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246甘すぎる新生活5

 翌日の休日は精霊祭だった。トキワは高齢の風の神子の代わりに劇場観賞を行う為、早朝から神殿に出勤しなくてはならなかった。


「あー…行きたくない!」


 柔らかい命の胸に顔を埋め、出勤拒否をするトキワの背中を命は優しく撫でる。


「頑張って、ほらお弁当作ったからお昼に食べてね」


 トキワを振り解いて命は机に用意しておいた弁当が入った手提げ袋をトキワに渡した。


「ちーちゃんは今日何するの?」


「私はトキワに教えてもらった気配を消す魔術を練習がてら使って一人で精霊祭の見物に行くよ」


 なるべく魔力の消費が少なく実用的な魔術をトキワは命に優先的に教えていた。気配を消す魔術は魔力の消費が少ないので、精霊祭滞在中に魔力が切れる事は昔ならともかく融合分裂を経て魔力が増えた今なら問題ないだろうと命は予想した。


「それいい!気配を消したちーちゃんが俺の膝の上に乗ってイチャイチャしてくれたら退屈な時間も乗り越えられる!」


 名案だと目を輝かせるトキワに命はスッと表情を無にすると、黙ってトキワの背中を押して家から追い出した。


「ちーちゃん、いってらっしゃいのキスを忘れてる!」


 玄関のドアを叩きながらキスの要求をする夫に命は甘やかしてはいけないと心を鬼にして放置した。


 しばらくして家が静かになったので流石に出掛けたかと命は玄関のドアを開け顔を出してキョロキョロと外の様子を窺うと、突如気配を消していたトキワに両肩を掴まれて唇を奪われてしまった。


「いってきます!ちーちゃん」


「…いってらっしゃい」


 策士めと命は小さな声でぼやきながら家に入ると、洗濯機を回して、家の掃除を始めた。


 家事を終えて支度を整えると、命は気配を消す魔術を施してから運動も兼ねて歩いて神殿に向かった。初めて一人で行く精霊祭に命は何故かワクワクとした。


 30分ほどして神殿に辿り着くと、賑やかな祭りの光景に命は目を細めて会場を探検した。声を出すと魔術が解けてしまうので出店の商品が買えない事を悔やみつつ、匂いだけを楽しんだ。


 本殿にたどり着くと、人混みに紛れ精霊像に祈りを捧げてから近場の展示コーナーを楽しんだ。今年の主催である北の集落の子供達が描いた様々な絵に、命は頬を緩ませた。


 子供達の他にも絵を趣味としている村人達の力作が並んでいて、その中で一角獣のディエゴを描いた絵があったのでまじまじと鑑賞すると、ディエゴは元気だろうかと気になり、様子を見に行く事にした。


 神殿の厩に向かうと、ディエゴは外に出ていて乗馬体験に駆り出されていた。すっかり角が生えそろったディエゴは母娘を乗せて、ゆったりとコースを歩いていた。


 命はディエゴに手を振ってから厩を後にすると、夫の働きぶりを見に屋内劇場へ向かった。劇場では学生によるファッションショーが行われている。可愛らしいワンピースや戦闘向きの服など、様々な服装を学生達がステージで披露されていく。命は神子達が居る二階の特別席を見上げたが、夫の姿はここからは確認できず、肩を落としてショーの続きを見た。


 ファッションショーのトリは伝統的な水鏡族の婚礼衣装姿の男女だった。二人はカップルなのか初々しく手を繋いでいた。アナウンスによると、昔命達が行った模擬挙式のようにトリの婚礼衣装で登場した男女は結婚する確率が高いらしい。命は何となく昔トキワと模擬挙式をした事を思い出して懐かしい気持ちになった。


「ねーね!」


 ファッションショーが大成功を収め次の演目までの小休止となった後、可愛らしい声が劇場に響き渡ったと同時に命に幼女が抱きついて来た。


「旭ちゃん!」


 抱きついて来たのが義妹の旭だと気付いた命は思わず声を上げてしまい、気配を消す魔術は解かれてしまい周囲から注目を浴びてしまった。そういえば自分より魔力が多い人間には気配を消しても気付かれる可能性が高いとトキワが言っていた事を思い出した。どうやら旭は銀髪持ちなだけあって命よりずっと魔力が多いようだ。


「すまん、命ちゃん旭が見つけてしまった」


 旭を追って来た楓は申し訳無さそうに命から旭を引き剥がそうとした。


「いやーっ!あさひ、ねーねといっしょ!」


 しかし旭は嫌がり泣き出してしまったので、命は旭を抱え楓と入り口で待っていたトキオと慌てて劇場の外へ出た。その後も旭はなかなか泣き止まなかった。


「本当にごめんね命ちゃん、旭はイヤイヤ期の真っ最中なんだ」


「みたいですね…旭ちゃん大丈夫だよ。ねーね一緒にいるからね」


 謝る舅に親の苦労が垣間見えて、命は苦笑してから辛抱強く旭の背中を撫でて泣き止むのを待った。しばらくして泣き疲れた旭が眠ったので、トキオと楓と共に喫茶スペースに行き軽食を取ることにした。トキオが食べ物を調達している間、命と楓は近況を報告しあった。


「なるほど、魔術の修行がてら精霊祭を見物していたのか。ますますすまんかった」


「いやあ、銀髪持ちには敵いませんね。お義母さんも気付きましたか?」


「ああ、気配を消している事には気付いていたから知らないフリをするつもりだったが、子供は空気が読めないからな」


 そう言って楓は命に抱かれて眠る旭の頬を優しくつついた。


「トキワが家を出てから旭も寂しいのか、たまにトキワを探している。だからもし良ければ暇な時にでも2人でうちに遊びに来てくれ」


 新しい生活を迎えたのは命とトキワだけじゃなく、トキオと楓と旭、そして光と実もそれぞれ家族が居なくなった新しい生活を過ごしているのだと命は初めて気づくと楓に頷いた。


 しばらくしてトキオの調達した料理を食してから、そのまま一緒に精霊祭を楽しむ事にした。


「おや、トキオさん。家族サービスかい?」


 旭が起きて輪投げに興味を持ったので遊んでいると、トキオは知り合いから声を掛けられた。


「ああどうも、そうなんですよ。奥さんと娘と息子のお嫁さんとデートなんです」


 満面の笑顔でトキオは命達を紹介したので命は慌てて楓と頭を下げて挨拶した。


 その後もトキオは知り合いが多いのか、声を掛けられる度に命達を紹介して、最終的に気分が良くなってきた楓からうちの嫁だと紹介するようになり、命は嬉しい気持ちと少し照れ臭い気持ちになりながら残りの精霊祭を過ごしたのだった。

 





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