238精霊からの祝福7
「どうしよう、緊張してきた…」
小窓からチャペル内の様子を窺うと、既に参列者は席について厳かな空気を醸し出していた為、命は急に緊張して来た。
「大体なんでミナト様が式を執り仕切ってるの!?」
結婚式の進行は男性か女性の希望は受けているが、神官か神子か誰になるかは神殿側のスケジュールの都合で決められている。そもそもミナトはトキワの叔父だからてっきり参列者として出席していると思っていた命は混乱していた。
「…ここだけの話ですが、花婿のお母様が強く希望されたそうです」
介添えの女性の言葉で、そういえばトキオと楓が結婚した際に結婚式を進行したのはミナトだと聞いていた命は楓の気持ちが何となく分かった。
「大丈夫か?」
心配するレイトの顔を命はじっと見つめた。キリリとした眉に涼しい切れ長の目元と、スッキリ通った鼻筋、意志の強そうな唇はまさしく美丈夫で、自慢の義兄だった。義妹の視線が鬼気迫るものがあったのでレイトは顔を引きつらせる。
「よし、美形を見て少し目を慣らしたぞ!次!」
命は小窓からミナトを凝視する。トキワからの嫉妬が強烈なので崇拝しているミナトを見る事を自重していた命にとって久々の、しかも生のミナトの姿に感動を覚えた。
「ああ、やっぱり美しい…!ミナト様最高っ!」
充分にミナトの姿を堪能して命は拳をグッと握った。これで多少の耐性が出来たはずだ。
「…今のはトキワには内緒にしてね」
「恐ろしくて言えねえよ」
最近はすっかりご無沙汰だった美形ウォッチングをした事をレイトに口止めすると命は緊張が少し解れた。
「よく考えたら自分の結婚式でエスコート役と式の進行役が美形で、更には結婚相手が一番お気に入りの美形とか私、前世でどんな徳を積んだんだろう」
もしかしたら古の儀式で人柱になりながら、来世は美形と縁のある人生を送りたいと願いながら死んだのかもしれないと、命は奇妙な妄想をしていたが、入場の準備を促され、チャペルの入り口に移動すると、花の形に象られた自身の水晶が挿さったブーケを受け取りレイトと腕を組んだ。
「お義兄さん、私ちょっとずつしか歩けないからそのつもりでいてくださいね」
「一応祈と経験済みだから何とかなるだろ」
言われてみれば、レイトは同じ場所で花嫁姿の祈と挙式しているのだから、エスコートは初めてではない。そう思うと命は義兄に頼もしさを感じた。
扉が開かれて遂に花嫁の入場となった。チャペル内にいる全員からの視線をレイトと分かち合いながら、命はレイトにエスコートされ、一歩一歩慎重にトキワの元へと進んだ。時折小声で頑張れと命を応援する友人達の声が聞こえて元気付けられた。
ようやくトキワの元に辿り着くと、レイトは命の手を取って差し伸べられたトキワの手に重ねた。
「頼んだぞ」
レイトはトキワに小声で声を掛けて肩を叩いてから、祈の隣の席に移動した。そして命は結婚式の進行を務めるミナトの方へ姿勢を正して向き直そうとしたが、トキワは手を離さず一歩命に近づくとローズピンクの口紅が引かれた唇に口付けた。
予定よりもずっと早い誓いのキスに命は勿論のこと、チャペルにいた全員が呆気に取られ一部から黄色い声が聞こえた。
「この馬鹿息子が!順番が違うぞ!」
ヤジを飛ばしにくい環境の中で、楓だけが怯まずトキワに罵声を浴びせると、渋々トキワは命から離れた。
「…次に予定外の事したら実家に帰らせて頂きます」
命は無表情でトキワに小声で警告すると、ミナトの方に向き直った。トキワも命の言葉を肝に銘じてミナトの方を向いた。
ミナトは一つ咳払いをすると、儀式の進行を始めた。進行のもと2人は永遠の愛を誓った。模擬挙式の時とは比べ物にならない言葉の重さに、命は胸が張り裂けそうだった。
「2人の結婚に異議のある者はいますか?」
