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239精霊からの祝福8

 結婚式を終えて一旦神殿内の写真館で撮影を行った後、村人へのお披露目を行う為に命はトキワと屋外劇場の控え室にいた。


「本日はご結婚おめでとうございます!早速ですが一仕事よろしくお願いしますね」


 紫は嬉しそうに祝福すると、お披露目の流れの最終確認を簡単に説明した。


「ちーちゃん左手出して」


 言われるままに命が左手を出すと、トキワは手袋を脱がして薬指に結婚式の日付が刻印された指輪を嵌めた。


「俺のもお願い」


 そう言ってトキワが指輪を差し出したので、命は受け取り、彼の左薬指に嵌めてあげた。


「ようやく左手に嵌められたね」


 多幸感に満ちた表情でトキワは命の指輪にそっと口付けると、自分の指輪にもキスして欲しいのか左手を差し出してきた。命は紫の視線に耐えつつ短くトキワの指輪に口付けると、照れ臭そうに笑った。


「仲良くしているところ申し訳ありませんが、時間です。挨拶文の紙は持ちましたか?読みながら話していいそうなので忘れた時のために持っておいてくださいよ」


 紫の指摘でトキワはジャケットのポケットから四つ折りにされた紙を取り出して広げて内容を確認すると、再び折ってポケットに仕舞い込んだ。


「ちなみに私は本当に何もしなくてもいいんですよね?」


「そうですね。あえて言うなら風の神子代行が変な事をしないように見張っておいてください」


 見張った所で止められる自信が無い命は頬を引きつらせて笑い、とりあえず頷いた。


「じゃあ行こうか」


 さっさとお披露目を済ませるべく、トキワは命を先程と同様に横抱きして所定の高台に移動すると、颯爽と野外劇場の中心のステージに舞い降りた。これも演出のひとつらしい。まさかお姫様抱っこで登場するとは村人も予想しておらず大いに盛り上がった。じつの所命もこの演出は聞かされていなかったので、内心驚いていた。

 トキワは命を下ろすと花嫁衣装の裾とベールを綺麗に整えてから、グッと彼女の腰を抱いて親密さをアピールした。命は紫に言われた通りにトキワをじっと見つめて見張ることにした。すっかり神子モードのトキワは精悍な顔つきをしていた。

 空いている右手を掲げてトキワが拡声魔術を発動させると、紫が用意した挨拶の原稿を取り出した。


「この度はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます」


 拡声魔術は属性によって様々なタイプがあるが、風属性の拡声魔術は風に乗せて声を届けるタイプの物なので、声が会場に響き渡らない為不思議な感覚だった。


「私事ですが、兼ねてより結婚を前提に交際していました恋人と先程融合分裂の儀を行い晴れて夫婦になりました事をここに報告いたします」


 トキワが結婚の報告をすると、村人達から祝福の声と温かい拍手が降り注いだ。彼が神子として愛されている証拠だと思うと、命は嬉しくなって頬を緩ませた。


「風の神子代行に就任してからまだ日が浅く未熟な私ですが、今後は妻と支え合いながら神子として精進いたしますのでどうぞよろしくお願いいたします」

 

 一旦命から離れてから原稿の紙をポケットに仕舞ってからトキワが深々と頭を下げたので、命も慌ててお辞儀をした。極めて事務的な挨拶だったにも関わらず、村人達は盛り上がっていた。トキワは頭を上げると再び命の腰を抱き声援に応えるように手を振った。


「ちーちゃんも手を振って」


 拡声魔術を解いてからトキワがそっと囁いて指示をしたので、命は隣にいるだけで良いと言ったくせにと思いつつも、緊張した面持ちで遠慮がちに手を振った。そしてトキワの視線を感じたので見上げると、神子の時にはお目にかかれない甘い笑顔を浮かべていた為、各方面から黄色い悲鳴が上がっていた。命はこの声の中に樹の妹もいるのかもしれないと想像を膨らませていると、トキワの顔が近付いてきてまたも唇を奪われてしまった。


 まさかこんな大勢の前でキスされると思わなかった命は、今日一番の大歓声を聞きながら結婚祝いのパーティーが終わったら絶対に実家に帰ると強く心に決めた。




「ごめんね、ちーちゃん。許して」


 化粧直しとパーティーに向けて一旦動きやすい様にベールを取って貰い、髪型を整えて貰っている命に対して、トキワは手を合わせて謝罪した。命は横目で一瞥したが、悪びれている様子はまるで無かったので不機嫌に頬を膨らませた。


「ちーちゃんが可愛すぎたからついキスしちゃったんだよ。ああ、怒ってる顔も可愛いなー」


 おだててるつもりなのか本気なのかご機嫌を取ろうとするトキワに、化粧直しをしていた美容師が思わず吹き出すと介添えの女性からも笑いが漏れた。


「そういえば半年前の土の神子の時と4年前の水の神子と炎の神子の時の結婚お披露目の際もキスしてましたよ?」


 助け舟なのか、近年行われた結婚のお披露目について美容師が話すと、トキワは乗っかる様に頷いた。


「先輩の神子たちがしたんだから若輩者の俺がしない訳にはいかないよねー」


「…本当ですか?」


 要の結婚式の時は参列者だった上にプロポーズをしていたので見てないし、ミナトと暦の時は学園都市にいたので拝むことすら叶わず情報が無い命は美容師に疑いの眼差しを向けた。


「ええ、今日みたいにとても盛り上がりましたよ」


 両方のお披露目を見たらしい美容師が言うなら間違い無いのか。介添えの女性も頷いてるので、命は仕方なく信じる事にした。


「仕方ない…次のパーティーでもやらかしたら本当に実家に帰るからね」


「はーい」


 首の皮一枚繋がったトキワは嬉しそうに頷くと、命の支度が整った様子なので、彼女の手を取り当然のように横抱きして控え室を出て行った。




「…口にキスはしてなかったけどね」


 2人が出て行った後、美容師が苦笑しながら呟いた事実を命が知るのは、結婚式が終わった2日後のことだった。

 

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