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245甘すぎる新生活4

「新婚旅行に行こう」


 今日は休日だったので2人一緒に朝寝坊をして昼前に朝食を食べていると、突然トキワから提案されたので命は思わず目を丸くした。


「なんか風の神子のじいちゃんと紫さんがやけに勧めて来るからその気になっちゃった。どこに行きたい?」


「でも私が遠出すると変な事起きちゃうし…」


 しょんぼりしながらマグカップの中のミルクティーを眺めて不安を口にする妻の仕草に、トキワは思わず机から身を乗り出し、顎に手を添えてこちらを向かせると、血色のいい唇に口付けた。じっくりキスを堪能してから潤んだ命の瞳をトキワは真剣な目で見つめた。


「ちーちゃんの事は俺が絶対守るから。だから一緒に一生の思い出を作ろう」


 新婚旅行を完全に諦めていたので、トキワの気持ちが凄く頼もしくて嬉しい命は席を立つと、トキワに近寄りギュッと抱きついた。


「ありがとう、トキワ。新婚旅行一緒に行こうね」



 そうと決まればどこに行こうか決めようと、朝食を済ませてからソファで寄り添いながら家族会議を始めた。


「俺はやっぱ温泉かな。ちーちゃんと一緒に露天風呂付きの部屋に泊まりたい」


「えー温泉はちょっと…」


 魔王やサイクロプスの件を思い出すので当分温泉に行きたくない命は難色を示した。


「海の向こうの大国は?魔道具も有名だけど、お城や美術館やコロシアムがあって観光すると楽しいらしいよ」


「うーん、勇者に遭遇しなければそれもありか」


 エアハルトの祖国である大国に行けば彼と遭遇してしまう可能性があるのがトキワの不安材料だった。


「常夏の島は?私水上コテージに泊まりたい!」


「それもいいね。決まったら新しい水着も買おう」


 他にもオーロラが見える極寒の地や、チーズの名産地に絶景の花畑など、まだ見ぬ世界を挙げて盛り上がった。


「あ…でもよく考えたら遠出する予算が無いよね。トキワも家を買って結婚式も挙げたから貯金無くなったでしょう?」


 遠くに行けばそれだけ宿泊日数も増えて旅費が掛かってしまう。肝心な事を忘れていたと、命は気まずそうに笑った。


「大丈夫、旅費なら村人と神殿とばあちゃんから結婚祝金貰ったし」


「え…そうなの?」


「うん、ちーちゃんに夢中ですっかり言うの忘れてたけど、ばあちゃんからのご祝儀と、お披露目の際村人から頂いたお祝いだよ。あとブロマイドの売り上げ…確か明細を貰っていたよな…」


 ソファから立ち上がり、トキワは引き出しの中を引っ掻き回して封筒を取り出すと妻に手渡した。


「ええ!?光の神子から金貨100枚、ご祝儀金貨104枚と銀貨4枚と銅貨62枚ブロマイドの売り上げ金貨20枚!?」


 想像を絶する金額に命は瞠目した。これだけの金額があれば半年以上は旅行出来る金額だった。


「身内からのお祝いはともかく、神子って何でこんなに儲かるの?」


「魔石やお札の売り上げが大半だけど、あとは村内外の熱心なスポンサーのお陰かな?ちーちゃんだって昔はお小遣いはたいてミナト叔父さんに貢いでたんでしょ?」


 トキワの口からミナトの名前が出て命は悪くないのに後ろめたい気持ちになりながら静かに頷いた。


「でもちゃんとトキワのも買ったよ。大精霊祭の時のと毎年撮影される神子の集合写真のやつと…ていうかそれしか無いよね」


 本人の意向でトキワの単身ブロマイドは大精霊祭以外は一切無かった。しかも新入りだからと人気が予測出来ず、刷られた枚数が少なく、発売当日で売り切れて、ブロマイドは神殿の機械の性能では再販は不可能なので入手困難だった。命は手に入らなくて涙目で紫に頼み込んで売ってもらい、辛うじて入手した。コネを使うのに罪悪感はあったが、それでも欲しかったのだった。


「はっ!そうだ、トキワの結婚お披露目ブロマイド買うのすっかり忘れてた!買いに行かないと!」


 すっかり買うのを忘れてたと命は立ち上がり財布をバッグに入れて神殿に出掛けようとしたので、トキワは命を引き止めるように後ろから抱きしめた。


「そんなのとっくの昔に売り切れたよ。だから売り上げ金が入っているわけだし」


「そうだったぁ…トキワ見本に1枚持ってないの?」


「無い。自分の写真を持っとくなんて気持ち悪いし。いいじゃん、記念写真があるんだし。実物もここにいるよ」


 棚の上の写真立てにトキワは視線を移すと、柔らかく微笑んだ。命は頭では分かっていたが、ブロマイドを持っている事は、ファンとしてのステイタスだという概念が邪魔をしていた。


「神殿としては俺とちーちゃんの単身1枚ずつと、一緒に写っているやつの3枚をセットにして売りたかったらしいけど、断固拒否しておいた」


 結婚から3カ月、未だに妻と2人で撮った写真の要望があるからと、先日ブロマイド担当の神官に頼まれたが、妻は神殿関係者じゃないとトキワは首を縦に振らなかった。


「ちーちゃんの写真が他の奴の手に渡るなんて絶対許せないからね」


「うん、まあそこは本当にありがとう」


 お披露目に同席した事さえ命にとっては勇気が必要だったのに、ブロマイドの販売までされたら恥ずかしくて外を歩けない所だった。


「とにかくお金の心配はしないで楽しもう」


「そうだね、みんなには感謝しなきゃ」


 こんなに温かいお祝いを頂いた自分は何が出来るだろうか、命は考えてみる。トキワと共に神子になるのが水鏡族にとって最善かもしれないが、自分達の気持ちを押し殺してまで恩返しをするのは違う気がする。そうなるといつも通り夫婦仲良く過ごして、秋桜診療所での勤めを精一杯頑張る事だろうと思った。


「さて、旅行先は候補が挙がった事だし、決めるのは後にして今日は2人の時間を楽しもう」


 トキワは可愛い妻の後ろ髪を掻き分けてうなじに口付けると、優しく抱き上げて階段を上った。

 

 




 

 

 

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