244甘すぎる新生活3
大工の仕事を終えたトキワは神殿に向かい、風の神子の間を訪れた。紫から精霊祭の仕事内容について説明を受けつつ風の神子と夕飯を取った。
「あーあ、何でじーちゃんと飯食ってるんだろう…ちーちゃんと食べたかったなー」
「そら悪かったな。それより本はちゃんと読んでおるか?」
命と夕飯を共にできないことを嘆くトキワに、風の神子は顔をしかめながら、課題としていた読書について尋ねた。
「あと少し。これ食べたら最後まで読ませて」
「そうか、頑張っているようだな。これも命さんと結婚した影響だろうか。以前なら本を開きさえしなかっただろう」
風の神子の指摘に、トキワは含み笑いをして白身魚のトマト煮を口に運んだ。
「ちーちゃんと結婚した事で俺が腑抜けたらちーちゃんのせいにされるだろ?そんなの絶対嫌だから俺なりに大工も神子も頑張っているんだよ」
「なるほど、命さんと結婚して良い影響を受けているようだな」
「まあね、もう人生バラ色だよ」
ニッと口を弧にしてトキワが笑うので、風の神子と紫は思わずつられて口角を上げる。
「ところでお前たちは新婚旅行には行かないのか?」
風の神子の問い掛けにトキワは困ったように笑ってから事情を話す事にした。
「ちーちゃんが自分が港町より遠くに行くと、トラブルに巻き込まれてばかりだから新婚旅行は行かないんだって」
「ふむ、例えばどんな事だ?」
「前に話さなかったっけ?俺と学園都市から水鏡族の村に帰る途中には汽車が火事になったり、ミノタウロスが出たり、勇者に付き纏われたり、温泉旅行に行けばサイクロプスと対峙して、ついこないだはEランクの同行任務で遭難したり…あと魔王に何度か遭遇して気に入られちゃったりね。ちーちゃんが悪い所は何一つ無いんだけど、ここまでトラブルが頻出すると嫌になるんだろうね」
まさかここまで命が災難に見舞われていたとは知らなかった風の神子と紫は開いた口が塞がらなかった。
「でもまあ、お前がいたから事なきことを得たのだろう?」
「…温泉旅行は一緒に行ってない。まあ俺が守護付与したペンダントで何とかなったけど。はあ、でも行きたかったな…あー露天風呂付きの部屋で朝までガッツリイチャイチャしたい」
赤裸々に己の欲望を口にするトキワに、風の神子と紫はいくら新婚でお盛んな年頃とはいえ、人前で明け透け過ぎると感じて失笑を漏らした。
「コホン、魔王は力を失い形を潜めているし、お前がいれば大体のことはどうにかなるだろう。行ったらどうだ?新婚旅行」
事情を知った上で新婚旅行を勧められると思わなかったトキワは目を丸くさせて風の神子を見た。風の神子は穏やかな表情で目を伏せると、亡き妻との新婚旅行の思い出を語り出した。
「新婚旅行は夫婦にとって一生の思い出になるぞ。だから私が生きている内に行ってこい。命さんもきっと喜ぶ」
「そうですよ、風の神子を継いだら旅行なんて出来なくなりますからね!今のうちですよ!」
力説する風の神子と、後押しする紫にトキワも次第に新婚旅行に行くのも悪くないし、行くなら今だと気持ちが固まって来た。その一方で風の神子を継ぐのは既定路線になってしまったなと改めて自覚した。
「じゃあ行こうかな…新婚旅行。精霊祭終わったら直ぐにでも。まずは行く所と休みの都合を取らないとな」
行くと決めたらトキワは次第に新婚旅行が楽しみになって来た。多少のトラブルは覚悟して、必ず命を守り一生の思い出にしようとトキワは誓うと、一先ず目先の課題である読書を片付ける為に残りの夕飯をかき込んだ。
その後トキワは神子の歴史の本を読破すると、風の神子からまた新たな神子の本を課題に出され、うんざりしながら精霊祭の事や今後の事について話し合い、高齢故夜が早い風の神子が寝た後は、暦を訪ねて課題図書を読むにあたり必要な資料を探してもらってから、本の触りの部分だけ読んだ後、神殿を出て家に着く頃には日付が変わってしまっていた。
玄関に灯りをつけてくれた妻の心遣いに感謝しつつ、トキワはそっと家の中に入った。
「ただいま…」
1階は真っ暗だったので、既に寝ているのだろうと推測しつつ、トキワは2階の寝室に向かった。
寝室に入るとぼんやりとランプの明かりがついたままベッドに横たわり眠る命の姿があった。昨夜しおりを挟んだ小説の続きを読みながらトキワの帰りを待っていたようだが、どうやら途中で眠ってしまったらしい。命は本を手にしたまま寝息を立てている。
ただそれだけの事なのにトキワは命に対する愛おしさが溢れて今日一日の疲れが吹き飛んだ。
「ただいまちーちゃん」
声を潜めてから命の白く滑らかな頬にトキワは口付けると、起こさないように寝室を出てから、風呂場で身を清め、再び寝室に戻りベッドに入って妻に寄り添うように眠りについた。




