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243甘すぎる新生活2

 一緒に帰宅したので、命とトキワは役割分担をして手際よく炊事洗濯掃除などの家事を片付けていき、夕飯と風呂を済ませると、就寝までの間ベッドの上でお互い読書に勤しむ事にした。


 命が読んでいるのは桜から借りたコーネリア・ファイヤこと暦が執筆した炎の神子と水の神子の恋愛物語だ。水鏡族という身近な題材の物語に命は思いの外ハマり、どうして今まで読まなかったのかと後悔したくらいだった。


 一方でトキワは神子の歴史にまつわる本と睨めっこをしていた。風の神子から読むように課題として与えられたらしい。元々読書が好きではない上に難しい言葉が羅列してあるので辞書をお供に眉間にシワを寄せて読んでいた。


「今、学生時代にちゃんと勉強しなかった事を大いに後悔してる」


 ページを進める度に知らない単語が次々と現れて読書を妨害されているトキワは忌々しそうに嘆いた。


「いいじゃない。今頑張ってるんだから。どれどれ…」


 命は読んでいた本にしおりを挟んでから、トキワに寄り添うと、分からない箇所を一緒に辞書で調べてトキワに分かりやすく説明した。


「なんか昔を思い出すな。ちーちゃんよく俺に勉強教えてくれてたよね…教えてもらった所だけは今もちゃんと覚えてる。他はからきしだけど」


 つくづく自分のやる気は命に関する事に直結しているとトキワは自嘲した。そう考えたら今読んでいる小難しい本も、いずれは命の為になると思えば読破出来るような気もして来た。

 

「私だって将来ナースになるって目標が無かったら勉強なんて投げ出してたよ。医療学校を合格する為には村の学校で教えてもらっているレベルじゃ全然足りなくて毎日分からない所を学校の先生や桜先生に教えてもらってたよ」


 当時はそんな素振りを一切見せず命が陰ながら勉強していたのをトキワが知ったのは去年、酔っ払ったレイトに説教された時だった。


「やっぱ俺はちーちゃんの事、全然知らないんだな…」


 悲しそうに表情を曇らせて、トキワは妻の頬を壊れ物を扱うかのように触れて、好きという気持ちばかりが先走って妻の事を理解しようとしないという、身内から指摘された自分の悪い癖を痛感した。


「私だってトキワの事全然知らないよ。私が知っているのは私と一緒にいる時のトキワくらいだよ。あとは人から聞くくらい?」


 慰めるように命は夫に抱きついて頭を撫でた。自分以外の誰かと過ごすトキワについては命にとって謎が多かった。彼の同級生や仕事仲間からは口数が少ないけど、命の事になると多弁になると聞いた事もあるが、無口な姿は想像がつかなかった。風の神子代行としての働きぶりも直接見る機会が殆どないし、結局一度も一緒にギルドの依頼をこなした事がないので、ギルドの依頼を受けている時の姿も一切知らなかった。


「大体私がトキワの事を何でも知ってたらカナデとああいう形で出会わなかったし、遭難もしなかったよ」


「確かにそうかも…そうだよね。ちーちゃんの全てを知るなんて不可能なんだよね…それでもちーちゃんは俺の全てなんだ」


 命への熱い想いを口にしてからトキワは本をパタンと閉じて邪魔にならないように辞書と共に枕元に置くと、抱きついている命の背中に手を回して体温と柔らかさと匂いを堪能した。


「本読まなくていいの?」


「明日から頑張る」


 完全に勉強する事を放棄したトキワは命の首筋を鼻で撫でた。


「仕方ないな…いいよ、おいで」


 結局自分はトキワに甘いと腹の中で嘲笑いながら命はトキワを受け入れると、今日も寝不足になってしまう事を覚悟した。



 ***



 翌朝いつものように朝の支度を済ませ、命とトキワはそれぞれの仕事場へ向かった。今日は精霊祭の打ち合わせと風の神子と話があるらしく、トキワは夕飯を神殿で食べてから深夜に帰ってくるらしい。ならばいっそ神殿に泊まればいいと命が提案すると、1秒でも長く命と寝たいと情熱的な返事をして来た。


 夕飯の準備が億劫なので今日は実家で食べさせて貰おうと命は決めると、ついでに今月の仕送りも渡す事にした。


 仕送りについては光と話し合った結果、結婚前は給料の3分の2を生活費に入れていたが、光から家を出たのだから仕送りはいらないと断られてしまった。

 それでも命が食い下がった結果、実が就職するまでの間だけ給料の3分の1を仕送りする事になった。


 診察時間になり、今日も命は桜のサポートに奮闘した。患者との雑談は未だに命とトキワの結婚のお披露目について振れる事が多く、命の花嫁姿が大好評で憧れて同じデザインのドレスを真似する女性が増えている事や、村人からすると意外な一面を見せたトキワに対して、若い女性のファンが更に増えた事や、今や炎の神子と水の神子夫妻に迫る勢いで人気のカップルになっている事などを患者が語るのを、命は他人事のように相槌を打って相手をした。


 婚礼衣装の件については衣装屋に頼まれてしばらくショーケースに飾られているので、新たな花嫁達に影響を受けている自覚はあったが、それ以外は全く自覚は無かった。それも全部神殿側の注意喚起と、それを守ってくれている村人達のおかげだと命は心から感謝した。


「ところで新婚旅行には行かないの?」


 顔馴染みの高齢女性の患者から尋ねられて、命は気まずそうに笑った。


「私、港町より遠くに行くとトラブルに巻き込まれやすいから新婚旅行は行かないつもりです」


「あらそうなの?残念ね」


 ここ最近結婚のお披露目以外の話題だと、新婚旅行の話が多かった。そして患者達が各々の新婚旅行の思い出を話してくれるうちに命も羨ましくなり、行きたくなったが、これまでのトラブルを思い起こすと、とてもトキワにおねだりができなかった。




「新婚旅行、行きたくなったら休みをやるからいつでも言ってくれ」


「ありがとうございます」


 患者が途切れて一服中、桜が申し出てくれたので命は素直に感謝すると口に手を当てて大きな欠伸をしてから、昼食を取ったら一眠りすることを昼休憩の予定に組み込んだ。



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