上がり、配膳が済む頃には全員食卓に揃っていたので夕飯の時間となった。
「トキワお義兄さまはレイトお義兄さまに勝てたの?」
人数分のお茶を用意しながら実はトキワとレイトの勝負の行方を尋ねるが、トキワは答えず猪肉を頬張った。
「パパが勝ったよ。パパがトキちゃんの剣をカキーンって弾き飛ばしたんだ!」
ヒナタが誇らしげにレイトの勝利を語る。その姿にレイトは嬉しそうに頬を緩めいている一方で、トキワは恨めしそうな表情をしていた。
「トキちゃん元気出して!世界一強いのはパパだけど、トキちゃんは二番目に強いから!たぶん」
7歳の子供に気を遣われたトキワはガックリと肩を落としてから、次はカボチャのグラタンを口に放り込んだが、熱々だったので舌を火傷してしまった。命は呆れながらも水を用意して飲ませた。
「まあサボってた割には動きは良かったぞ。いい機会だから向こうでトウマに指導してもらえ。あいつも喜ぶぞ」
勝者のレイトは優雅にワインを飲んで白身魚のマリネを食べた。今日は祈も一緒にワインを楽しんでいる。
「師匠がボロクソに負ける姿が見たい…」
怨念の籠もった声でトキワが口にした願望に、命はふとこれまでにレイトが負けた所があったか思い出してみるが、記憶には無かった。
「お義兄さんて負けた事ってあるの?」
「そりゃあるさ。トウマとは2回に1回は負ける。あとは無い。まあ魔物に負けたらここにはいないな」
「ですよね」
魔物との戦いは死と隣り合わせだ。ギルドの依頼を受けてレイトが帰って来なければそういう事になる。命は改めて自分達が毎回依頼から無事に家に帰って来ることが当たり前の事では無いのだと肝に銘じた。
夕飯をご馳走になってから命はトキワと実家を出て2人の家へと帰宅した。徒歩10分の散歩が程よく満腹のお腹を落ち着かせた。
「さっきの火傷大丈夫?痛くない?」
「大丈夫じゃない。ちーちゃん舐めて」
「…大丈夫そうだね」
火傷した舌を出して甘えた事を言うトキワを、命は白い目で一瞥してから風呂を沸かし先に入るようトキワに促して、自分は明日の荷物の最終チェックを行なった。着替えとお金に化粧品と薬、お土産リストも忘れないようにする。
「ちーちゃん次お風呂どうぞ」
風呂から上がったトキワに声を掛けられたので、命は着替えを用意しようと立ち上がったが、トキワの濡れた髪を見て、ある事を思いついた。
「そうだ。いつも乾かしてもらってるから今日は私がトキワの髪の毛を乾かしてあげる。ほら座って」
命はトキワをソファに座らせると背後に回り、彼の銀色に輝く髪の毛に触れて風を当てた。心地よい命の風にトキワは目を細める。
「あー、自分でするのより100倍は気持ちいい。ちーちゃんがしてくれるからかな?」
「そんな大袈裟な…」
「じゃあちーちゃんは俺と師匠どっちに髪の毛を乾かしてもらうのが気持ちいい?」
夕方の事を引きずっているのか、トキワはレイトと張り合うように命に問い掛けた。正直な所あまり違いが分からなかったが、敢えて言うならトキワの乾かし方の方が子供の頃はともかく、近年は下心があって手つきがやらしくて緊張するので、レイトの方が気は楽かもしれない。しかしそんな事を言えば、トキワが不機嫌になるのは目に見えてたので、命はトキワの髪の毛を乾かし終えるとそっと彼の耳元に唇を寄せた。
「トキワの方が気持ちいいよ」
そっと囁いて命は逃げる様に階段を駆け上がると、着替えを用意して階段を駆け降りて脱衣所に入り内鍵を掛けた。