まさかそんな者はいないだろうと命は悠長に構えていたが、トキワはふざけて発言しようとした勇者エアハルトを見逃さず、視線だけで殺せそうな勢いでエアハルトを睨み付けて黙らせた。
「いないようなので融合分裂の儀に移らせて頂きます。新郎新婦は自身の水晶を手にしてください」
いよいよ融合分裂の時が来た。命はブーケから花の形をした自身の水晶を手にすると、球体に戻して手のひらに乗せた。トキワもブートニアに挿していた水晶の花を同様にした。
一応やり方についてはレクチャーを受けたが、実行するのは当然初めてだ。命が魔力を込めると、瑠璃色の水晶は淡く光り浮かび上がった。一方でトキワのエメラルドグリーンの水晶は魔力の高さからか眩い程の光を放ち浮いていた。
果たして上手くいくのか命が不安になっていると、トキワは命に優しく笑いかけて頷き、2人の水晶を命とトキワは指を絡ませながら手を合わせて手の中に収めた。
手の隙間から漏れる2人の水晶の光は溶け合い次第に弱まると、完全に消えて手を開けばそれぞれ2人の水晶が新たな色を帯びて生まれ変わっていた。
お互いの水晶を見比べてみると、命の物は瑠璃色の水晶の中心に6本のエメラルドグリーンの光の筋が星のように輝いていた。一方でトキワは逆でエメラルドグリーンの水晶の中心に6本の瑠璃色の光の筋が同じ星の様に輝いていた。
これまで様々な融合分裂された水晶を見てきたが、この様なタイプを見るのは命は初めてだったので、成功したのか心配になったが、今まで感じた事が無いくらい体から魔力が溢れていたので成功だと確信した。
融合分裂した水晶はいつも通りピアスの形に戻すと儀式は終了だ。
「それでは最後に誓いの口付けをして下さい」
さっきしたからしなくてもいいじゃないの?と命は思わず声にしてしまいそうだったが何とか堪えるも、顔に出ていたのか周囲から笑いが漏れた。
「予定外の事をしたら実家に帰るんだよね?」
だから仕方ないと言わんばりにトキワが見つめてきたので、命は観念して目を閉じると、本日2度目の誓いのキスをした。
「ここに水鏡族の新たな夫婦が生まれました。皆さま祝福の拍手を…」
誓いのキスを終えるとミナトの指示のもと参列者から温かい拍手が沸き起こった。これで一山超えたと命は内心ホッとした。
参列者が先に退場して外でフラワーシャワーの準備をしている間、命は水分補給と化粧直しをしてもらっていた。
「ちーちゃん、体調は大丈夫?いきなり魔力量増えたからしんどいでしょ」
「うーん、体中が熱いけど汗をかくような暑さとは違う感じ。とりあえず大丈夫だけどキツくなったら言うね」
融合分裂による副作用を心配するトキワに命は素直に状況を報告した。
「とにかくお披露目が終わるまでは頑張らないと」
風の神子代行の妻として気張ろうとする命にトキワは首を振り彼女の頬に優しく触れた。
「お披露目よりちーちゃんの方が大事だから無理だけはしないで。辛くなったら俺に寄りかかって。分かった?」
「うん、ありがとう」
心配性気味に念を押すトキワに命は彼と結婚してよかったと早速思うと頷いて微笑んだ。
フラワーシャワーの準備が済んだという事なので命とトキワは腕を組んでチャペルを出ると、参列者達が左右に列をなして道を作っていた。命とトキワは祝福の花びらを浴びながらゆっくりと歩みを進めていった。
すると突然花びらがふわりと舞い上がり新郎新婦と参列者を包み込んだ。
きっと風属性の誰かが気まぐれな風の精霊を演じているのだろうと命は予想したが、トキワは少しうんざりした顔をしてから命にそっと耳打ちした。
「風の精霊からの祝福だって」
まさか本物の精霊からの祝福だとは思わず、目を丸くした命をトキワは横抱きすると、彼女の頬に口付けてから花吹雪の中を進んで行った。




