247甘すぎる新生活6
帰宅した命は出掛ける前に作っておいたスープを温め直し、パンをフライパンで焼き目をつけると、夕飯を簡単に済ませた。トキワは今夜、懇親会に参加しなくてはならないらしく、帰りは遅い。
「うちの嫁、か…」
食器を片付けてからソファでひと休みしている命は精霊祭でのトキオと楓の言葉を思い出した。2人が命と自分達との関係を周りに吹聴してくれたおかげで、注目を浴びても不安になる事なく楽しい時間が過ごせた気がした。
「うちの嫁…ふふっ嫁だって嫁!」
口にすればするほど命は何だか嬉しくなって、クッションを抱き締めて足をジタバタさせた。
しばし幸せの余韻に浸っってから命は風呂を済ませると、桜から借りた本を読み終えようとソファで読書をした。少し肌寒いのでハーフケットを膝にかけてから文章を目で追う。
物語の炎の神子と水の神子はそれぞれ他の人達と見合いを重ねるが、毎回しっくりこない事を相談し合う内にこれまで兄妹の様な関係だったが、次第にお互いを異性として意識し始めていた。しかし今の関係を壊したくなくて想いを伝えるに至らなかった。
そんな中、2人の思いに気付いていた炎の神子の姉が、水の神子に炎の神子の結婚が決まったと嘘をついて背中を押した事により、水の神子は炎の神子に求愛して結婚に至った。
貴族の恋愛小説でも見かける馴れ初めだが、随所に小さな事件や、魅力的な脇役の活躍が散りばめられていて、最後の結婚式は感動的なものだった。
「でもやっぱりこれ、ご本人の体験談だよね…」
馴れ初めについては確認出来てないが、暦とミナトの結婚のお披露目に行った桜の話だと、本とほぼ同じらしい。2人がそれぞれ話した内容も粗方同じで最後にミナトが暦に跪いて手の甲にキスをしたのも共通しているようだ。
ミナトと暦はお披露目でキスをした。そして要とハジメのお披露目でもキスをしていた事を命は自分の結婚式が開けて初めての出勤で患者から聞いた。ただしミナトと暦は手の甲で、要はハジメの頬にキスをした初々しいものであり、命とトキワのように唇に口付けたわけではなかった。
あなた達はすごく情熱的なキスだったわねと患者に言われた時は、命は全身の血が沸騰したかのように真っ赤になってしまった事を思い返せば、命はトキワとのお披露目でのキスが頭に浮かび上がりクッションに顔を埋めて羞恥に耐えた。
落ち着いてから命は読み終えた本を通勤鞄に入れてから次は神子と精霊の禁断の恋物語か炎の神子の愛の逃避行のどちらを借りようか思案した。どちらも身内の話のような気がしたが、前者の光の神子と炎の精霊の話の方が謎が多いので、そちらを借りようと決めた。
身体が冷えてきたのでホットミルクを飲んで床に就こうと、命が台所へ向かった所で、トキワが帰ってきたので出迎えた。
「おかえりなさい」
「ただいまちーちゃん」
出迎えてきた命を抱きしめて短く口付けるとトキワは外套を脱いだ。
「なんかちーちゃんも冷えてるね。一緒にお風呂に入って温まる?」
「いいえお構いなく」
ツンと冷たく突き放して命は台所へ向かった。
「…ホットミルク飲む?」
入り口から顔を出して尋ねる命の可憐な仕草に心奪われたトキワは、近寄って抱きしめたい感情を抑えて頷いた。そして忍び足で台所に近寄り、こっそりホットミルクを用意している妻の姿を覗いて幸せに浸った。ミルクパンからマグカップにホットミルクを注ぎ始めた所でソファに移動して、トキワは妻を待った。
「お待たせ」
サイドテーブルにマグカップが乗ったトレーを置いてから、命はトキワの隣に座り、蜂蜜が入ったホットミルクを差し出した。
「ありがとう、なんか懐かしいな…ちーちゃん昔もホットミルク作ってくれたよね」
初めてギルドの依頼を受ける前夜、眠れないトキワに命がホットミルクを作ってくれた事を思い出してトキワは口元を緩めた。
「…ごめん、覚えてない」
気まずそうに命は謝るとホットミルクを啜り、日頃から家族に作っていたので記憶が塗り重ねられてしまったのかもしれないと顧みた。
「自分がした親切を全然覚えてない所はちーちゃんらしいね」
だけどそんな所も愛おしいと思いながら命の作ったホットミルクを口に含むと、優しい甘さが広がって心が安らいだ。
「そういえば旭がごめんね。困っちゃったでしょ」
「見てたの?」
「ちーちゃんが劇場に来たあたりからずっと見てた」
やはり気配を消しててもトキワには見えていたらしい。こちらはトキワの働きぶりが見れなかったのにと命は少し不公平さを感じた。
「あの後父さん達と劇場から出て行ってたけど大丈夫だった?」
「うん、みんなで精霊祭を楽しんだよ」
旭が泣き出した事以外トラブルは無かったのは幸いだが、トキワは自分が出来ない命との精霊祭デートを楽しんだ親と妹に強い嫉妬心を覚え、いっそ来年は開き直って堂々と命と精霊祭を見て回ろうかと画策した。
「ごちそうさま、ちーちゃんありがとう」
先にホットミルクを飲み終えたトキワは、命の肩に触れて温かい唇に自らの唇を押しつけてから音を立てて離した。
「これでもう忘れないね。愛してるよちーちゃん」
もう一度短く口付けてからトキワはソファから立ち上がると、鼻唄まじりに風呂場に向かった。
「うぐぐ…甘過ぎるよ」
キスを打ち消すように命は残りのホットミルクを飲み干したが、却って甘い匂いに体温と感触が蘇って逆効果になり、身悶え身体を熱くさせると、これからホットミルクを飲む度に思い出してしまうだろうと痛感した。




