237精霊からの祝福6
ついに結婚式当日、命は昨夜早々に就寝したら思いの外ぐっすり眠れた為、体調は万全だった。
結婚式は正午に行なわれる予定だが、花嫁のドレスアップには時間がかかるため、朝食を食べ終えるとすぐに光達と神殿内にある花嫁の控え室に向かった。
控え室に着くとすぐ様ドレスアップ作業に移った。湯浴みをさせられ風呂から上がると、全身を念入りに保湿してから、美容師から丁寧に魔術で髪の毛を乾かしてもらい、汗が引いたところで化粧品を薄く重ねてしっかりと下地を作ってから、透明感のある仕上がりにした。アイメイクで目元をはっきりとさせて、チークで血色をよく見せ、最後に口紅は上品なローズピンクで仕上げられた。
次にヘアメイクはバラのオイルを髪に馴染ませて、耳朶の高さにシニヨンを型崩れしないように頑丈にセットしてから、昨日光の神子から託されたへッドドレスで飾った。
ヘアメイクが終わる頃には挙式の1時間前になっていたのでドレスの着付けに移った。
ブライダルインナーを丁寧に着けて貰いガードルを慎重に履いてから、太腿丈のストッキングを履いてガーターリングで止めた。そして花嫁衣装を着付けて貰い、風の神子の妻の形見のパールネックレスをつけてから、最後に職人最高傑作のベールを被り肘丈のレースのグローブを嵌めて、ヒールの靴を履けば命は花嫁へと姿を変えた。
「わあ、とても素敵ですよ」
「ありがとうございます」
「では早速花婿さんを呼んできますね」
兼ねてより誰よりも早く、一番に花嫁姿を見たいと主張していたトキワの要望に応えるべく、着付けをした担当者が花婿控え室に呼びに行った。そういえば花婿の衣装は花嫁衣装ほど試着が必要無いし、いつも先に来て試着を済ませていたので、トキワの花婿姿をしっかり見るのは初めてだと命は気が付いた。
椅子を用意してもらったので命は腰掛けて美容師と雑談をしていると、ドアが乱暴に開かれ花婿姿のトキワが姿を現した。
村人へのお披露目がある為か、髪型は前髪を後ろに撫でつけた風の神子代行時のヘアスタイルで、膝上丈の白のジャケットには襟と袖、裾などに民族衣装の装飾が施されている。ドレスシャツの襟やネクタイには銀糸で細かい刺繍が刺されており、胸元には白い花を中心としたブートニアに花の形をした水晶が挿さっていた。
スラックスはしっかり体型に合わせたラインでセンタープレスが際立って洗練とされた着こなしだった。
全体的に民族衣装の意匠は取り入れているが、命の花嫁衣装にバランスを合わせた世間一般的な花婿衣装のデザインだった。
確実に今までで一番カッコいいトキワの姿を前に命は胸を高鳴らせながらも、今日会ったら最初にこれだけは伝えたかった言葉を発する事にした。
「トキワ、お誕生日…おめでとう」
結婚式の印象が強くて忘れてしまいがちだが、今日はトキワの18歳の誕生日だった。去年忘れてしまって当日言えなかったので、今年こそはちゃんと祝おうと命は心に決めていたのだった。
「…まさかまた人生最高の誕生日を更新するとは思わなかった」
直接命に祝われる度にトキワは人生最高の誕生日だと噛み締めていたが、去年は祝い忘れられたので一昨年のトキワの家で両親と妹と共に祝ってもらって、翌日水着だが一緒に風呂に入ってくれたのが人生最絶頂の誕生日だろうと思っていたが、今年は命が自分の妻になるという最絶頂を突き破る勢いで幸せな誕生日だと命の花嫁姿を目の当たりにして確信した。
命の花嫁衣装は両肩が露出したオフショルダーで襟ぐりに民族衣装の意匠が施されていて、上半身のデザインは模擬挙式で着ていた命の民族衣装と酷似していた。下半身部は長身でキュッとしたくびれと丸みを帯びた腰回りの命の体型を引き立たせるマーメイドラインのドレスで、生地はレースが重ねられていて、所々銀糸で刺繍が施されていた。膝から広がっている裾はレースの模様に沿って型取られていた。民族衣装の意匠は後は手袋の端に施されているのみで全体的に一般的なウエディングドレスに近いデザインになっている。
そしてベールは命の横顔の美しさを際立たせるためにベールダウンのタイプではない、一枚布の縁にレースと銀糸の刺繍が施された背中を覆う程度の長さのベールを被っていた。
「ちーちゃん、すごく綺麗だよ。普段着だったら平伏して崇めたい位だよ!」
衣装を汚してはいけないという自覚はあるらしい。トキワは命を抱きしめて愛でたい気持ちを必死に堪える為に距離を置いて、そこから至福に顔をふにゃふにゃに蕩けさせて甘い視線を向けていた。そんな彼の姿に衣装屋の担当者は既に慣れていたが、風の神子としての姿しか知らない美容師は驚愕の表情を浮かべていた。
「このまま攫って誰にも見せずに独り占めしたい…」
「我慢しようね。結婚出来なくなるよ?」
「それは困る。仕方ない。みんなにも見せてやるか」
トキワが渋々諦めるとドアがノックされて光達が様子を見に来た。
「おお、すごく綺麗だぞちー。これならトキワ君に勝てるな」
未だ勝ち負けにこだわる桜の感想に命は思わず吹き出してしまった。
「うちの妹が世界一美人だわ…うう、お父さんの気持ちが今なら分かるわ。ちーちゃんお嫁に行かないでぇっ!」
祈が号泣し始めたのでシュウの二の舞になって式が遅れては堪らないと思い、桜と実は祈の両腕を抱えて控え室から出て行った。光もカイリを抱っこしてヒナタの手を引いて退室した。
「あれ?何で師匠は残ってるの?早く出て行ってよ」
グレーのスーツ姿のレイトだけが花嫁の控え室に残っていたのでトキワが追い払おうとしたが、レイトはトキワを奇異の目で見た。
「お義兄さんはお父さんの代わりに私のエスコート役をしてくれるんだよ」
結婚式の打ち合わせの時点で命は話した気もしたが、トキワは完全に頭から抜け落ちていたようだ。
「は?嫌だ!なんで俺より先に師匠がちーちゃんと腕を組むの?そんなの絶対に許さない!」
時間が差し迫っているというのに、トキワはレイトがエスコート役を務めるのが気に食わずゴネ始めてしまった。まさかこんな事で結婚式が遅れそうになるなんて誰が思っただうろうか。
「どうするこいつ?黙らせようか?」
レイトなら暴力で解決出来るだろうが、トキワだって今日の主役だ。殴られてボロボロになった姿で会場に現れたら出席者に不審に思われてしまうだろう。
「うーん、殴るのは心の中だけに留めてください。とりあえずトキワと先に腕を組めばいいのかな?」
命の提案にトキワは妥協したらしい。いそいそと命の横に立つと満面の笑みで腕を差し出した。命は椅子からそっと立ち上がるとトキワと腕を組んだ。
「よし!じゃあ師匠、ちーちゃんをよろしく!」
先に命と腕を組む事が出来て納得がいったトキワは結婚式の進行係に呼ばれたので、命の手の甲にそっと口付けてから陽気に花嫁控え室から出て行った。
「逃げ出すなら手伝うぞ」
「ううん、大丈夫…多分」
命の緊張をほぐす為のレイトの冗談に命は苦笑すると、こちらも進行係に呼ばれたのでレイトと共に隠し通路を通りチャペルへと移動した。




